第21話:百花繚乱! 王宮は「推し」の戦場と化して
ベルリッツ家の再興が正式に認められ、私がレオ殿下の側室としての生活を始めてから数日。王宮を包む空気は、以前のような冷ややかな沈黙ではなく、肌を焼くような、それでいてどこか湿り気を帯びた奇妙な熱気に支配されていた。
私が廊下を歩けば、角を曲がるたびに侍女たちが一斉に視線を逸らし、ひそひそと何かを囁き合う。その瞳の奥に宿る光は、かつて没落令嬢に向けられていた蔑みとは正反対の、獲物を品定めするような、あるいは神託を待つ信者のような、異様な熱量を帯びているのだ。
(……おかしいわ。廊下ですれ違う皆様の目が、以前にも増してギラついている。これはもしや、殿下の教育が最終段階に入り、王宮全体の知的好奇心が限界突破した結果、周囲の期待値が物理的な熱となって放出されているのかしら!?)
私が自らの英才教育の成果を噛み締め、鼻から溢れそうになる情熱を必死に堪えていたその時。一団の侍女たちが、軍隊のような一糸乱れぬ動きで私の前に立ち塞がった。その中心に君臨するのは、勤続三十年の鉄面皮、侍女長のエマさんだ。
「……アンネ様。我ら**【アンネ×レオ】派**は、貴女様を全面的に支持いたします。あの没落からの献身、そして身分差という名のスパイス……。これこそが王道の至高。殿下が貴女様にだけ見せる、あの『甘えという名の執着』こそが、我らの救いなのです」
エマさんは、無言で、しかし骨身を削るような凄まじい力強さで拳を握りしめた。その後ろの物陰では、なんと国王陛下が「うむ。やはり王道こそが真理よな。身分差萌え……ゲフン、身分差の壁を乗り越える愛こそが国を強くするのだ」と、隠れる気があるのか疑わしいほど深く頷いているではないか。
(な、ななな……今の、聞いた!?
国王陛下と侍女長という、王宮の二大巨頭が揃って……!
これは即ち、『教育係と教え子の絆』こそが、国家を支える道徳の根幹であるという、公式の教育方針声明!!
ああ……なんて、なんてアカデミックで、伝統を重んじる教育熱心な天使たちなの……!!)
「ありがとうございます、エマさん! 陛下! このアンネ、道徳の教科書に載るような『絆』をさらに深めてみせますわ!!」
私が鼻から情熱の雫を滲ませて誓ったその瞬間。今度は回廊の向こう側から、若き騎士たちが軍靴の音を荒々しく響かせてやってきた。
「待たれよ! 王宮の華といえば、【フェリス×レオ】派を置いて他にない!」
若手騎士の筆頭が、剣の柄を激しく鳴らして叫んだ。
「あのロイヤルな美男美女が並び立つ姿こそ、我が国の光! 側室というスパイスも良いが、やはり正妃との完璧な調和こそが、我ら騎士たちが命を懸けて守るべき唯一の正義!!」
(……っ!! 今度は騎士団の皆様!?
殿下とフェリス様の『外交的な調和』を支持なさるなんて、なんて美意識の高い、国際感覚に優れた皆様なの……!!)
「その通りですわ、騎士の皆様! 殿下とフェリス様の並びは、もはや国家予算を投じて保護すべき国宝!! 私も全力でその背景(側室)に徹し、お二人のビジュアルを補完いたしますわ!!」
王宮が二つの巨大な派閥に割れ、激論が交わされようとしたその時だ。壁際から、怪しく目を輝かせた一部の侍女たちが、声を潜めて呟いた。
「……甘いわね。真の禁断は、【カイル×レオ】派にこそあるというのに」
「あの美しい兄弟が、一つの林檎を分け合う姿……。兄上、僕にもその果実を……っ。ああ、尊すぎて胃液が逆流しますわ……」
(…………っ!?)
私の脳内フィルターが、一瞬だけ火花を散らしてショートしかけた。カイル様。殿下の弟君であり、まだ幼さの残るあの方まで巻き込むなんて。
(な、ななな……今の、聞いた!?
彼女たちは、殿下とカイル様の『兄弟愛』を支持することで、王家の血統の連帯責任と次代を担う強力な協力体制を、極めて比喩的な表現で称賛なさっているのよ!!
ああ……なんて、なんて国家の存続を憂う、知性溢れる愛国者たちなの……!!)
私が全方位への超解釈による全肯定を完了したその時。
鼻に真綿を詰め、八台の魔導水晶をベルトにジャラジャラと構えたフェリス王女が、爆風を伴うような勢いで現れた。
「お姉様! 面白いことになってきましたわね! これぞ王宮の多角的推し戦略! どの派閥も、殿下の魅力を異なる角度から採掘しようとする、尊さの採掘業者たちですわ!!」
「フェリス様! 素晴らしい活気ですわね! 王宮全体が、殿下を輝かせるための巨大な『学習塾』のようですわ!!」
「ええ、そうですわお姉様! ですが、解釈の不一致は時に悲劇的な戦争を招きます……。明日から、各派閥が自分たちの『理想の供給』を求めて、お二人を包囲し始めるでしょう。……さあ、鼻血を拭いて。明日は、聖戦の予感ですわよ!!」
世界は今、殿下の「魅力」という名の巨大な火種によって、未曾有の戦火に包まれようとしていた。
私はただ、多種多様な愛に囲まれ、自分の推しがどれほど多くの人々に「最高の教材」として愛されているかに、至福の震えを隠せなかったのである。




