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第33話:盛夏の終わりの神絵面、あるいは深まる陰謀の影



 嵐のような「沈黙の塔」の事件から一夜明け、離宮に最後の朝が訪れた。


 昨夜、私の腕の中で子供のように泣きじゃくったレオ殿下は、今朝は打って変わって、いつにも増して不機嫌そうな――それでいて、私の姿が視界から消えるたびに「アンネ、どこだ」と鋭い声を上げる、極度の分離不安状態に陥っていた。


「……殿下、あまり袖を引っ張らないでくださいませ。着替えの準備が進みませんわ」


「……黙れ。お前が勝手に消えるのが悪い。……当分、僕の視界の外に出ることは許さないからな」


 殿下は顔を背けながらも、私のエプロンの端を指先でぎゅっと握りしめている。その耳の端はまだ赤く、昨夜の「重すぎる告白」を思い出しているのは明白だった。


 私は、心臓が爆発しそうなのを必死に抑えながら、プロデューサーとしての仮面を被り直す。あぁ、尊い。昨夜の「弱り切った魔王」も素晴らしかったけれど、この「自覚した後の執着モード」もまた、筆舌に尽くしがたい供給だわ。


【浜辺:五人の美男美女による最終公演】


 バカンス最終日。私たちは最後を精一杯楽しむべく、再びあの白い砂浜へと降り立った。


 昨日の「毒」発言は何処へやら、レオ殿下は私の用意した(露出を抑えた、けれどラインの出る)新しい服に不承不承ながらも納得し、私たちの側を離れようとしない。


 そこには、まさに「神が描いた」としか思えない光景が広がっていた。


 白雪のような髪を潮風に遊ばせ、不遜な美しさを放つレオ殿下。


 その隣で、彼を支えるように、けれど誇らしげに微笑む教育係の私。


 魔導水晶を構え、「お姉様、殿下! もう少し寄ってくださいまし!」と鼻息荒く指示を飛ばす可憐なフェリス様。


 波打ち際で、無造作にシャツを脱ぎ捨て、彫刻のような肉体美を晒しながらカイル様と談笑するアルベルト様。


 そして、それらすべてを冷徹な、けれどどこか満足げな瞳で眺める、知性の塊のようなカイル様。


「……おい、見ろよ。あの光景。この世の美しさを全部凝縮したみたいだな」


 離宮のテラスや影から、掃除の手を止めたメイドたちや、警備中の騎士たちが、一様に呆然と海を見つめていた。


「レオ殿下とアンネ様のあの距離感……。昨夜、塔から抱きかかえて戻られたって本当なのね。あぁ、尊い……。側室という名の、事実上の正妻決定戦終了じゃない」


「見てよ、フェリス様のあのガチな撮影技術。他国の王女様があそこまで献身的にシャッター(水晶)を切るなんて、もはや全人類の代表だわ」


「アルベルト様とカイル殿下の並びも捨てがたい……。武と知の暴力的なまでの美しさ……。あぁ、視力が、視力が良くなっていく気がする……」


 ガヤたちの囁きは、もはや祈りに近い。


「アンネ。……アイスだ。あーんしろ」


「殿下、人目がございますわ。……あ、あーん……」


 私が顔を真っ赤にして差し出したスプーンを、殿下が満足げに食む。


 その瞬間、背後のテラスから「ッパァァァァァン!!」と、誰かの鼻腔が決壊したような音が響いたが、私たちは気にしないことにした。


【黄昏:不穏な静寂の訪れ】


 日が傾き、離宮に帰還の準備が整う頃。


 楽しかったバカンスの余韻に浸る私たちの陰で、アルベルト様が一人、レオ殿下の元へ歩み寄った。


 その表情からは、先ほどまでの快活なバカンスモードは完全に消え去っていた。


「殿下。……少々、よろしいでしょうか」


 アルベルト様は、声を潜めた。


「例のマリアの件……先ほど、連行した先の地下牢で最終報告が上がりました。やはり、彼女一人の独断ではありませんでした。背後にいるのは、王宮の保守派貴族たちです。『教育こそが国家の礎』を旗印に、アンネを排除することで殿下の精神的支柱をへし折ろうとした。……王宮に戻れば、より巧妙な手が打たれるでしょう」


 レオ殿下は、私の肩を抱く手に、無意識に力を込めた。


「……フン。面白い」


 殿下は冷酷な笑みを浮かべた。その瞳に宿るのは、愛するものを脅かす者への、容赦なき殺意。


「僕からアンネを奪おうとする奴には、相応の地獄を見せてやるだけだ。……行くぞ、アンネ。王宮へ戻る。……お前の教育の成果、保守派の連中にたっぷり見せつけてやろうじゃないか」


「……殿下?」


 内容までは聞こえなかったけれど、殿下から発せられる尋常ならざる気迫に、私は背筋が震えるのを感じた。


 バカンスは終わる。けれど、私たちの――いえ、私の「推しプロデュース」の真の戦いは、王宮に戻ってからが本番のようだった。


 夕日に染まる離宮を背に、私たちは馬車へと乗り込む。


 幸せな余韻と、首元をなでるような不穏な予感。


 それが混ざり合う中、レオ殿下は私の手を一度も放そうとはしなかった。


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