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第27話:致命的な誤読、あるいは「目に毒」という名の極上バフ


 離宮の女子更衣室は、熱気と布面積の少なすぎる「聖衣」で溢れかえっていた。私は鏡に映る自分の姿を凝視し、かつてないほどに狼狽する。

「……フェリス様。これ、本当によろしいのですか? 教育係としての『威厳』が、物理的に削ぎ落とされている気がするのですが」

 私が身に纏っているのは、フェリス様が「これぞ王道」と自信満々に差し出してきた、真紅のワンピース水着。背中が腰のあたりまで大胆に開き、脚のラインを強調するそれは、機能的ではあるが、あまりに「素材」を活かしすぎていた。

「何をおっしゃいますの、お姉様! 今日のテーマは『この水着なら殿下もイチコロ』ですわよ!」

 フェリス様はご自分もフリルの水着に身を包み、鼻息を荒くして拳を握る。「見てください、その健康的な美しさを! 9年間、殿下の身の回りのお世話をしてきたそのしなやかな肉体……これこそが、殿下の眠れる独占欲を呼び覚ます最強のトリガーになりますわ!」

「……確かに、殿下が溺れた際に即座に飛び込み、救助するための機動力は確保されていますね」

 私は自分に言い聞かせるように頷いた。そう、私はプロデューサー。この姿もすべては「殿下の教育」の一環。殿下に「女性をエスコートする覚悟」を持たせるための、いわば動く教材なのだ。

【浜辺への降臨:光り輝く地獄の始まり】

 覚悟を決め、更衣室の扉を開けて砂浜へと踏み出す。そこには、既にシャツのボタンを全開にしたレオ殿下と、それをニヤニヤ眺めるカイル様、そして私たちがいつ倒れるかに金を賭けているアルベルト様が待っていた。

「殿下、お待たせいたしました。本日の実地訓練、開始いたします――」

 私の声は、最後まで続かなかった。私を捉えたレオ殿下の視線が、釘付けになったように動かなくなったからだ。

 殿下の瑠璃色の瞳が大きく見開かれる。そして見る間に、殿下の白い肌が、耳の先から首筋にかけて沸騰したように深紅に染まっていく。

(……っ!?)

「……アンネ。お前、その格好は……」

 殿下の声は震えていた。私は一歩、殿下へと詰め寄る。「はい。救助訓練に最適な装いですが、何か教育上の不備でも?」

「……寄るな。近寄るなと言っている……!」

 殿下はあからさまに顔を背け、私を突き放すように片手をかざした。「……醜い。あまりにも……目に毒だ。あっちへ行け!」

「え……?」

 冷たく、鋭い拒絶。殿下は一度も私と目を合わせることなく、そのまま砂を蹴って一人で海の方へと走り去ってしまった。

 波の音だけが空虚に響く。

(醜い……? 目に毒……!?)

 脳内メモリーが、一瞬で最悪の絶望シミュレーションを完遂する。

 そういえば、今の私は22歳。17歳の殿下にとって、昔から一緒にお風呂に入り、寝食を共にしてきた私は、もはや「空気」や「家族」と同じ存在だと思っていた。

 でも、違ったのだ。殿下にとって、私のこの「女性」を剥き出しにした姿は、生理的な嫌悪感を抱くほどの「解釈違い」だったのだ。

「……失敗した。私の演出が、完全に裏目に出た。『勝負水着』などという二次創作的な発想で殿下の日常回に劇薬を投下するなんて、公式プロデューサー失格もいいところですわ。殿下の『目に毒』という言葉は正しい。私という不純な変数が、殿下の完璧な日常という名の舞台を汚染した。……あぁ、私はなんという解釈違いを犯してしまったのかしら……」

 私が砂浜に崩れ落ちると、背後でアルベルト様が呆れたように溜息をついた。

「……おい、アンネ。お前、今のをどう解釈したらそうなるんだ? 殿下の顔、完全に『直視したら死ぬ』って書いてあっただろ」

「カイル様! 貴方からも言ってください! 私はもう、公式プロデューサー失格です! 死んでお詫びを……!」

「アンネ、君のそのネガティブな超解釈は相変わらずだね」と、カイル様は水晶のレンズを拭きながら楽しげに笑う。「兄上があんなに必死に逃げるなんて、よっぽど君のその姿が『効いた』って証拠だよ。……まあ、あそこまで動揺した兄上を見られたのは収穫かな」

 だが、今の私には彼らの言葉は届かない。

 かつて公爵令嬢だった頃、孤独だった殿下に一目惚れし、「可愛い」「尊い」と追いかけ回してようやくその心を溶かしたあの日々。没落してからも殿下が私を拾ってくれた、あの9年間の絆が、私の身勝手な「水着」という暴挙によって、粉々に砕け散ってしまったのだから。

(殿下……。もう、二度と私のことなんて見てくださらないのね……)

 アンネ・ベルリッツ、合宿初日にして「公式出禁」の危機。海辺で一人、「……あんなの、聞いてない。心臓が持たない……」と顔を覆ってしゃがみ込む殿下の真意に、彼女が気づく日は来るのだろうか。

【第28話へ続く】



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