第20話:覇道の夜明け、あるいは「究極の教育」の果てに
御前会議の広間には、耳が痛くなるほどの沈黙が支配していた。
壇上に立つレオ殿下の前には、長老たちが引き出した「罪人」――かつてベルリッツ公爵家を没落へと追い込んだ汚職貴族たちが、鎖に繋がれ引き出されていた。彼らを断罪し、王の資質を示すこと。それが、私の側室入りと家門再興を賭けた、殿下への最終試験だった。
「レオ殿下、さあ。王者の決断を。彼らに相応しい罰を下すがよい」
長老たちの期待と冷笑の入り混じった視線が突き刺さる中、殿下は私の手から預かっていた守り刀を、ゆっくりと、音もなく引き抜いた。抜き放たれた白刃が、広間の冷たい空気を切り裂く。
「……君たちは、アンネの家を壊し、彼女から笑顔を奪ったんだね」
殿下の声は、静かすぎて逆に鼓膜を劈くような冷気を孕んでいた。その瑠璃色の瞳は、光を反射することをやめ、底知れない闇が澱のように沈んでいる。罪人たちはその威圧感に、声も出せずに震え上がった。
「死よりも重い絶望を、君たちに与えよう。……二度と、日の光を拝めない場所へ」
殿下が刀を一閃させた瞬間――それは物理的な斬撃ではなく、魂を凍りつかせるような決別と断罪の宣告だった。汚職貴族たちはその覇気に呑まれ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
広間を包んでいた疑念は、一瞬にして感嘆へと変わる。長老たちは「これぞ覇王の器!」と歓喜に震え、国王陛下もまた、誇らしげに深く頷いた。
(…………っ!! 聞いた!? 全宇宙の全肯定オタクの皆様!!
殿下は……殿下は、あえて『死罪』という安易な道を選ばず、罪人たちを強制労働や再教育の場へと送り出すことで、『更生と社会貢献』という、現代社会にも通じる高度な慈悲の裁きを下されたのよ!!
『二度と日の光を拝めない』……それは即ち、『地下資源の採掘などの重要任務を与え、国家に尽くさせることで罪を贖わせる』という、超合理的な救済措置!!
ああ……なんて……なんて……環境にも人間にも優しい、エコロジーな天使なの……!!)
「レオよ、見事だ。……アンネ・ベルリッツ。約束通り、本日をもって貴様をレオの側室と認め、ベルリッツ家の爵位再興を正式に許可する!!」
陛下の重厚な宣言が響き渡った瞬間、私の鼻からは本日最大級の「情熱」が噴水のように舞い上がった。ついに、推しの覚醒とお家再興を同時に成し遂げたのだ。視界が自身の血で赤く染まる中、私は至高の多幸感に包まれていた。
*
その夜。ベルリッツ公爵家再興の祝杯が続く王宮の喧騒を離れ、私は側室としての「初夜」の場にいた。
もとい、私にとっては**『ステップ100:夜の英才教育・総仕上げ』**の最終講義の場である。
「……アンネ。やっと、誰にも邪魔されない場所に来られたね」
天蓋付きのベッドの上。レオ殿下は私の手首を、羽毛のような優しさで、けれど絶対に外れない強固な力で押さえ込んだ。その瞳には、もはや昼間の「天使」の皮は一枚も残っていない。完膚なきまでの「支配者」の熱が、そこには宿っていた。
「殿下、素晴らしい……っ。その『相手を完全に制圧する王者の抱擁』……まさに教本通りの威圧感ですわ……!」
「……違うよ、アンネ。これ、教本なんて関係ない。……僕が、ずっと君にしたかったことだよ」
殿下は私の髪を白皙の指に絡め、首筋に深く、熱い、逃げ場のない口づけを落とした。その舌先が柔らかな肌をなぞるたび、私の脳内では銀河系が次々と爆発し、聖歌隊が「第九」を100倍速で絶唱し始める。
(な、な……っ!! 今の、聞いた!?
殿下は……殿下は、教本という『型』を完全に超越し、自らの本能的な『カリスマ性』のみで私を導こうとしてくださっているのよ!!
『ずっとしたかったこと』……それは即ち、『一刻も早く最高の教育成果を見せ、私を安心させたかった』という、教え子としての健気な献身!!
ああ……なんて……なんて……熱心な、……っ、……学問の鬼のような天使……、……っ、……っ!?)
殿下の「指導」は、私の想像を遥かに超える重厚さと、圧倒的なテクニックで押し寄せてきた。理性が「尊さの過剰摂取」によって、白く塗りつぶされていく。
「……アンネ。明日の朝まで、一睡もさせないからね。……君の全部、僕が塗り替えてあげる」
(…………っ、……あ、ああ……!!
殿下は……『徹夜での集中講義』を……。なんて、なんて……教育熱心な、天使……な……)
――バキィッ!!
隣の部屋から、本日十回目となる魔導水晶の破壊音が響いた。
「……あああああ! 尊い! 尊すぎて、王女としての語彙力が溶けてなくなりますわーーっ!! お姉様、その『気絶寸前の白目』、最高に美しいですわよーーっ!!」
フェリス様の絶叫を遠くに聞きながら、私は殿下の腕の中で、自分がいかに完璧な魔王を育て上げてしまったかという至高の達成感と共に、幸せな意識消失へとダイブしたのだった。
*
翌朝。
殿下の腕の中で、腰が砕けて一歩も動けない状態で目覚めた私は、涙を流してこう呟いた。
「……殿下の『向学心』は、底なしでしたわ……!!」
アンネ・ベルリッツ。
彼女の「超解釈」という名のフィルターが、真実の愛と執着に気づく日は、まだ、当分先のことになりそうだ。
【第1章:完】




