第40話:魔王の最終宣告、あるいは「唯一」という名の鎖
王宮の大広間は、冷ややかな緊張感に包まれていた。居並ぶ貴族たちの視線は、壇上に立つレオ殿下と、その傍らに控える私に集中している。カトリーヌ様による「夜の指南」が完全に失敗に終わった今、殿下はこの国を揺るがす教育問題に、自ら終止符を打とうとしていた。
「皆に告ぐ。……僕に『教育』を施せる者は、後にも先にも、隣にいるアンネ・ベルリッツ唯一人だ」
殿下の一喝が広間に響き渡る。殿下は私の手を強く握りしめ、まるで自らの心臓をさらけ出すかのような、狂おしいほどに熱い宣言を続けた。
「彼女以外の女が僕の半径一メートル以内に近づくことは、今後一切許さない。……アンネ。僕の鎖に、一生繋がれてくれるか?」
殿下が貴族たちの前で私に跪き、誓いの口づけを落とそうとする。
その瞬間、あまりの重圧に呼吸が止まりそうになった。こんな無能な私に、殿下の「唯一」を背負う資格があるのか。溢れ出しそうな涙と赤面を隠そうと、私は震える手でポケットの中のハンカチを求めた。
――指先に触れたのは、薄く、滑らかなレースの感触。
引きずり出したのはハンカチではなく、フェリス様から押し付けられた、あの真紅の勝負下着だった。
「――っ!?」
その鮮烈な赤を目にした瞬間、脳裏にフェリス様の勝ち誇ったような笑みが蘇る。
『私は正妻として君臨し、お姉様が愛でられる姿を特等席で観測し続ける。これこそが、私の望む最高の幸せですのよ!』
(……いいえ。違いますわ、フェリス様)
私の中で、臆病な「ヘタレ」を焼き尽くすような、猛烈な情熱が湧き上がった。
彼女は「特等席」で観測すると言った。だが、正妻という「檻」の外から眺めるだけの彼女に、何がわかるというのか。
(最も最高で、最も剥き出しで、誰にも見せたことのない殿下の『神絵面』を拝むのは……貴女ではない。私ですわ!)
夜の静寂の中、熱に浮かされ、私だけに執着をぶつけるレオ殿下。その「供給」を独占できるのは、プロデューサーであり、そして世界で一番の「ガチ勢」である私だけの特権なのだ。
フェリス様に「最前列」を譲るなんて、プロデューサーとしてのプライドが許さない。
(私が……私が殿下を、一番近くで『推して』いるのですから!)
私は、震える手で勝負下着をポケットの奥底へと力強く押し戻した。その顔から赤みは消えていない。けれど、その瞳にはこれまでにない決然とした光が宿っていた。
「……謹んで、お受けいたしますわ。レオ殿下」
私は、跪く殿下を射抜くように見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「貴方の教育係として、そして唯一の側室として。……誰にも見せたことのない貴方の『最高傑作』を、私だけがこの目に焼き付けて差し上げます。覚悟してくださいませ?」
大広間に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
殿下は、私の瞳に宿る「挑戦的な色」に気づいたのか、獲物を仕留めた猟師のような、深く甘い溜息を漏らした。
視線の先で、フェリス様が「やはりお姉様は最高ですわ!」と言わんばかりに感極まってハンカチを噛んでいる。
(見ていなさい、フェリス様。貴女が見る『特等席』のさらにその先……誰も踏み込めない聖域で、私が殿下を完璧にプロデュースして差し上げますわ!)
私と殿下の、二度と引き返せない真の契約。
それは、教育という名の、剥き出しの「愛の競演」の始まりだった。
【第44話:決断の代償、あるいは消えない「赤面」へ続く】




