第19話:教育の総仕上げ、あるいは「永遠」という名の最終試験
御前会議当日。王宮の廊下は、居並ぶ重鎮たちが放つ威圧感によって、まるで空気が凍りついたかのような静寂に包まれていた。しかし、その最深部にある待機室だけは、別の意味で時空が歪むほどの濃密な「熱気」が渦巻いていた。
「……アンネ。いよいよ、最後の仕上げだね」
銀の刺繍が施された豪奢な騎士服に身を包んだレオ殿下が、私を壁際へと追い詰めた。逃げ場を塞ぐように伸ばされた殿下の腕。至近距離で見つめてくる瑠璃色の瞳には、これまで教え込んだ『エスコート』も『威圧』も『囁き』も、そのすべてが完璧な濃度で溶け込んでいた。
「殿下、素晴らしい仕上がりですわ! その冷徹さと優雅さの黄金比……。もはや、教育係である私ですら、直視するのが恐れ多いほど……っ!」
私は熱い吐息を漏らしながら、目の前の「最高傑作」を凝視した。しかし殿下は満足した様子もなく、さらに顔を近づけてくる。鼻先が触れそうな距離で、彼は氷のように透き通った、けれど執念深い声で囁いた。
「……ふふ。なら、もっとよく見て。……逃げちゃダメだよ」
殿下の白皙の指が、私の腰に差した守り刀――昨日フェリス様から預かったベルリッツ家の宝刀を、愛おしげに、あるいは獲物の息の根を止めるかのような手つきでなぞった。
「今日の試験が終わったら。……僕は、君を一生、僕だけの『専属』にしたいんだ。……これまでの教育の報酬、すべて君の『自由』で支払ってくれるよね?」
(…………っ!! 聞いた!? 全宇宙の全肯定オタクの皆様!!
殿下は……殿下は、今日という大一番を前に、これまでの献身的な教育への感謝を込めて、『これからも生涯、君を僕の筆頭教育顧問として雇い続けたい』と仰ってくださったのよ!!
『君の自由で支払う』……それは即ち、『君にベルリッツ家再興という真の自由を与え、その代わり僕の側にずっといてほしい』という、殿下なりの不退転の終身雇用契約……つまり、福利厚生の神様のようなプロポーズ!!
ああ……なんて……なんて責任感の強い、慈悲深い天使なの……!!)
「殿下……! もちろんですわ! このアンネ・ベルリッツ、たとえ骨が灰になろうとも、殿下の知的好奇心を一生満たし続けることを誓いますわ!!」
私が感極まり、鼻から情熱のナイアガラを溢れさせたその時だった。
殿下が静かに、私の前に跪いた。そして私の手を取り、守り刀の鞘越しに、恭しく、けれど貪欲な口づけを落としたのだ。
「……約束だよ、アンネ。……君が僕に『大人』を教えたんだ。……だったら、僕を最後まで、君の責任で……『完成』させてね」
見上げれば、そこには聖者のように微笑みながら、瞳の奥に「絶対に逃さない」という底知れぬ黒い炎を宿した、真の覇王の姿があった。
(な、な……っ!! 今の、見た!?
殿下は……殿下は、武具に誓いを立てるという古代の騎士の礼法を用い、『私は立派な王になり、君が守りたかったこの剣の名誉を必ずや守り抜く』という、究極の騎士道精神を体現なさったのよ!!
『君の責任で完成させて』……それは即ち、『これからも僕を厳しく、正しく導いてくれ』という、教育者への最大級の賛辞!!
ああ……なんて……なんて、謙虚で、尊い天使なの……!!)
「殿下、もう、もう十分ですわ……っ! その……そのあまりにも眩しすぎる英才教育の成果、長老たちに、そして世界に見せつけてやりましょうぞ!!」
私が鼻から最高級の鮮血を垂らしながら咆哮すると、部屋の隅で魔導水晶を八台同時に稼働させていたフェリス王女が、ガタガタと震えながらその場に崩れ落ちた。
「……お姉様。……今の、今の『誓いの接吻』……。構図、光の加減、そして殿下のあの『捕食者の笑み』……。……これ以上の『神回』は、歴史上存在しませんわ……。……お、お姉様、……私を置いて、……尊さの向こう側へ……行ってらっしゃいませ……っ!!」
フェリス様は鼻に詰めた真綿を真っ赤に染めながら、勝利のサムズアップを掲げた。
世界は今、殿下の「覇道」という名の光で白く塗りつぶされている。
私は、最強の推しを完成させたという至高の達成感の中で、ついに運命の御前会議へと足を踏み入れたのだ。




