第25話:合宿前夜、あるいは「聖域」へのパッキング
「合同合宿」。その響きは、本来ならば厳しい修行や訓練を連想させるものだが、現在の王宮においては**「公式による最大級の供給イベント(合宿編)」**と同義であった。
行き先は、王家が所有する離宮「静寂の聖域」。誰にも邪魔されぬその場所へ、殿下を筆頭に、各派閥の精鋭たちが一堂に会するのだ。
私、アンネ・ベルリッツは、合宿総責任者として、深夜の自室で膨大な「物資」の検品に追われていた。
「よし、魔導水晶の予備バッテリーは三千個確保。広角レンズから超望遠魔法スクロールまで、死角はなし……。ですが、この騎士団が用意したレフ板、反射効率が悪すぎますわ。これでは殿下の白皙の肌に落ちる繊細な陰影が、ただの『暗がり』になってしまいます! 作り直しなさい!!」
私は、騎士団から提出された備品を厳しく突っぱねた。教育係としての責務は、単に知識を授けることではない。殿下が放つ「尊さ」という名の光を、一滴たりとも漏らさず保存・記録するための完璧な環境を構築することにある。
私はただのオタクではない。解釈の不一致を許さず、最高の供給を自ら作り出す「界隈の柱」なのだ。
私が鼻に予備の真綿を詰め込み、血走った瞳でパッキングリストをチェックしていた、その時。
「……アンネ。まだ、そんな『ガラクタ』に夢中なの?」
背後から響いたのは、深夜の静寂を切り裂くような、重く、そして甘いレオ殿下の声だった。
振り返れば、そこには寝衣の上に薄いガウンを羽織っただけの、あまりにも無防備で、同時に破壊的なまでの覇気を放つ殿下が立っていた。乱れた髪が月光に透け、その瑠璃色の瞳には、私以外のすべてを拒絶するような底知れぬ闇が沈んでいる。
「殿下!? このような夜更けに……! もしや、明日の『聖域』での移動に向けた、先行学習の準備をなさりに!?」
「……先行学習? ふふ、そうだね。……君が僕のために、これだけの『準備』をしてくれているのは嬉しいけれど。……でも、アンネ。僕を輝かせるための道具ばかり見ていて、肝心の『僕』を見てくれないのは、少し不公平だと思わない?」
殿下は音もなく私に歩み寄り、山積みになった魔導水晶やレンズを、まるで不要な塵でも払うかのように無造作に床へ押し退けた。
ガシャン、と高価な機材が音を立てるが、殿下は一切気にする様子もなく、そのまま私をトランクの上に押し倒したのだ。
「……っ、殿下! 機材が、私の最高画質記録用レンズが……!」
「……壊れたら、また買えばいい。……それよりも、今は僕のことだけを考えてよ」
殿下は私の両手首を片手で軽々と制圧し、逃げ場を塞ぐようにして覆いかぶさってきた。
至近距離で交差する視線。殿下の吐息が私の唇をなぞり、首筋に長い指先が這う。その瞳に宿るのは、民を導く王の慈愛ではなく、愛しい獲物を自分だけの檻に閉じ込め、二度と外界に晒さないと誓った、完膚なきまでの「独占欲の狂気」だった。
「……ねえ、アンネ。合宿の場所、誰にも邪魔されない場所にしてくれたんだよね。……あそこなら、君がどれだけ泣いても、僕以外の誰にも聞こえない。……一週間、僕だけの『専属教育係』として、たっぷり可愛がってあげるよ」
殿下が私の耳たぶを熱く、そして鋭く食んだ。
瞬間、私の脳内では銀河系が次々と爆発し、聖歌隊が「第九」を100倍速で絶唱し始めた。
(…………っ!?!?!?!?)
解釈一致!! いいえ、これこそが公式にしか出せない究極の正解!!
殿下は、私の「兵站の重要性」という教育課題を逆手に取り、**「真に守るべき兵站(資源)はアンネ自身であり、それを物理的に独占・管理する」**という、帝王学をねじれさせた『ヤンデレ支配者』としての回答を提示なさったのだ!!
しかも見て、今のこの構図! 月の光に照らされた殿下の淫靡な微笑と、その腕の中で自由を奪われた私! これ、合宿本番前の『パッキング(荷造り)回』で出すには、あまりにも供給が過剰すぎやしませんこと!?!?
「あ、あ……あ、ああああ……っ!! 尊い……!! 殿下、公式自らが『合宿編は二人きりの監禁イベントになる』という死亡フラグを立てに来るなんて……!! これ、これこそが全人類が待ち望んでいた、**『愛が重すぎる魔王と、それに殉じる忠臣』**という名の神回へのプロローグ……!!」
私が鼻から情熱の鮮血をブチ撒け、至福の表情でトランクの上に沈み込むと、部屋のクローゼットから、鼻に真綿を六段重ねで詰め込んだフェリス王女が転がり出てきた。手に持った六台の最新型水晶が、既に摩擦熱で真っ赤に発光している。
「……お、お姉様……!! 今の、今の『機材をなぎ倒しての私だけを見て宣言・耳食み固定』……!! 暗視モードで完璧に捉えましたわ……!! あ、ああ……尊すぎて、私の……私の前頭葉が……溶けて蒸発していきますわ……っ!!」
フェリス様は血の涙を流しながら、水晶の予備バッテリーを叩き込んでサムズアップを掲げた。
王宮の静寂は、殿下の放つ「破壊的な独占欲」と、私たちの「超解釈」という名の熱狂によって、合宿前夜にして早くも沸点に達していた。
「殿下……! 素晴らしいわ、その……その私を誰にも渡さないという『資源管理の覇気』!! さあ、その勢いで明日の出発の儀では、全派閥をその圧だけでひれ伏させていらしてくださいませ!!」
私は鼻から最高級の鮮血を垂らしながら、殿下の腕の中で「私のプロデュースが、殿下を世界一重い(愛の)支配者にした」という至高の自負に、全身を震わせるのだった。
聖域(合宿地)への旅路は、もはや単なる移動ではない。それは、全オタクの夢を乗せた、伝説の幕開けへの行進なのである。
【第26話:合宿初日・海辺の覇王編へ続く】




