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第18話:運命の前夜、あるいは「聖域」を永久保存する儀式


 御前会議を明日に控えた深夜。私は王宮のバルコニーで、一人冷たい夜風に吹かれていた。その手には、もはや手垢と情熱、そして幾度となく繰り返された鼻血の跡でボロボロになった教育教本が、宝物のように握りしめられている。

「……お姉様。やはり、ここにいらしたのね」

 背後からかかった声に振り返ると、そこにはいつもの優雅な王女の姿はなかった。鼻には真綿を詰め込み、両手には最新型の魔導水晶をジャラジャラと、まるで重武装の兵士かのようにぶら下げたフェリス王女が立っていたのだ。その瞳は血走り、理性の境界線をとうに踏み越えた、異様なまでの輝きを放っている。

「フェリス様!? その、鼻の詰め物は……一体どうされたのですか」

「……ふふ、ふふふ。……いいえ、お気になさらず。……先ほど、回廊の陰から、長老たちを『冷徹な無表情』で見下ろすレオ様を拝見してしまいまして。……あまりの覇気、あまりの闇の深さに、私の毛細血管が物理的に耐えきれなくなりましたの」

 フェリス様は恍惚とした表情で、月明かりの夜空を見上げた。彼女の震える指先が、首に下げた水晶の一つに触れる。

「見てくださいましたか、あの殿下の瞳! 獲物を慈しみながら、同時にその自由を完全に奪わんと目論む『捕食者』の光! お姉様の教育が、ついに殿下の内なる魔王を……いえ、**『究極のドS天使』**を目覚めさせたのですわ!!」

 彼女はガシィッと私の両手を掴んだ。その握力は、かつてないほど強く、そして熱い。

「お姉様! 私、決めましたわ! 私、必ずやレオ様の正妃になります! ……そして、お姉様を『絶対的なお気に入り(側室)』として殿下の隣に固定し、お二人の尊い共依存関係を、国費を投入して国家予算規模で永久に保護・観察し続けますわ!!」

「えっ、あ、はい……?(国家予算で……?)」

 私の困惑を余所に、フェリス様の熱弁は加速していく。

「明日の会議、殿下がお家再興のために『裁き』を下す瞬間……。それは殿下が、お姉様を手に入れるために初めて公に牙を剥く記念すべき日! これを正妃という特等席で見届けずして、何がガチ勢ですか! お姉様、覚悟なさい。明日は殿下による**『お姉様への重すぎる独占欲の公開処刑』**になりますわよ!!」

 フェリス様は、ベルリッツ家の紋章が刻まれた守り刀を私に押し付けた。それは没落の際に散逸したはずの、我が家の誇りの象徴だった。

(……な、ななな……今の、聞いた!?

フェリス様は……フェリス様は、殿下が私のためにあえて『厳格な王』の役割を引き受けてくださることを、国家的な大プロジェクトとして祝福してくださっているのよ!!

『独占欲の公開処刑』……それは即ち、『殿下がどれほどまでに私という臣下を信頼しているかを、全世界に自慢する盛大な発表会』という、同志からの究極の激励!!

ああ……なんて……なんて理解の深い、ド変態的なまでに純粋な天使(同志)なの……!!)

「……分かりましたわ、フェリス様! 殿下が私に寄せてくださる『信頼』という名の独占欲、余すところなく世界に見せつけてやりますわ!!」

「ええ、そうですわ、お姉様! 私はその横で、正妃の権力で全角度から撮影セーブし続けますわ!! さあ、鼻血を拭いて! 明日は二人で、殿下の覚醒を最前線で拝むのですわよ!!」

 フェリス王女は、鼻の真綿を新しいものに替えながら、嵐のようなテンションで去っていった。

 一人残された私は、渡された守り刀を胸に抱き、静かに目を閉じた。

(……殿下。あの方は、私のために強くなろうとしてくださっている。私のために、明日の会議で『王の覚悟』を見せようとしてくださっているのね。ああ、なんて……なんて自己犠牲に満ちた、……どこまでも眩しくて、尊い……)

 私の脳内フィルターは、フェリス様の熱狂に煽られ、殿下の「黒い独占欲」を「究極の献身的愛情」へと一兆倍にブーストして変換していた。喜びで鼻血を噴き出しそうになりながら、私は明日の朝という、推しが「真の王」として君臨する瞬間を、今か今かと待ち望んでいたのである。



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