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第9話:推しの隣に立つための「装備」は、己の魂を削って作ります


 フェリス王女が到着して数日。

 王宮の一角にある客室は、今や「レオ殿下を愛でる会・作戦本部」と化していた。

「……お姉様。いつまでその、質素極まりないメイド服を着ているつもりですの?」

 フェリス王女が、私の腕を掴んで鏡の前に立たせた。

「いいですか? 殿下はダイヤモンド。それを支える台座(側室)が、くすんだ石ころであっては、宝石の輝きを損なうというものですわ!」

「……フェリス様。メイド服は、私の戦装束ユニフォームです。これこそが、殿下を一歩引いた位置から完璧にプロデュースするための、聖なる制服なのです……!」

 私は鏡の中の自分を見つめ、固い意志を伝えた。

(……本当は、メイド服こそが一番『推し』を至近距離で拝みつつ、透明人間になれる最強のステルス装備だからなんだけど!)

「お家再興を忘れたのですか? 側室として正式に認められるには、貴女自身が『殿下の所有物』として相応しい美しさを放たねばなりませんわ!」

 王女がパチンと指を鳴らすと、侍女たちが山のようなドレスと宝石を運び込んできた。

「さあ、着替えますわよ! 殿下に『僕のメイドが、こんなに美しかったなんて……』と、無自覚に独占欲を煽らせる作戦ですわ!!」

(……な、なるほど。殿下の心に、新たな『慈愛』の形を刻むための試練。……それもまた、教育の一環ですわね!)

     *

 数時間後。

 そこにいたのは、没落メイドのアンネではなく、かつての「ベルリッツ公爵令嬢」の気品を取り戻した、一人の淑女だった。

 

 淡い宵闇色のシルクドレスは、私の瞳の色を際立たせ、繊細なレースは首筋を優雅に縁取っている。

 

(……落ち着かない。背中がスースーするわ。でも、これも殿下のために『最高の反応』を引き出すための布石……!)

「……素晴らしい! 完璧ですわ、お姉様! まるで殿下の影から生まれた、月光の精霊のようですわ!!」

 フェリス王女が魔導水晶を構えて鼻息を荒くしていると、廊下から聞き慣れた足音が近づいてきた。

「アンネ? フェリスが『着せ替えが終わった』って騒いでたけど……」

 扉が開く。

 そこに立っていたのは、午後の陽光をプラチナブロンドに反射させた、我が至高の主君。

(――っ!!)

 私は、息を呑んだ。

 レオ殿下が、扉の前で石像のように固まっている。

 その瑠璃色の瞳が、大きく見開かれ、真っ直ぐに私だけを射抜いていた。

(……見て。殿下のあの、驚きに満ちた表情! 私の変貌に、あんなにも衝撃を受けてくださっている! 『自分のメイドが公爵令嬢だった』という事実を、今、その清らかな心で懸命に受け止めていらっしゃるのだわ……!)

 沈黙が流れる。

 殿下はゆっくりと歩み寄り、私の手を取った。

 その指先が、わずかに震えている。

「……アンネ。すごく、綺麗だ。……見慣れないドレスだけど、なんだか、やっと『本来の姿』を見せてくれたみたいだね」

 殿下が私の手を取り、その甲に深く、長く口づけをした。

「……でも、困ったな。こんなに綺麗だと、他の人に見せるのが、すごく……『嫌な気分』になるよ」

(…………っ!!)

 脳内で、百人規模のアンネ聖歌隊がハレルヤを大合唱した。

 

(な、な……今の、聞いた!? 全世界のベルリッツ家サポーターの皆様!!

殿下は……殿下は、私の変貌を見て、『他の男に奪われるかもしれない』という、王子としての責任感と危惧を露わになさったのよ!!

『嫌な気分』……それはつまり、『僕の臣下メイドとして、君には常に安全であってほしい』という、殿下なりの深い慈悲と守護の誓い!!

ああ……なんて……なんて責任感の強い、尊いお言葉なの……!!)

「殿下……! そのお言葉だけで、私、このドレスの重さに耐えた甲斐がございました……!!」

 私は感涙にむせび、殿下の「天使の守護本能」を讃えていた。

 だが、私の視界からは見えていなかった。

 私の手を握る殿下の瞳が、一瞬だけ、ゾッとするほど冷たく、鋭く沈んだことを。

 

 殿下は、私の背後で水晶を構えるフェリス王女を、一瞥いちべつで黙らせるほどの威圧感で見据えていた。

 その目は、**「僕の獲物に、余計な色を塗るな」**と無言で警告しているかのようだった。

「……ねえ、アンネ。今夜のレッスンは、このドレスのままでやろうか。……僕、もっと近くで、このドレスを脱が……じゃなくて、このドレスの仕組みを『勉強』したいな」

(――っ!? 『ドレスの仕組みを勉強』!?

ああ、殿下! 淑女の装いまで完璧に理解して、将来の王妃様(フェリス様)をエスコートする際の糧になさろうとしているのね!

なんて向上心の塊なの! なんて勤勉な天使なの……!!)

「はい、殿下! 不肖アンネ、このドレスの構造を隅々まで、教育の教材として捧げさせていただきます!!」

 鼻から一筋の赤い情熱を垂らしながら、私は殿下の「勤勉さ」に打ち震えていた。

「……おいアルベルト、見ろよ。兄上のあの顔。完全に『誰にも触らせない』って顔だぞ」

「……ああ。なのにアンネは『勉強熱心ですね!』って拝んでるんだから……。あの二人が合わさると、この世の誰にも止められない特級呪物みたいなカップルになるな」

 物陰で震える野郎共の声も、フェリス王女の水晶がシャッターを切る音も、今の私には心地よい祝福の鐘の音にしか聞こえなかった。



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