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第26話:聖域への巡礼、あるいは「公式供給」を懸けた内乱


 王家所有の夏の離宮「波濤の聖域」。

 断崖に囲まれ、限られた者しか入ることを許されないその入り江は、今や全人類が、あるいは王宮内の全オタクが渇望する「公式バカンス回」の聖地と化していた。

 馬車から降り立った瞬間、私の肺を満たしたのは、潮の香りと、これから始まるであろう「神供給」への期待という名の高濃度酸素。私、アンネ・ベルリッツは、プロデューサーとしての魂を震わせ、砂浜に最初の一歩を刻んだ。

「――お姉様! 見てくださいまし、この最高のロケーションを!!」

 馬車のステップを飛び降りるなり、フェリス王女が八台の魔導水晶を宙に浮かせながら叫んだ。

「この入り江、砂の反射率が計算し尽くされていますわ! 殿下の白皙の肌を、過不足なく、それでいて神々しく照らし出す……。これ、国費で管理されているだけのことはありますわね!!」

「ええ、フェリス様! ここはまさに、解釈違いを許さない『絶対聖域』ですわ!!」

 私たちが血走った瞳で撮影ポイントの選定ロケハンを始めていると、背後からあからさまに呆れた溜息が降ってきた。

「……アンネ。お前、暑さで脳が沸いたのか? 離宮に着くなり砂の反射率を論じるメイドがどこにいる」

 シャツのボタンをラフに外し、既にバカンスモードのアルベルトが、剣の代わりに日傘を持って立っている。

「アルベルト様、失礼な! これは教育係としての環境整備ですわ。殿下の尊いお姿を、いかに『最高効率』で国民……いえ、私に刻み込むか。これは国家の存亡に関わる重大な――」

「はいはい。兄上の『初手』を拝む前に、教育係が鼻血を吹いて倒れたら元も子もないだろ」

 涼しげな顔で水晶のピントを調整しているのは、第二王子のカイルだ。

 彼は冷徹な策士としての仮面を脱ぎ捨て(あるいはバカンス仕様に換装し)、兄の動向を特等席で観測する「古参オタク」の顔を隠そうともしていない。

「いいかい、アンネ。今回の合宿の真の目的は、兄上とお前の関係を『公式』に確定させることにある。各勢力(侍女や騎士たち)の間でも、既に賭けが始まっているんだよ。お前たちがこの夏、どこまで『既成事実』を作るか、っていうね」

「き、既成事実……!? 殿下と……!? 畏れ多い、滅相もございませんわ!!」

 私は反射的に防水真綿を鼻に詰め込んだ。

 そう、この離宮には現在、三つの巨大な派閥が「推しカプ」の行方を見守るために集結しているのだ。

【アンネ×レオ】派(王道・純愛派): 「9年間の献身が実を結び、殿下がアンネ様を組み伏せる瞬間を拝みたい」とする武闘派。

【フェリス×アンネ】派(姉妹萌え・百合派): 「フェリス様が正妻として君臨し、アンネ様を囲い込む構図」を至高とする変態派。

【レオ(魔王)×アンネ(犠牲)】派(依存・執着派): 「殿下の隠された独占欲が爆発し、アンネ様を監禁する展開」を熱望する闇深派。

「アンネ、お前はどうなんだ? 今回のバカンス、自分ではどうプロデュースするつもりだ」

 アルベルトの問いに、私は砂浜を指差して宣言した。

「決まっておりますわ! 本日の教育目標は『無防備な王者の色香』!! 殿下の隠しきれない『オス』の部分を、この夏の太陽によって強制的に引き出し、私たちが尊さのあまり蒸発する……これこそが、公式プロデューサーとしての私の責務ですわ!!」

「……やっぱりダメだこいつ、早くなんとかしないと」

 アルベルトが頭を押さえる横で、カイルは「アンネ、その意気だよ。兄上の理性がどこまで持つか、僕がしっかり記録してあげるからね」と不敵に笑った。

 私たちは、このバカンスで「運命」を動かすと誓い合った。

 たとえ、その過程で私たちの鼻からどれほどの聖水(鼻血)が流れようとも。

 すべては、レオ殿下という唯一無二の「神」を、最高の輝きで世に送り出すために。

 だが、この時の私はまだ知らなかった。

 自分が用意した「勝負水着」が、殿下の理性を粉砕し、同時に私自身を絶望の淵へと叩き落とすことになるなんて。

 アンネ・ベルリッツ、22歳。

 17歳の「魔王」に翻弄される夏の幕が、今、静かに……そして騒がしく上がった。



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