第24話:聖域の静寂、あるいは「尊さ」による大団結
園遊会での「ハイブリッド・ヤンデレ魔王」という名の超弩級公式供給は、王宮内のパワーバランスを完全に崩壊させていた。
解釈の不一致によって生じた火種は、もはや一触即発の全面戦争へと発展。廊下を通れば、右では【アンネ派】の侍女たちが「身分差ゆえの執着こそが至高!」と勝気なシュプレヒコールを上げ、左では【フェリス派】の騎士たちが「ロイヤルな絶対支配こそが正義!」と魔導水晶を掲げて応戦している。さらには、物陰から「……兄弟愛の隙間を狙え」と呟く【カイル派】の隠密たちが、怪しい魔導煙幕を準備している始末。
私、アンネ・ベルリッツは、その狂乱の最前線で、公式プロデューサー(教育係)としての威信にかけて、界隈の治安維持に奔走していた。
(落ち着きなさい、皆様! 解釈を一つに絞る必要なんてありませんわ! 殿下の魅力は多面的で、宇宙そのもの! 争うエネルギーがあるなら、それを次の供給(教育)へのドネーションに回しなさい!!)
だが、私の叫びも虚しく、各派閥は己の「理想の殿下」を独占せんとして、今にも魔導水晶による武力衝突が起きようとしていた。王宮の機能が麻痺し、騎士団長と侍女長が睨み合い、フェリス様が八台の水晶をフルバーストで起動させようとした、その時だった。
「……みんな、もうやめてよ」
喧騒を切り裂いたのは、凛とした、けれど今にも消えてしまいそうなほど、頼りなげで、悲しみに満ちた声だった。
広間の中心に立っていたのは、レオ殿下だった。だが、そこに「魔王」の覇気は微塵もない。殿下は、その瑠璃色の瞳に真珠のような涙を湛え、白皙の頬を微かに震わせながら、私たちを、そして争う民たちを見つめていたのだ。
「……僕のために、大切な仲間たちが傷つけ合うなんて。……そんなのを見ているくらいなら、僕は、王になる資格なんて……ないのかもしれない」
殿下は、その細い指先で目元を拭い、儚げな微笑みを浮かべた。それは、あまりにも清廉で、あまりにも「守ってあげたい」と思わせる、究極の……**「子犬のような弱さ(受け属性)」**の顕現だった。
その瞬間、世界から音が消えた。
(…………っ!?!?!?!?)
全派閥が、同時に動きを止めた。
【アンネ派】の侍女も、【フェリス派】の騎士も、【カイル派】の潜入員も。
全員の脳裏に、かつてない強度の衝撃波が走り、共通の真理(神託)が雷鳴のごとく轟いた。
**「「「……尊すぎて、争っている場合ではない!!!」」」**
あの、すべてを統べる「魔王」が。全方位を蹂躙した「覇王」が。私たちの愚かな争いのせいで、あんなに……あんなに胸を締め付けるような、奇跡的な美しさの「涙」を見せたのだ。
その一瞬の供給は、あらゆる派閥の対立を木っ端微塵に粉砕し、全人類を「殿下の笑顔を取り戻し隊」という一つの巨大な宗教へと、強制的に大団結させるに十分すぎた。
「お、お姉様……私、間違っていましたわ……! 解釈の不一致ごときで、この『奇跡の宝具(殿下の涙)』を曇らせてしまうなんて……ファンとして、……いいえ、人として、万死に値しますわ!!」
フェリス様が鼻に詰めた真綿を吹き飛ばし、血の涙を流しながら私の手を握りしめる。
「フェリス様……。私もですわ……。殿下を困らせ、あんなに切ないお顔をさせてしまうなんて、公式プロデューサー失格……! 私たちは今、派閥を超えて、この『光』を後世に遺し、二度と悲しませないために団結すべきなんですわ!!」
私たちは熱い抱擁を交わし、廊下で睨み合っていた全派閥もまた、魔導水晶を捨て、クッションを置き、手を取り合って咽び泣いた。もはや敵はいない。いるのは、殿下の輝きを永遠に保存せんとし、その幸福を第一に願う、同志たちだけだ。
その様子を、涙を拭いながら見ていた殿下が、ふっと……ほんの一瞬だけ、誰にも気づかれないほど微かに、妖艶な、そして邪悪なまでの笑みを浮かべたのを、私は見逃さなかった。
(…………っ!! 今の、見た!?)
私の脳内フィルターが、即座にその「魔王の微笑」をキャッチする。
(天然でやってたら聖人なのに、計算でやってたら人類史上最強の独裁者なのに……どっちにしても五千億点なのが、殿下の殿下たる所以……!! 私の「推し」の底が、また一段、深くなった……!!)
フィルターの最終出力が「五千億点」という過去最高スコアを叩き出した瞬間、私の鼻腔が盛大に決壊した。
(こんな時に鼻血を出すな私ッ!! プロデューサーの威厳はどこへ!!)
「……お姉様、お鼻が」
「気のせいですわフェリス様」
「真っ赤ですわお姉様」
「仕様ですわ」
殿下は、大団結した私たちに向かって、聖者のような微笑みで告げた。
「……ふふ。みんな、分かってくれたんだね。……だったら、僕の『願い』を聞いてくれる?」
その一言で、全派閥が「仰せのままに!!」と地を這うように跪く。もはや、殿下の言葉は絶対の聖典だ。
「……僕を、もっと正しく、もっと美しく輝かせるために。……みんなで、僕の『特別合同合宿』に付き合ってよ。……場所は、誰にも邪魔されない、僕たちの『聖域』で。そこで、君たちの愛を……僕に、全部ぶつけてよ」
その瞬間、全王宮に歓喜の咆哮が上がった。
……と、ここで私の中のもう一人の私が、冷静に手を挙げた。
(ちょっと待ちなさいアンネ・ベルリッツ。「愛を全部ぶつけてよ」って何? 「聖域で」って何? 殿下、今、百人単位の人間に向かって「聖域で愛をぶつけて」と仰いましたよね? これは教育係として看過できない文言では……?)
私は殿下をじっと見る。
殿下が、こちらに気づいて、ほんの少し、口の端を上げた。
(……あ。これ、完全に分かってて言ってる顔だわ)
私の理性が白旗を上げた。
「よし、皆様! 全速力で準備を整えますわよ!! 魔導水晶の予備バッテリー、レフ板、そして殿下の寝顔を全方位から死守する布陣!! すべてを完璧に整え、聖域へと向かうのですわ!!」
私は鼻から最高級の鮮血を垂らしながら、全派閥のトップとして号令をかけた。
プロデューサーの威厳は、どこへ。
世界は今、殿下の「涙」という名の最強の供給によって、未曾有の「大団結時代」へと突入した。私たちは殿下の導くまま、狂乱と至福が待つ合宿地へと、その第一歩を踏み出したのである。




