第38話:カイルの不在演出、あるいは「聖域」の証明
適性審査の一時的な沙汰として、私は一週間の「接触禁止」を言い渡された。
カトリーヌが提唱した「真の夜の指南」を殿下が受ける間、私は離宮の一室に隔離されることになったのだ。
(……殿下。手を握るだけで鼻血を出すような私ではなく、洗練されたカトリーヌ様の導きなら、貴方はもっと『完璧な王』になれるのかしら)
隔離された部屋の窓から月を見上げ、私はプロデューサーとしての、そして一人の女としての敗北感に打ちひしがれていた。
一方その頃、レオ殿下の寝所。
高慢な笑みを浮かべたカトリーヌは、殿下の肌に触れようとした瞬間に弾き飛ばされ、床に這いつくばっていた。そこにあるのは、教育という名の一方的な欲望を拒絶する、絶対的な「拒絶」の意志だった。
その惨状をマジックミラー越しに見ていた王宮幹部たちに対し、カイルは静かに、そしてどこか誇らしげに語り始めた。
「……皆様、誤解してはいけません。アンネが殿下の手を握るだけで顔を赤らめ、卒倒してしまうのは、彼女が『無能』だからではないのです」
カイルの声は、夜の静寂に深く染み渡るような響きを帯びていた。
「彼女にとって、レオ殿下はあまりに尊く、輝かしい存在。一人の女性として、あの方を心の底から慈しみ、愛しているからこそ……その肌に触れることさえ、彼女にとっては奇跡に等しい重みなのです。愛が深すぎるがゆえに、彼女の心身はその純粋な熱量に耐えきれず、自爆してしまう。それは、相手を単なる『対象』としてではなく、唯一無二の『宝物』として扱っている何よりの証左ではありませんか」
カイルは、暴走の予兆を見せる殿下の背中を見つめ、言葉を継いだ。
「カトリーヌ殿。貴女が施そうとしたのは、技術としての夜の営みだ。だが、殿下が求めているのはそんなものではない。……アンネのあの『へたれ』なまでの純真さこそが、殿下の内にある破壊的な情念を、柔らかな陽だまりへと変えてきた。彼女の不器用な敬愛があるからこそ、殿下は化け物にならず、正しい人間として、この国の王として踏み止まっていられるのです」
カイルの言葉に、幹部たちは息を呑んだ。
確かに、アンネが側にいた時の殿下は、冷徹ではあっても「人としての理」を失ってはいなかった。彼女の出す鼻血も、赤面も、すべては殿下を「一人の、愛されるべき人間」として繋ぎ止めるための、最も純粋な鎖だったのだ。
「彼女は殿下を『偶像』として崇めているのではありません。あまりに愛しているからこそ、関係を持つことさえ畏れ多いと、その魂が震えている。……これほどまでに殿下を尊重し、全霊で守ろうとする女性が、他にどこにいるというのです?」
カトリーヌは何も言い返せず、ただ自身の浅はかな「技術論」を恥じるようにうなだれた。
アンネの不在が証明したのは、彼女の無能さではない。
彼女の不器用で、深すぎるほどの愛こそが、この国の王を正しく在らせる唯一の「聖域」であるという真実だった。




