第42話:祭りの後の静寂
「覚悟してくださいませ」
そう言ってレオ殿下の胸に飛び込んだものの、そこから先、私たちの時間は不自然なほど静止していた。
カトリーヌ様という明確な「外敵」がいなくなり、全貴族の前での宣言という「祭り」が終わった今。寝室に流れるのは、甘美な余韻ではなく、耳が痛くなるほどの重苦しい静寂だった。
「……アンネ」
殿下が私の背に腕を回し、その体温がじかに伝わってくる。
これまでは「殿下を守るため」「教育係としての正義」という盾があったから、私は殿下の至近距離に踏み込むことができた。だが、邪魔者が消え、平和が戻ったこの瞬間。私を支えていた「プロデューサー」という大義名分が、魔法が解けたように消え失せてしまった。
(……まずいわ。敵がいないと、ただの『一人の女』として殿下と向き合わなきゃいけないじゃない!)
殿下の心臓の鼓動が、私の背中に響く。
殿下は私を求めている。私も、彼を誰にも渡したくない。
条件は揃っているはずなのに、私の「鎧」――殿下を神格化し、自分をただのファンだと定義することで心を守ってきた防壁が、この沈黙の中で逆に強固になっていく。
「アンネ、なぜ震えている。……僕を、怖がっているのか?」
「……怖くなどございませんわ。ただ、その……」
殿下を見上げることができない。
公の場で見せる「完璧な王子」ならいくらでもプロデュースできる。けれど、目の前で情愛を湛えて私を見つめる「一人の男」としてのレオ殿下をどう扱えばいいのか、私の脳内データには存在しなかった。
敵がいなくなったことで、皮肉にも私たちは**「二人の関係そのもの」**という、人生最大の難問に突き当たってしまったのだ。
殿下が私の顎を掬い上げようとした、その時。
不意に、この重苦しい空気を台無しにするような、派手な靴音が廊下に響き渡った。
「 お姉様、殿下! 全て私におまかせくださいませ!」
扉が豪快に蹴り開けられ、そこに立っていたのは、扇子を優雅に揺らしながらも瞳にギラついた狂気を宿したフェリス様だった。
(……フェリス様!? どうしてここに……っ!?)
気まずい沈黙を切り裂くように現れた「正妻候補」。
彼女の登場によって、膠着状態だった私たちの夜は、思わぬ方向へと転がり始めることになる。
【第46話:フェリスの総仕上げへ続く】




