第22話:聖戦勃発、あるいは「解釈の押し売り」という名の地獄絵図
ベルリッツ家の再興という「公式イベント」を見事にクリアし、レオ殿下の側室にして筆頭教育係という、全ファン垂涎の「神席」を確保した私、アンネ・ベルリッツ。だが、栄光の影には常に戦いがある。現在の王宮は、一夜にして凄まじい「界隈」の分断が起きていた。
朝、私が殿下の寝室へと向かう廊下を歩くだけで、そこかしこから不穏な、それでいて熱を帯びた視線が突き刺さる。
「……見たか、昨日の殿下のあの『冷ややかな一瞥』。あれこそが至高」
「いや、アンネ様にだけ見せたあの『微かな口元の綻び』こそが国宝だろう」
あちこちで繰り広げられる過激な解釈論争。もはやここは王宮ではない。世界最大級のオンリーイベントの待機列のような、殺気立った熱狂に包まれていた。
私は、手に馴染んだ「覇王育成教本」を抱きしめ、自分に言い聞かせる。
(落ち着きなさい、アンネ。貴女は公式プロデューサーなのよ。有象無象の二次創作(派閥解釈)に惑わされて、教育という名の公式供給の質を落とすわけにはいかないわ。今日こそ、殿下の『孤高の君主としての静寂』を完璧にプロデュースしてみせるのよ……!)
鼻に予備の真綿を詰め込み、いざ殿下の部屋の扉を開けようとした、その時だった。
「アンネ様! お待ちくださいませッ!!」
背後から響いたのは、軍勢の咆哮かと思うほどの凄まじい声。振り返れば、そこには侍女長エマ様を先頭に、総勢二十名の侍女団――通称【アンネ×レオ】派の精鋭たちが、血走った瞳で立ち塞がっていた。
「エマ様、朝から一体何事ですの? 今は殿下の『静寂の読書時間』を撮影……いえ、教育する時間なのですが」
「それですわ! そのシチュエーション、あまりにも素材を無駄にしていますわ!!」
エマ様は、手に持った巨大なシルクの刺繍入りクッションを、まるで聖遺物のように掲げた。
「殿下の読書シーンに必要なのは、静寂ではありません! 『甘え』です! 教育に疲れ、ふと集中力が切れた殿下が、信頼するアンネ様の膝を枕に眠りに落ちる……。ページを捲る指が止まり、無防備な寝顔を晒す殿下と、それを慈しむ令嬢! これこそが身分差萌えの、そして『主従逆転の瞬間』という名の神話ではありませんこと!?」
(……っ! ……分かる。正直、死ぬほど分かりますわ、エマ様……ッ!!)
私の脳内では、即座にそのシーンが高画質で再生される。殿下の長い睫毛が影を落とし、私の膝の感触に微かに頬を緩める……。
(尊い。間違いなく尊い。二次創作なら三百万いいねは確実な王道!! ですが、ですがダメですわ!! 今の殿下のビジュアル値は、もっと『冷徹で近寄りがたい魔王』という方向に振って、全人類を絶望させるべき段階なんですのよ! 安易な身体接触は、素材の持つ『神聖不可侵な緊張感』を殺してしまいますわ!!)
「エマ様、その解釈はあまりに安直ですわ! 今はまだ『溜め』の時期。ここで甘えを見せては、後の晩餐会での爆発力が損なわれます!」
「なんですって!? 甘えこそが救いでしょうが!!」
私とエマ様が火花を散らす論争を繰り広げていると、今度は頭上のステンドグラスが派手に音を立てて振動した。
「否!! 貴女方の解釈は、どちらも殿下の『ロイヤル・カリスマ』を軽視している!!」
窓からロープで降下し、バルコニーを蹴ってエントリーしてきたのは、若手騎士団の面々――通称【フェリス×レオ】派の武闘派たちだ。彼らは抜剣せんばかりの勢いで、魔導水晶を構えている。
「今の殿下に必要なのは、読書などという内向的な趣味ではない! フェリス様を背中に庇い、『この女性に指一本触れさせない』と不届き者を睨み据える、あの冷酷な守護騎士の構えだ! 白皙の美貌に返り血……これこそが王族の義務であり、我ら騎士が一生ついていくと誓った光なのだ!!」
(……それも捨てがたいじゃないのよッ!! 返り血を浴びた殿下の瑠璃色の瞳……想像しただけで私の毛細血管が物理的に耐えきれないわ!! でも、それこそ特大の公式イベント(晩餐会や戦場)まで取っておくべき、SSR確定演出なのよ!! 日常回でそんなの出されたら、読者の心臓が保たないでしょうが!!)
「騎士団の皆様! 貴方たちの解釈はあまりにも劇薬すぎますわ! 演出というものは、日常の積み重ねがあってこそ輝くもの。今すぐその抜剣の構えを解きなさい!」
「断る! 今すぐ殿下に剣を持っていただく!!」
「いいえ、膝枕ですわ!!」
部屋の前は、もはや収拾のつかないカオス。侍女たちがクッションを振り回し、騎士たちが水晶のシャッター音を鳴らし、私は教本を掲げて「解釈違い」を連呼する。
そんな狂乱の渦の中心で、扉がゆっくりと開いた。
「……朝から、ずいぶん賑やかだね。僕のために、そんなに必死になってくれるなんて。……嬉しいよ」
そこには、寝衣の上にガウンを羽織っただけの、あまりにも無防備で、同時に死に至るほどの毒気(色香)を放つレオ殿下が立っていた。乱れた銀髪が頬にかかり、眠たげな眼差しが私たちを射抜く。
一瞬で、廊下に静寂が訪れた。あまりの「美」の暴力に、全派閥が息を呑む。
「……アンネ。君はどうしたいの? この人たちの言う通り、僕を誰かの『玩具』にしたいの?」
殿下が、ゆっくりと私に歩み寄る。その足取りは優雅でありながら、獲物を逃さないという確固たる意志を感じさせた。殿下はエマ様の持っていたクッションを、まるでゴミでも捨てるかのように無造作に奪い取った。
「っ……!!」
エマ様が絶頂に近い溜息を漏らす中、殿下はそのクッションを私の背後の壁へと叩きつけた。そして、逃げ場を塞ぐように、私の耳元に手を突く。いわゆる、クッション越しの「超至近距離壁ドン」である。
「……膝枕がいいなら、君がしてよ。……でも、僕がされる側(受け)だなんて、誰が決めたの?」
殿下は私の顎をクイと持ち上げ、その瑠璃色の瞳に、どす黒いほどの執着を灯して微笑んだ。
「……ねえ、アンネ。僕が誰のものか、このうるさい連中に、君のその口から教えてあげてよ。……『殿下は私の独占物です』って。……そう言えたら、君の望む通り、最高の『魔王』になってあげるから」
(…………っ!?!?!?!?)
私の脳内メモリーが、一瞬でオーバーフローを起こし、火花を散らして爆発した。
今の、見た!? 公式(レオ様)による、「逆・膝枕フラグ」を折りつつ、「壁ドン(独占宣言付き)」へと派生させる特大のコンボ!! 派閥の主張をすべて飲み込み、かつ「僕の所有権はアンネにある」という、公式自らが界隈を統制するようなメタ的かつ圧倒的なファンサービス!!
しかも、なんという事かしら。今の殿下の表情……「優しげな天使」の皮を一枚剥いだ下に、完膚なきまでの「独占欲に狂った支配者」の顔が透けて見えている。これよ、これこそが私がプロデュースしたかった、**「愛という名の鎖で世界を縛る魔王」**の萌芽じゃないの……!!
「あ、あ……あ、ああああ……っ!! 尊い……!! 公式の供給が強すぎて、解釈を固定する前に私の理性が蒸発しますわ……!! 今の構図……エマ様の膝枕要素と、騎士団の強気要素を悪魔合体させた、まさにハイブリッド・神供給……ッ!!」
私が鼻から情熱の鮮血をブチ撒け、至福の表情で白目を剥いて崩れ落ちると、現場にいた全派閥が同時に絶叫した。
「「「セーブ!! セーブだ!! 今の殿下の『捕食者の笑み』を、全ピクセル逃さず記録しろォォォーーッ!!!」」」
魔導水晶のシャッター音が、雷鳴のように鳴り響く。
世界は今、私の仕掛けた「教育」という名の導火線に、殿下が「魔王化」という名の大爆発を起こし、全王宮がその爆風に焼かれるという、未曾有の熱狂の中にあった。
……殿下は、倒れ込む私の体をガッシリと受け止めると、耳元で、他のみんなには聞こえないほどの低い声で囁いた。
「……ふふ。アンネ。君を汚して(壊して)いいのは、僕だけなんだよ。……分かった?」
その瞬間、私は「解釈の完全一致」という名の天国へ、一足先にダイブしたのである。
推しの放つ「破壊的なまでの正解」の前に、私はただ、一人の限界オタクとしてひれ伏すしかなかったのだ。
【第23話:園遊会の火花編へ続く】




