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お主はのぉ。
開口一番大鹿は呆れすぎていた。
なんだもっと怒られるかと思っていたけど。
実際大鹿には言いたいことが、山のようにあった。
魔法を使ったもしくは反射して見せたこと。
川の形を変えてしまい池を作ってしまったこと。
塩漬けなどを獣にあげようと考えたばかりか、その製法を頼りにしてきたこと。
魔法反射はおおよその予測はしていた。こやつは自分が何者かわかっておらぬが
首無し種デュラハン。
古来より魔王界魔王門に連なる歴とした魔王候補の一体。
並々ならぬ力と傷つけることすら難しい鎧。溢れ出る魔力。
本来ならその魔力で城を顕現させる。
城はダンジョンとなりそこからいくつもの魔物が生まれ他の生物を襲う。
見境なく襲う。何故ならその主であるデュラハン自身がまともな理性を持ち合わせていないのだから。
何故理性がないのか、何故頭がないのか、何故人型で何故鎧を着ているのか。それは古くから生きている私にも分からぬ。
しかし…
本当にわからないのはこやつだ。
見てくれは噂にきくデュラハンそのもの。
しかしこやつには理性がある。
阿呆の気質だが心はあるように感じる。
どこからつっこめばいいのか、どう扱えばいいのか分からぬ。一億年あまり生きていてもこれほどまでに狼狽えたことなどない。
しかしとりあえず聞いておきたいのは…
「お主、人間を助けたな。お主はどうしたいのだ」
???
考えもしてなかった様子で本来ないはずの頭を傾けている。
わしには魔力痕が頭の形として見えているがな。
「えー、どーって…
特に何かどうしたいとかないけど」
ふー、やはり浅い。
自我はある。理性もある。心がある。
しかし、あまりに若い。
この世界について知らなすぎる。
生まれたらばかりだからか、しかしこの世界は回っている。朽ちても新たな者として。身は滅んでも魂が滅ぶわけではない、世界のあり方をしっかり覚えて生まれるものだ。
これではまるで何も知らなすぎる。
これはまるで。
「人のようだ…」
え?またきょとんとしよる。
そう人と呼ばれる三千年ほど前にこの世界に生まれてきた種族。
エルフやドワーフに似た生き物からルーツはそこだとは思うのだが、明らかに他の種族と違うところがある。
こやつらは、こやつらだけは魂のあり方が別なのだ。
勿論魂はある。
しかし、ヒトは人にしかならぬ。
そして何もかもまっさらな者として、この世界のあり方など心得ておらぬ。
ゆえにあまりに様々な人格がある。
優しき者もいる。気高き者も。
しかし、それ以上に醜悪な者が多い。
多すぎるのだ。自然や他の生き物を平気で虐げる。
そして小賢しい。
最初は毛もない。爪も牙もない、弱者種族だった。
それがどうだ。
三千年。
彼らは化け物だ。
武器を持ったかと思えば、装備を整え出し、見たこともない素材で街や城を作ってきた。いつのまにか魔法のマネごとまでし出し、ついには古来より存在してきた山や森の形まで変えた。
この世界の一部だったはずが、気付けばこの世界は人の世界と言わんばかりだ。
自然も生命も穢すそれが人間。
この森において人間には近寄らぬが掟。
会えば殺すか殺されるか。
幸いこの森の近くに住む人間は許容できることしかしない。
しかし何をいつ起こすか分からないのが人間という者なのだ。
それをこやつは。
それをこやつは。
助けた。
何の見返りもなく。
それどころか、わざわざ森の外まで送り届けたという。
……。
理解できぬ。
「お主、あの娘が人間だと分かっておったのか?」
「え? うん。人間の女の子でしょ?」
「人間が何をしてきたか、知っておるか?」
「いや、知らないけど」
……。
やはりか。
「人間は森を焼く。獣を狩る。土地を奪う。時には同族さえも殺し合う。それほどまでに欲深い生き物なのだぞ」
こやつは黙って聞いている。
「この森の者たちが、あの娘を恐れたのもそのためよ。幼き人間とて、やがて何になるか分からぬ」
「ふーん……」
ふーん、だと?
一億年の知恵をもって語っておるというのに、ふーん?
「で?」
「……で、とは何だ」
「いや、その子が何か悪いことしたの?」
…………。
……。
「何?」
「だから、その女の子が森を焼いたり、誰かを殺したりしたの?」
「……しておらぬ」
「じゃあ、いいじゃん」
…………。
……。
こやつ。
「よくはない! 人間という種族そのものが危険だと申しておるのだ!」
「でもさぁ」
また何か言う気か。
「狼だって最初、うさぎを食べようとしてたじゃん」
「……それは生きるための狩りであろう」
「うん。だから狼が悪いわけじゃないよね」
「そうだ」
「で、魚は僕らを食べようとしてた」
「……うむ」
「悪鬼もあの子たちを襲ってた」
「うむ」
「でもさ、それぞれ事情があるんでしょ?」
……。
事情。
「狼はお腹が空いてた。魚は……まあ、よく分かんないけど。悪鬼だって、何か嫌なことがあったみたいだったし」
「……」
「だからさ。人間にもいろんなのがいるんじゃない?」
…………。
わしは黙った。
それは知っておる。
知っておるとも。
人間にも善良な者がいることくらい。
だが、それを承知のうえで警戒せねばならぬほど、人間という種族は危険なのだ。
「お主は知らぬから、そのようなことが言えるのだ」
「そうかもね」
……。
妙に素直だな。
「でも、知らないからって、あの子を見捨てる理由にはならないでしょ」
…………。
……。
ああ。
そういうことか。
こやつは、人間を信じておるのではない。
ただ、目の前で困っている者を放っておけぬのだ。
それが何者であろうと。
……。
なんと厄介な。
わしは深く息を吐いた。
「……お主は、いずれその甘さで痛い目を見るぞ」
「そうかも」
「命を落とすやもしれぬ」
「えー。怖いこと言わないでよ」
……。
怖い、か。
デュラハンが。
魔王候補が。
命を落とすことを恐れるとは。
わしはこやつを見つめた。
首から立ち上る黒い靄。
そこに、うっすらと浮かぶ魔力の輪郭。
人の頭に似た形。
その輪郭が、こちらを見つめ返している。
……。
不思議なものよ。
「……まあ、よい」
「お、終わり?」
「終わりではない!」
びくっ。
こやつの肩が跳ねた。
「川の件が残っておるわ!」
「……あ」
あ、ではない。
「お主が作った池のせいで、下流の水量が変わっておる! 川辺に暮らす者たちが困るであろう!」
「えっ! そうなの!?」
……。
本当に知らなかったのか。
「そもそもお主は、魔力を使いすぎる! 力の加減を覚えよと何度申せば分かる!」
「いや、でも今回は魚が……」
「言い訳をするな!」
「はい!」
……。
やれやれ。
これほどの力を持ちながら、これほど頼りない者がおろうとは。
「それから、肉の保存についてだが」
「おっ!」
……。
なんだ、その嬉しそうな反応は。
「塩を使う必要はない。森には冷気を蓄える石がある。それを使えば数日は保つ」
「え! 冷蔵庫じゃん!」
「れいぞうこ?」
「いや、こっちの話!」
……。
こっちとは、どっちだ。
「ただし、肉を保存する場所は考えねばならぬ。匂いに誘われ、余計な獣が集まる」
「じゃあ、穴掘って埋める?」
「腐らせたいのか!」
「えー!」
……。
本当に。
本当に、手のかかる。
わしは空を仰いだ。
一億年。
数えきれぬほどの命を見送ってきた。
森が生まれ、滅び、また芽吹くのを見てきた。
魔王の誕生も、その終焉も知っておる。
だが。
こんなにも先が読めぬ者は、初めてだ。
「……お主」
「はい?」
「明日から、もう少し厳しく鍛えるぞ」
「えっ」
「まずは魔力を抑えること。そして森の生き物について学ぶことだ」
「……はい」
「返事が小さい!」
「はいっ!」
……。
首がないくせに、返事だけはよい。
そのとき。
こやつの足元へ、折れ角のうさぎが跳ねてきた。
「きゅっ!」
続いて大狼。
「ウォフ!」
こやつは二匹を見下ろし、嬉しそうにしゃがみ込んだ。
……。
まったく。
魔王候補の足元で、うさぎが安心して眠ろうとしておる。
もし古の魔王たちが見たら、何と言うだろうな。
わしは思わず鼻を鳴らした。
「……阿呆め」
「え? 今なんか言った?」
「何も言うておらぬ」
「絶対言ったでしょ!」
……。
ふん。
少なくとも。
こやつが城を築くより先に、うさぎ小屋を築くことだけは間違いなさそうだ。




