第41話:決断の代償、あるいは消えない「赤面」
大広間での「唯一の側室」宣言。
それは、私のプロデューサー人生における最大の「神展開」であると同時に、一人の女としての私に突きつけられた、逃げ場のない「最終宣告」でもあった。
その夜。
私は、自分の寝室で一人、鏡の前に立ち尽くしていた。
手の中には、あの真紅のレース。
フェリス様から押し付けられ、そして昼間のあの時、私の「ガチ勢」としての闘争心に火をつけた「宿題」だ。
(……これを、着るというの? 私が? 殿下のために?)
想像しただけで、脳内が真っ白にショートしそうになる。
これまでの私は、あくまで「教育」や「プロデュース」という言葉で自分を塗り固めてきた。殿下を神格化し、尊び、距離を置くことで、自分の心を守ってきたのだ。
けれど、あの宣言を経て、もはや「ただのファン」でいることは許されない。私は、殿下を一人の男として受け入れ、その情愛を一身に浴びる「当事者」になってしまった。
「――アンネ。まだ、起きているか」
扉越しに響いた、低く甘い声。
心臓が跳ね上がる。ノックの音さえも、今の私には服を剥ぎ取られるような剥き出しの響きに聞こえた。
「……は、はい。どうぞ、殿下」
扉が開き、夜着を纏ったレオ殿下が姿を現す。
月光に照らされたそのお姿は、昼間よりもさらに「魔王」としての色気を増し、見るだけで視神経が焼き切れるほどの供給過多だった。
「……何をしている。そんなものを握りしめて」
殿下の視線が、私の手元――真紅のレースに止まった。
私は反射的にそれを背後に隠したが、顔に昇る熱までは隠せなかった。
「あ、これは……その、教育用の資料……といいますか、プロデュースの一環としての、備品チェックでして……っ!」
声が震えている。鎧(プロ意識)が、ミシミシと音を立てて軋んでいる。
殿下は、逃げるように視線を泳がせる私に、音もなく一歩詰め寄った。
「備品チェック、か。お前はどこまで自分を騙すつもりだ、アンネ」
殿下の大きな手が、私の頬をそっと掬い上げる。
熱い。触れられた場所から、理性が溶け落ちていく。
かつてならここで鼻血を出して倒れていれば済んだ。けれど、今の私は逃げるわけにはいかない。
「……だ、騙してなどおりませんわ。私は、殿下の魅力を誰よりも理解し、それを『完成』させたいだけです。……例えこの身が、その熱量に耐えきれず焼き尽くされたとしても!」
「なら、見せてみろ」
殿下が私の耳元で囁く。吐息が、首筋を粟立たせる。
「プロデューサーとして、側室として。……お前が僕をどう『完成』させたいのか。言葉ではなく、その体で示せ。……それとも、やはりお前には『推し』と向き合う覚悟などなかったのか?」
挑発。
その一言で、私の内側にある、あのドロドロとした独占欲が再び鎌首をもたげた。
フェリス様には見せない、カトリーヌ様には触れさせない。私だけが知る、夜の、獣のようなレオ殿下。
「……っ、承知いたしましたわ。殿下」
私は、震える指で自らのドレスの紐に手をかけた。
視界は、恥ずかしさで真っ赤に染まっている。鼻血が出そうなのを、気力だけで抑え込む。
「覚悟してくださいませ。……貴方のプロデューサーは、誰よりも強欲で、しつこいですから」
私は、消えない「赤面」を隠すことさえやめ、殿下の胸元に飛び込んだ。
プロ意識という名の最後の鎧が、音を立てて崩れ去った。
【第45話:最終教育の幕開け、あるいは聖域の決壊へ続く】




