19
グッッ…
辛い顔をしながら首をブンブン振り回している。
そうして話をしてくれるのを待った。
しかし、彼は言わないと決めたらしい。
苦しみながらこちらをまた睨みつけてきた。
僕はそれが答えだと知り、棒を逸らして転ばせた。
ガハッ
地面に膝を浮かせた所で肩を抑え身動きを止めた。
「ク、コロセ」
彼は吐き捨てるように言ったのだった。
うーん、なんだか辛そうだしなー、
とりあえずほっぽり出すか。
僕は指で頸動脈を抑えることにした。
数分で大悪鬼は眠るのだった。
まーこんなもんでしょ。初めてにしちゃ上出来よ。
大悪鬼を担ぎ出し、蔓で悪鬼ども。その上に積み上げていく。
よいしょっと、僕はそれらを離れた森のはじに置いてくるのだった。
さて。
これでよし。
悪鬼たちは森の外れにまとめて置いてきた。
蔓でぐるぐる巻きにされている姿は、なんとも情けない。
さっきまであんなに威勢がよかったのにねぇ。
まあ、目が覚めたら解放してやるように蔓にはお願いしておいた。
もう悪さするんじゃないぞー。
……聞こえてないだろうけど。
僕は軽く手を振り、その場を後にした。
*
「プィ! プィ!」
帰り道。
さっき助けたカピバラのような生き物たちが、僕の後をついてきていた。
あれ。
君たち、まだいたの?
「プィィ」
一匹が僕の脚甲に身体を擦りつける。
おお。
人懐っこいな。
でも、君たちにも帰るところがあるんじゃない?
しゃがみ込んで頭を撫でてやる。
ふわふわ。
……いや、結構ごわごわだ。
見た目ほど柔らかくないのね。
すると、一匹が森の奥へ走り出した。
少し進んでは振り返る。
「プィ!」
……。
ああ。
ついてこいってこと?
「プィ!」
はいはい。
分かりましたよ。
僕は蔓鹿から降り、小さな案内人たちの後を追った。
*
木々の間をしばらく進むと、少し開けた場所に出た。
大きな木の根元。
そこにはいくつもの穴が空いていて、柔らかな草が敷き詰められている。
「プィィィ!」
僕についてきた一匹が鳴くと、穴の中から次々に仲間たちが顔を出した。
おお。
大家族じゃない。
十匹。
いや、もっといるな。
小さいのもいる。
親子かな?
「プィ、プィ!」
みんなで僕の周りをぐるぐる回る。
……。
なんだなんだ。
お礼でもしてくれてるの?
それなら気にしなくていいんだよ。
無事で何より。
一匹が木の根元から、ころころと丸い木の実を転がしてきた。
僕の足元へ。
「プィ!」
……。
くれるの?
「プィ!」
おお。
ありがとう。
でもね。
僕、口がないんだよね。
……。
そういえば昨日は食べられたな。
木の実を拾い、首のない部分へ近づける。
ぽすっ。
消えた。
…………。
おお。
やっぱり食べられる。
便利な身体だなぁ。
味は分かんないけど。
動物たちは嬉しそうに鳴き、また穴の周りを走り回り始めた。
よかったよかった。
さて。
そろそろ帰りますか。
大鹿さんにまた怒られる前にね。
*
蔓鹿のところへ戻る途中。
ふと、足元に妙なものが落ちているのが見えた。
……ん?
何だこれ。
茶色い紐。
いや、ただの紐じゃないな。
細い麻紐が何本か絡まっている。
その先には、小さな布切れ。
……。
人の手で作ったもの?
拾い上げてみる。
麻のような粗い布。
何かを包んでいたのか、折り目がついている。
端には、乾いた草の葉が数枚くっついていた。
……。
薬草でも束ねてたのかな。
昔、農作業でこういう紐を使ったことがある気がする。
何を結んでたっけ。
…………。
まあいいか。
でも。
この森に、こんなものが落ちているんだ。
ということは。
人も来るのかな。
僕は周囲を見回した。
静かな森。
鳥の声。
風に揺れる葉。
……。
誰もいない。
ただ、少し先の低い枝に、同じような布の切れ端が引っかかっていた。
あら。
結構派手に引っかけたのね。
慌ててたのかな。
それとも荷物が破れた?
まあ、誰かの落とし物だろう。
僕は麻紐を軽く丸めて腰の隙間へしまった。
……。
あれ。
何で持って帰るんだ、俺。
別に使い道ないぞ。
……。
ま、紐は何かと便利だからね。
そういうことにしておこう。
*
蔓鹿は相変わらず木陰で待っていた。
お待たせ。
背中に跨がる。
しゅるしゅる。
蔓が脚を固定する。
よし。
帰ろうか。
「…………」
分体の耳がぴくりと動いた。
そして。
ダンッ!
うおおおお!
だから!
出発するときは一声かけてくれって!
森の景色が勢いよく後ろへ流れていく。
でも、行きより少しだけ余裕がある。
木々の間をすり抜けながら、僕は今日のことを考えていた。
魔力の修行。
悪鬼たち。
助けた動物たち。
そして、拾った麻紐。
……。
そういえば。
あの大きな悪鬼。
最後まで名前を聞けなかったな。
いや。
僕も名乗れなかったんだけど。
…………。
ま、いいか。
また会うこともあるかもしれない。
そのときは、もう少し穏やかに話せるといいね。
*
やがて。
見覚えのある大きな木が見えてきた。
泉。
花畑。
飛び回る妖精たち。
おお。
帰ってきた。
「帰ったぞー!」
念話を飛ばしてみる。
すると。
「わー!」
「首なしさんだー!」
「帰ってきたー!」
妖精たちが一斉に飛んできた。
おおお。
ちょっと待て。
そんなに集まると――
「ねえねえ! 悪い奴らどうしたの?」
「やっつけた?」
「食べちゃった?」
……。
食べてないよ。
「えー!」
えー、じゃない。
食べないって。
妖精たちが僕の肩や腕に次々と止まる。
その向こうで、折れ角のうさぎが駆け寄ってきた。
「きゅぅ!」
おお。
ただいま。
頭を撫でてやる。
狼も木陰から顔を上げた。
……。
あれ。
お前。
また寝てたの?
気楽なもんだなぁ。
すると。
「戻ったか、阿呆」
…………。
出た。
大鹿さん。
開口一番それですか。
「森の木を倒すわ、魔力を垂れ流すわ、挙げ句に悪鬼どもと戯れておったようだの」
戯れてないよ!
ちゃんと追い払ってきたんだから!
「ほう」
大鹿がゆっくり立ち上がる。
「殺したか?」
……。
いや。
殺してない。
ちょっと痛い目には遭ってもらったけど。
大鹿はしばらく僕を見つめていた。
「……そうか」
それだけ。
……。
あれ。
怒らないの?
「なぜ怒る」
いや。
森を荒らした奴らだし。
「森で生きる者が争うことなど珍しくもない。問題は、己の欲のために必要以上の命を奪うことよ」
……。
なるほど。
「もっとも、あやつらが再び同じことをするならば、そのときは考えねばならぬがな」
うん。
それはそうだね。
大鹿は僕の腰の蔓棒へ視線を向けた。
「それで、我が杖は役に立ったか?」
ああ!
すごかったよ!
伸びるし!
曲がるし!
勝手に動くし!
めちゃくちゃ便利!
僕は杖を掲げた。
すると蔓の先端が、誇らしげにぴんと伸びる。
「……ふむ」
大鹿が目を細める。
「随分と懐かれたものだ」
……。
え?
杖にも懐くとかあるの?
「我の分体の一部だからの。意思くらいはある」
へぇぇ。
じゃあ、これ。
生きてるの?
「生きておるとも言えるし、そうでないとも言える」
……。
また難しいこと言う。
「ともあれ、今日はもう休め」
お。
修行終わり?
「うむ。これ以上木を倒されても困る」
…………。
まだ言うか。
僕は肩をすくめた。
首はないけど。
そのとき。
腰に挟んでいた麻紐が、ぽとりと落ちた。
あ。
大鹿がそれを見る。
「……何だ、それは」
ああ。
帰り道で拾ったんだよ。
誰かの落とし物みたい。
大鹿が鼻先を近づける。
ふん。
ふん。
「……人の匂いがするな」
やっぱり。
人間もこの森に来るんだね。
「来ることはある」
大鹿はそれ以上、何も言わなかった。
僕も深くは聞かなかった。
だって。
今はまだ。
この森のことすら、ほとんど知らないんだから。
「ほれ、阿呆。そこを退け。兎どもが飯を待っておる」
はいはい。
分かりましたよ。
僕は麻紐を拾い直し、腰へしまった。
妖精たちはまた騒ぎ始め、うさぎたちは草の中へ跳ねていく。
狼は大きなあくびをした。
泉の水面には、夕暮れの光が揺れている。
……。
なんだか。
帰ってきたって感じがするなぁ。
まだ二日目なのに。
僕は大きな木の根元へ腰を下ろした。
すると折れ角のうさぎが膝に飛び乗り、もう一匹が足元に丸くなった。
……。
うん。
悪くない。
こんな一日も。
首がなくても、帰る場所はできるものなんだな。




