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「いらっしゃい、ラナ! 今日は何して遊ぶの?」
「こんにちは、ベル様。今日は魔力を使ってボールを投げて点数を競う遊びをしませんか?」
「まあ、面白そう!! さっそく部屋に行きましょう!」
玄関で待っていたブルーベルは目をキラキラさせて喜ぶ。そのはしゃぐ姿にランタナはもちろん、出迎えた使用人たちも顔をほころばせる。
時が戻ってからすぐにランタナは前と同じくダリアンと婚約し、仲良くなったブルーベルに頻繁に会いに来ている。
8歳の彼女は前と同じくほっそりしているけれど、ランタナが来るといつもこうして玄関まで迎えに来てくれて、数時間一緒に遊べるぐらいに元気になった。
この世界の貴族たちは皆魔力を持っていて、高位になるほど生成できる魔力が多い。
本来ならば自分の身体に合わせた量しか作り出せないが、稀に何らかの異常で過剰な魔力を生成してしまい、制御できない魔力が体内で荒れ狂って自分を傷つけてしまう。
この病は”魔力過多病”と呼ばれている。魔力量が多い貴族の子どもの命を奪う病として恐れられ、王家が主導してランタナの家を含めてあちこちで治療法を研究しているが、根本的な治療法は見つかっていない。
特に、ブルーベルは皮肉にも王族に匹敵する魔力生成量があるのに生まれつき身体が弱く、暴走しがちな魔力を抑えることに体力と気力を奪いつくされてしまう。ひどい時には調子が良いからと庭に散歩に出かけて疲れて命にかかわる大事になったこともある。
前のブルーベルは8年後に、隣国が開発した魔力の生成量を安定させる薬が恒常的に手に入るようになるまで、ランタナの両親が作った薬を飲みながら、体力を温存するためにほぼ毎日自室で大人しく過ごしていた
顔合わせの場で久しぶりに会った幼いブルーベルに、前の人生でランタナが話す外の話に憧れていたやせ細った姿を思い出して胸がしめつけられた。
――確か、今頃はもう試薬ができていたとペンタスが言っていたわ。あの薬の試薬ならば良くなるかもしれないし、この国で力を持つベルガモット公爵家が頼めば、隣国の王家も治療に協力してくれるかもしれない。
ランタナは一か八かの可能性に期待して両親に前の記憶があることを打ち明けた。ベルガモット公爵夫妻に頼んで、ブルーベルに隣国の王家とカモミール伯爵家が開発している試薬を試させてほしいと願った。
話を聞いた両親は最初は「人の命にかかわることだから、証拠もない話は信じられない」と断った。
歯がゆい思いをしながら説得するための証拠を集めていた時、ペンタスから手紙が届いた。
彼は自分にも前の記憶があり自分の家が薬を作っていること、ランタナの友人として病に苦しむブルーベルを助けたいと丁寧につづった文章とともに実験レポートを送ってくれ、王宮薬師の一族の自分の家も自国の王家にかけあって治療に協力すると約束してくれた。
それを読んだ両親は自分たちが責任を持つとベルガモット公爵家に隣国に良い治療法があると提案し、娘を助けようと手を尽くすベルガモット公爵夫妻も同意した。
そして、隣国の王家と取引してブルーベルは”魔力過多病の特効薬を作るための実験協力者”として、密かに隣国が開発している試薬を試すことになった。
幸いにも、薬はブルーベルに合っていたらしく魔力生成量が安定する時間が少しずつ増えていっている。
それと合わせて本人の体力をつけるために、調子の良い時には屋敷内を歩き回り、隣国で使われている子どもたちが魔力をコントロールするための遊び道具を使って少しずつ自力で余った魔力を放出している。
今日はいつも以上に元気が良いブルーベルは一目散に部屋に戻ると、ランタナの話にじっと聞き入る。
「この床に置いた白いボールに手持ちの青と赤のボールを6個ずつ魔力を使って投げて、相手よりも白いボールの近くに置けた人にその数の分ポイントが入ります。遊びながら覚えましょうか」
ランタナはブルーベルとチームを組んで、お付きのメイド2人と競い合った。
真剣な顔をしたブルーベルはボールを上手に投げるも、ランタナは力を入れすぎているのか明後日の方向に飛んで行ってしまう。良く周りから魔力のコントロールが大ざっぱだと言われてきて気にしていなかったけれど、これは恥ずかしい。もっと真剣に取り組んでおけば良かった。
ブルーベルにアドバイスされながらそうっと最後のボールを投げるも、皆の予想通り(?)てんで違う方向にすっ飛んでいく。
がっかりすると少し開けておいたドアから青年が入って来た。足元に転がるボールに気づくとこちらに冷ややかな視線を向ける。
「あら、お兄様。レディの部屋に黙って入って来るなんて失礼よ」
「何回もノックはしたさ。外までおまえのはしゃぐ声が聞こえてきたから気になって見に来たんだ。そんなに大声を出しながらたくさん魔力を使ったら、また熱を出して寝こむ羽目になるぞ」
「大丈夫よ、今日は調子が良いもの」
楽しい時間を邪魔されたブルーベルはふくれっ面で乱入して来た兄ダリアンに抗議したが、痛いところをつかれてその声は弱々しい。見かねたランタナはそっと口を挟んだ。
「ごきげんよう、ダリアン様。このボール遊びは、隣国で魔力を使えるようになった幼い子どもたちの遊びとして考えられたものです。そんなに体力も魔力も消耗していませんのでご安心ください」
「隣国では当たり前の遊びといってもしょせんは平凡な貴族の話だろう。伯爵令嬢の君にはわからないだろうが、ベルは王族に匹敵する魔力量を持つ公爵令嬢として期待されている。
病さえ治れば公爵令嬢としての振る舞いはもちろん、魔力に関しても精緻なコントロールが求められる。治療と称して妹に妙な悪癖をつけようとするのはやめてくれ、迷惑だ」
「お兄様ったら、そんな言い方ひどいわ! ラナの遊び道具はお医者様もお父様もお母様も許してくださっているし、私だって楽しみにしているのよ!!」
「ベル、おまえは元気だと言いはっているが、今までのようにまた一時的に良くなっているだけで、少しのことでまた悪くなる可能性の方が高いんだ。
それが嫌だったら、いつもどおり身体を労わって大人しくしているんだ。安心しろ、我が国の治療法は優秀だからな。時間はかかっても確実に良くなる」
ダリアンの凍てつくような目と声にランタナは「申し訳ありません」と小さくなって謝った。ブルーベルは抗議してくれたがダリアンに厳しい声で叱られてぐっとつまる。
皆が黙り込むと、ダリアンは再びランタナをじろりとにらみつけて入って来た時と同じようにするりと出て行った。ひんやりとした空気が漂っていつもながら気まずい。
――確かに私が余計なことをしたのが悪いし、ベル様のことが心配なのはわかるけれど。楽しんでいるベル様に対してもあんな言い方しなくても良いのに……。
ダリアンは隣国の治療法を受けることに最後まで反対していて、ランタナがやって来るとたびたび現れて余計なことをするなと釘を刺してくる。
最近は良く知らない治療法を心配して口を出すのはともかく、ペンタスたち友人から聞いた日常の話をしているだけでも難癖をつけてくるので、隣国やランタナ自身が嫌いなのかもしれないと思っている。だからといって、楽しそうにしているブルーベルまで傷つけるようなことを言うなんて、ひどいと思う。
兄の厳しすぎる言葉に今までの治療での苦しいできことを思い出したのか。涙目になったブルーベルを慰めるためにランタナは微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ベル様。お医者様たちもベル様の体調は少しずつ安定してきているとおっしゃっていますし、ダリアン様の言う通り病は確実に治りますわ。
でも、ダリアン様の言う通りこの遊び道具は良くなかったかもしれませんね、ごめんなさい。おわびに今日はとっておきのお話をしますわね」
「うん、ありがとうラナ。それにお兄様がきついことを言ってごめんなさい。
きっとこの間私のお見舞いと称してやって来たルピナスと2人で会っていたから、お母様に怒られないためにしぶしぶ婚約者のラナにも顔を見せに来たんだわ。あんな意地悪な人、大嫌い。あんな人といつまでも付き合うお兄様も大嫌いだわっ」
怒りを爆発させたブルーベルはクッションをぽかんと叩き、メイドたちは気まずそうに視線を逸らす。
ルピナス・サンダルウッド公爵令嬢はダリアンの仲の良い幼なじみだ。ブルーベルに会いに来ると称してベルガモット公爵家に出入りしているらしい。が、ブルーベルは昔からルピナスを嫌っていて、兄が婚約者の自分よりも彼女と親しくしているのを怒っている。
――困ったわ。これ以上私のせいで兄妹仲が悪くならないようにしないと。
とはいえ、ダリアンと仲良くするのは無理だ。
前のダリアンはずっとルピナスを愛していて、初めて会った時からランタナを”名だけの婚約者”として無視し、どんなに親に叱られても一切の関わりを拒んでいた。その冷遇ぶりは徹底していて、公の場でも婚約者のランタナを放置して堂々とルピナスと寄り添っていたぐらいだ。
そして、隣国の薬のおかげでブルーベルの具合が良くなると、すぐにランタナと婚約を解消して愛するルピナスと婚約を結び直した。
その後のことは隣国にいたこともあって知らないが、愛する人と結婚できてさぞ幸せだったのだろう。
そして、今回の彼もまた何が気に入らなかったのか。初めて会うなり「君を愛することはない。ブルーベルの身体が良くなり次第、この婚約はとりやめる」と両家の親たちの前で宣言し、ベルガモット夫妻に厳しく叱られてもまるでランタナの方が婚約に執着しているかのようににらみつけてきた。
その不機嫌な姿を見たら、前の人生で何をしても嫌われ無視されて、傷つけられた苦い思いがこみ上げてきて。形だけでもうまく付き合おうという気持ちも消えた。それからは前と同じように関わらないように避けている。
――今度こそきちんとベル様の身体を治して、また隣国で薬師として働く夢を叶えるわ。
2回の人生どちらも良くしてくれているベルガモット公爵夫妻やブルーベルには感謝しているが、ランタナには隣国の薬師になるという夢がある。
ペンタスが言うには彼の前の知識のおかげで薬の開発が早く進んでいて、1年は早くできると言っている。それに、念のために婚約した時に条件を盛り込んでいる。
いざとなったらそれを使って別れればいいし、ダリアンだって方法はともかくブルーベルが元気になればまた愛するルピナスと結婚できるのだから、喜んで別れるだろう。
「ベル様にまでダリアン様との仲を心配させてしまってごめんなさい。でも、私はこれぐらいの付き合いの方が気が楽ですわ。婚約者様よりも妹のベル様に会いに来ていると嫉妬されたら困りますもの」
「そうよね、私もラナと会いたいわ。最近のお兄様はお説教ばかりでうるさいし。ねえ、ラナ。お話聞かせて。隣国のお話がいいなあ」
「はい。じゃあ、友だちに聞いた話をしましょうか。最近、王立公園の噴水の台座に座った美しい青年がヴァイオリンを弾いているそうです。その彼は毎日同じ時間に来て、決まって愛する女性に想いを馳せる曲を奏でて……」
ブルーベルが好きそうな不思議と恋が混ざった話をしていると、お茶の支度をしたメイドたちも戻って来て、無邪気な少女の小さな箱庭は温かな笑い声で満たされた。
作中の遊びは”ボッチャ”というゲームを参考にしています。




