第37話:審判、あるいは「愛」という名の罪状
フェリス様から託された真紅のレース。彼女が放った「レオ×アン保護計画」という宣言と、あの路地裏での殿下の突き放した態度の「真相」は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
(殿下は、私を守るためにあんな酷いことを……)
プロデューサーとして、その「尊い献身」に悶えたい気持ちはある。だが、それ以上に「正妻候補」のフェリス様が「側室」の私を全力で推すという、バグった力学が成立しつつある現状に、私の超解釈も限界を迎えようとしていた。
そんな嵐の前の静寂を切り裂くように、王宮に新たな「毒」が舞い込んだ。
「――そこまでよ。ベルリッツ公爵家の『残り滓』が、いつまで王家の神域を汚し続けるつもりかしら」
冷徹な声が、レオ殿下の執務室に響き渡る。振り返ると、そこには鉄紺色のドレスを完璧に着こなした、氷の彫像のような女性が立っていた。
**カトリーヌ・ド・ヴァロワ。**
保守派貴族たちが「アンネ・ベルリッツ排除」のために送り込んだ、新たな刺客である。彼女は私を一瞥するなり、扇子で私の存在を不浄なものとして指し示した。
「アンネ・ベルリッツ。貴女の『重すぎる愛』は、王家を滅ぼす毒に他ならないわ。殿下を一人の人間としてではなく、自分の欲望を満たすための『偶像(推し)』として飼い殺している。その独善的な献身が、殿下から王としての冷徹な自立を奪っている事実に、いつまで目を背けるつもり?」
その言葉は、私が心の奥底で最も恐れていた「自己満足」という名の急所を、正確に貫いた。
「これからは、私が殿下に真の王道をお教えします。……アンネ・ベルリッツ、貴女に殿下の側に立つ正当性があるかどうか、公の場で審判を受けてもらいましょう」
彼女の背後には、保守派の貴族たちがずらりと控えていた。
*
王宮の円形ホールに、冷酷な沈黙が流れていた。審判席に並ぶ王宮幹部たちの視線は、被告席に立つ私を「不敬な詐欺師」として射抜いている。
「これより、側室兼教育係アンネ・ベルリッツの適性審査を開始する」
カトリーヌが、鋭いヒールの音を響かせて壇上に上がった。
「皆様、騙されてはいけません! この女は九年間居座り続け、殿下に夜の作法を教えるどころか、殿下に手を握られただけで顔を真っ赤にし、あろうことか鼻血を出して気絶した。……これが、王国の至宝である殿下を導くべき女性の姿かしら?」
陪審員たちの間から、失笑が漏れる。
私の顔は、羞恥心で爆発しそうだった。……そうなのだ。私はプロデューサーのつもりでいて、その実、殿下の美貌(供給)を前にすると理性が消し飛ぶ、ただの重度のファンでしかない。
「夜の指南役とは、殿下の余裕を育む器であるべき。対してこの女はどう? 殿下の吐息一つで卒倒し、殿下の肌に触れることさえ恐れ多いと震えている。……これでは教育どころか、殿下の成長を妨げる最大の障害だわ!」
カトリーヌは、私が隠し持っていた「推し活メモ」や「解釈ノート」を証拠品として掲げた。
「彼女は殿下を愛しているのではない。ただの『偶像(推し)』として消費し、その神々しさに勝手に自爆しているだけ! ただの純潔な無能。……このような女に、殿下の『夜』を任せるわけには参りません!」
「……っ」
言い返せなかった。
私は、殿下との関係を「尊いもの」として神格化しすぎたあまり、一人の女として殿下と向き合うことから逃げ続けていたのだ。プロ意識という鎧の下にあるのは、殿下を直視できないヘタレなオタクの心。
「レオ殿下。このような、手を繋ぐだけで鼻血を出すような指南役、貴方には不要でしょう?」
カトリーヌの問いかけに、隣に座るレオ殿下がゆっくりと立ち上がった。その瞳には、私への底知れない執着と、カトリーヌへの隠しきれない殺意が混じり合っている。
審判は、絶望的な方向へと傾こうとしていた。
【第38話へ続く】




