第39話:鎧(プロ意識)による欺瞞
カイル殿下による「不在演出」という名の荒療治を経て、私の接触禁止処分は事実上撤回された。
重厚な扉が開かれ、再び足を踏み入れた執務室は、まるで嵐が過ぎ去ったあとのような惨状だった。ひっくり返った椅子、砕け散った花瓶、そして――。
「……アンネ」
私の姿を捉えた瞬間、レオ殿下の瞳に宿っていた、刺すような殺気が霧散した。
殿下は迷わず私に駆け寄り、その逞しい腕で私を力任せに抱き寄せた。首筋に顔を埋め、深く、何度も私の香りを吸い込むその仕草は、まるで飢えた獣が唯一の安らぎを見つけたかのようだった。
「二度と、僕の前から消えるな。……あの女が僕に触れようとした瞬間、僕は、この国すべてを焼き尽くしてしまいたい衝動に駆られた」
殿下の震える声と、肌から伝わる熱。
カトリーヌという「完璧な指南役」を拒絶し、鼻血を出して倒れるような私を求めた殿下の執着。
その事実が、私の胸をどうしようもないほどの熱さで満たしていく。
(……あぁ、私は)
隔離されている間、私は気づいてしまった。
殿下が他の誰かに指南される。他の誰かの肌に触れる。その可能性を想像しただけで、五臓六腑が煮えくり返るような嫉妬に狂いそうになったことに。
それは教育係としての責任感などではない。ただの、浅ましく独占欲に塗れた一人の女の感情だ。
だが、今の私には、それを認めるだけの勇気はまだなかった。
認めれば最後、私が九年間かけて築き上げた「プロデューサーとアイドル(推し)」という、この脆くも尊い均衡が、ただの愛執によって崩れ去ってしまう。
「……殿下。申し訳ございません。私の教育不足のせいで、殿下に多大なるご不快な思いをさせてしまいました」
私はあえて、殿下の腕の中で冷徹な「指南役」の顔を作った。
心臓は爆発しそうなほど高鳴り、今すぐ「私も貴方を誰にも渡したくない」と叫びたがっているのに。
「カトリーヌ様のような優れた指南役を拒絶されるほど、殿下の審美眼を研ぎ澄ませてしまったのは、私のプロデュースの結果ですわ。……殿下の『夜』を管理し、その純潔と尊さを守り抜くことは、私にしかできない最重要ミッションです」
私は自分に言い聞かせるように、プロ意識という名の強固な「鎧」を言葉にする。
「ですから、他の方は不要です。殿下を完璧な王へと導くための『毒』も『薬』も、すべて私が引き受けます。……これは、私のプロとしての意地ですわ」
殿下は、私のその虚勢に満ちた言葉を聞くと、ふっと短く、けれど狂おしげに笑った。
私の耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁く。
「……プロ意識、か。お前がそう言い張るなら、今はそれでいい、アンネ。……だが、その鎧の下で、お前がどれだけ僕に焦がれているか……僕が一生かけて暴いてやろう」
殿下の指先が、私の震える手を強く握りしめる。
かつてなら鼻血を出して倒れていたその接触に、私は今、別の痛切なまでの「渇き」を感じていた。
プロとしての欺瞞。
それこそが、私と殿下を繋ぎ止めるための、最後にして最大の防壁だった。
【第43話:魔王の最終宣告へ続く】




