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それから、ダリアンはランタナを見張り、余計なことをするなと手厳しく叱りつけた。
しかし、かんしゃくを起こしたブルーベルが両親に泣きついたせいで、ダリアンは見張りをつけられて妹の部屋に近づけなくなった。
仕方なく、月に2回婚約者同士の交流の日を設けて「隣国になど興味を持つよりも、我が家に嫁ぐためにしっかりと学べ」とランタナを牽制するも、図太い彼女は澄ました顔をして聞き流していて。その婚約者の自分に興味のないと言う態度にますます苛立ちがつのっていく。
そして、ルピナスがやって来るようになるとずる賢いランタナは自分たちに気を遣うフリをして、するりと逃げ出してしまうようになった。
せっかく愛するルピナスと2人きりで過ごせるようになったのに、ランタナがまた余計なことをしていないかが気になって楽しめず。ルピナスには時々何か言いたげな恨めし気な目を向けられて、どこまでも自分たちの邪魔をするランタナへの恨みが募っていった。
ランタナを見張っているうちに、気づけば時が戻ってから6年の月日が経った。
14歳になったブルーベルは無理をしなければ日常生活を過ごせるようになった。両親は娘の命の恩人のティートゥリー家に深く感謝し、ランタナを「優秀で、人柄も信頼できるすばらしい令嬢」と気に入っている。
このままではブルーベルの身体が治っても、両親はランタナと婚約を続けさせるかもしれない。焦りを感じているとルピナスにもそれが伝わったのか、ある日ランタナに嫌味を言った。
「ランタナ様は相変わらず隣国のお話や物に夢中だそうね。遠い国の文化に魅了される気持ちはわからないことはありませんけれど。たまには日々目まぐるしく変わって行く我が国の文化にも目を向けないと、周りから置き去りにされているのではなくて?」
「まあ、お気遣いありがとうございます。ただ、友人から聞く隣国の話が楽しくて。ついつい夢中になってしまいますの」
「また隣国か。社交界では君は変わり者として見られているそうだな。そんな何の役にも立たないくだらないものに関わっていないで、公爵令嬢のルピナスを見習って社交に励んだらどうだ」
いくら形だけとはいえ婚約者の自分に恥をかかせるなと釘を刺し、ルピナスもまた遠まわしにたしなめるも、察しの悪いランタナはにこやかに笑う。その隣国に憧れる無邪気な姿にダリアンはその顔を歪ませてやりたいと激しい憎しみがこみ上げてきた。
「そんな高望みをする前にまずは我が家に嫁ぐために覚えるべきことをきちんと身に付けて、我が公爵家の婚約者として完璧に振るまえるようにするべきだろう」
「ご心配なく、ベルガモット夫人や教師の方にはきちんとできていると言われておりますので」
「だが、覚えただけではなく、きちんとできなければどうしようもない。恥をかくのは君だけなく、ティートゥリー家もなのだぞ」
仕方なくわかりやすく言い直してやると、微笑みを消したランタナは冷ややかな目をした。
「そちらもできていると自覚していますし、周りからもそう言われていますわ。
……ふがいない私をそんなに心配されるのでしたら、これからも公の場では元々の身分が釣り合う上にお互いの振るまいを知り尽くしているルピナス様をエスコートしてください。
私とあなた様の婚約はあくまで形だけのものだということは社交界中に知れ渡っていますし、完璧な作法を身につけた公爵令嬢のルピナス様がお相手ならば周りも納得するでしょう」
――何をっ、父上たちに気に入られているからと、伯爵令嬢ごときが私たちに指図するなど偉そうにっ。
今回もダリアンはルピナスとの婚約するのだと周りに根回しするために、公の場ではランタナを遠ざけてルピナスと一緒に過ごしている。おかげで、親しい友人たちには応援されている。
でも、自分たちの邪魔をしつづけるランタナに言われると猛烈に怒りと屈辱がこみ上げてくる。
しかし、嫌悪をにじませる彼女になぜか言葉がうまく出てこず。せめてもの反撃とにらみつけると彼女は見せつけるように優雅に別れの挨拶を述べた。
「もちろん、こういったプライベートの場では私に構わず好きなだけお2人で過ごしてください。では、ごきげんよう」
一方的に言い捨てると軽やかに去って行く。その憎らしい後ろ姿が見えなくなるまでにらみつけていると、ルピナスが呆れたようにつぶやく。
「まあ、嫌な方。きっとダリアンに自分の至らないところを指摘されてすねているのだわ」
「ああ、そうだな。いつもながらかわいげのない女だ。それに、せっかくルピナスという最高の淑女がいるのに、教えを乞うどころか見苦しい嫉妬をするとは、何て愚かな奴だ。父上も母上もあんなのを気に入っているだなんて、ブルーベルかわいさに目が曇っているんだ」
せっかく人が親切に言ってやったのに、逆上したあげく自分と仲が良いルピナスに見苦しい言葉を投げつけるなんて。軽蔑がこみ上げてくる。
と、ルピナスが甘えるようにダリアンの目をのぞきこんできた。
「ねえ、ダリアン。あの人も好きにしろと言っているのだし、そろそろ私たちの婚約の話を言い出してもいいんじゃない」
少し前からルピナスは「両親に自分との婚約の話をしてほしい」と言うようになった。
しかし、元々身体の弱いブルーベルを心配する両親は万が一に備えてティートゥリー家との繋がりを欲しているし、皮肉にもランタナが隣国の薬学を学んでいると知ってその能力に期待を寄せている。
隣国から特効薬が安定して取り寄せられるようになった後ならばともかく、今下手に言い出せばダリアンがランタナを別れようとしていると思って、無理やり婚約を続けさせるかもしれない。そう思ってじっと我慢している。
それに、一度目の記憶があることはもちろん、存在を秘匿されている上にいつできるかわからない薬のことをルピナスに言うわけにはいかない。
ダリアンは不安がるルピナスに申し訳なく思いつつも、断った。
「すまない、今はできない。でも、必ず君を迎えに行く。信じてくれ」
悲し気に目を伏せたルピナスをダリアンは「愛している」と抱きしめた。
*****
それから数日後、父に呼び出された。
「ダリアン、先日カモミール伯爵家から魔力過多病を根本から治す薬が完成したと連絡があった」
「それは……良かったですね」
――おかしい、薬ができるのは1年後だったはず。まさか、あの男にも記憶があるのか?
そういえば、前にランタナと一緒にいた男は名前は忘れたが薬師だと名乗っていた。
もしかしたら、最初からランタナと組んで我がベルガモット家に恩を売りこんできたのかもしれない。今までまんまと騙されていた自分の間抜けさに内心歯がみしていると、何も知らない父は目を潤ませる。
「ああ、これでベルも良くなる。ベルを助けてくれたティートゥリー家とカモミール家、ランタナ嬢には本当に感謝してもしきれない。おまえにも無理な婚約を強いてすまなかった」
そう言って父は頭を下げる。ダリアンはいつも厳格な父の人間らしい姿に戸惑ったが、今までの仕打ちを簡単に許すとも言えず小さくうなずいた。と、父はほっとしたように続ける。
「ダリアン、おまえは昔からルピナス嬢と婚約を望んでいるのだろう。ルピナス嬢も今もそう望んでくれているのならば、私たちは喜んで認めよう」
――ルピナスと婚約できるのか?
長年望んでいたルピナスとの婚約が父にあっさりと認められたことにダリアンは驚き、数日前に会ったルピナスの悲し気な顔を思い出した、最近の彼女はだんだんとああいう顔をすることが増えている。きっとこのことを聞けば喜んで、前のように晴れやかな笑顔を見せてくれるだろう。
でも、ルピナスの笑顔を思い出そうとすると、なぜか自分を置いて颯爽と立ち去るランタナの笑顔が思い浮かんだ。そのせいせいしたといわんばかりの顔に喜びは儚く消え、代わりに好き勝手にする憎らしい女への怒りと憎しみがこみ上げてくる。
――今、婚約を解消したらあの女はまんまと隣国で待つ恋人の元へ行くのだろう。そんなことさせてたまるか。
ダリアンは荒ぶる気持ちをなんとか落ち着かせると冷静に父を説得しにかかった。
「ええ、もちろんルピナスも同じ気持ちです。
しかし、何かあればすぐに相談できるティートゥリー家の協力は我が家にとって必要不可欠なものですし、長年の婚約を突然解消してすぐに婚約を結び直せば、好き勝手に言う人間も出るでしょう。
幸い、ルピナスは待っていてくれています。私も妹のためにもう少し辛抱しましょう」
娘のことになると判断力が鈍る父の弱点を突くと、父は「それもそうだな。やはりもう少し様子を見よう」とうなずいた。
――これでいい。私とルピナスが幸せを掴むまで、あの女を自由になどさせてやるものか。
これで父は自分に恩を感じ、ルピナスと婚約をする時に有利になる。そして、ランタナは自分と同じく恋人の元へ行けない悲しみと悔しさに苦しむ。
――そうだ、私の邪魔をするおまえを幸せになんてさせない。せいぜい見苦しく泣きわめくが良い。
ダリアンは憎くてたまらない相手が自分の味わっている苦痛を味わう姿を思い浮かべて心の中で嗤った。だから、父の言葉を聞き落とした。
「おまえには本当に苦労をかけたな。せめてもの償いに、婚約した時の約束は守ろう」




