第15話:生還の朝、覚醒への予感
ギィィィ……と、重々しい音を立てて「開かずの間」の扉が開かれた。
差し込んできた眩しい朝の光が、網膜をチリチリと焼く。
(……あ、朝。私、生きてる。無事に殿下の『帝王学・集中合宿』を完遂して、現世に戻ってこられたのね……!)
私の体は、驚くほど重かった。
それもそのはず、昨夜の「逆転押し倒し」から数時間、殿下は私の腕の中で、まるで宝物を抱え込むような執念深さで眠りについていたのだから。
「……レオよ。そしてアンネよ。一晩での成果はどうだ?」
扉の向こう、仁王立ちする国王陛下の後ろには、魔導水晶を構えて鼻息を荒くしたフェリス王女、冷静に記録用の手帳を広げるカイル殿下、そしてなぜか顔を赤らめて明後日の方角を見ているアルベルトの姿があった。
「父様。……アンネのおかげで、僕はたくさんのことを『学んだ』よ」
レオ殿下が、私の肩を抱き寄せたまま、ふわりと微笑む。
その微笑みは、いつもの「守ってあげたい天使」のものに間違いなかった。……間違いなかったはずなのだが。
(……っ!? な、なんだろう、このゾクゾクする感じは。殿下の後光が、昨日までの『癒やしの光』から、すべてを薙ぎ倒す『覇道の輝き』に進化している気がする……!)
殿下が私の首筋に鼻先を寄せ、深く息を吸い込む。
その仕草一つをとっても、これまでの「無邪気な甘え」ではなく、自分の領土(獲物)を検分するような、静かな、けれど圧倒的な確信に満ちていた。
「アンネ。……ねえ、これからも、僕をずっと『指導』してね? 昨夜教わったこと、もっと深く……僕の体に刻み込みたいんだ」
(…………っ!!)
私の脳内で、本日最大級のハレルヤ・コーラスが鳴り響くと同時に、背筋を氷の刃でなぞられたような、未知の「恐怖」が走った。
(な、ななな……聞いた!?
殿下は……殿下は、一晩の特訓を経て、ついに『王としての自覚』に目覚められたのよ!!
『体に刻み込みたい』……それは即ち、『教育の成果を血肉とし、一国を背負う覚悟を不動のものにしたい』という、殿下なりの不退転の決意表明!!
ああ……なんて……なんてストイックで、恐ろしいほどの向上心をお持ちの天使なの……!!)
あまりの尊さと、その「完璧すぎる成長」への畏怖。
自分が育て上げた推しが、私の想像を遥かに超える高みへと駆け上がろうとしている。その眩しさに、私の本能が、かつてない「歓喜」と、言葉にできない「恐怖」を同時に叫んでいた。
「……お姉様。……今の殿下の瞳、……水晶がなくてもわかりますわ。あれは、獲物を……いえ、運命を定めた王者の目ですわ……!」
フェリス王女が戦慄しながらも、鼻から赤い情熱を激しく流している。
「……レオ。お前の顔、少し変わったな。……アンネ・ベルリッツ。お前の『教育』、引き続き見せてもらうぞ。だが、側室就任への道はまだ遠い。次なる試練を覚悟せよ」
国王陛下の言葉に、私は深々と頭を下げた。
鼻から最高級の情熱(鮮血)をシーツに垂らし、腰を抜かして震えながらも、私の心は決まっていた。
殿下が「魔王」のように力強く、けれど私にとってはどこまでも「尊い天使」として覚醒していくのなら。
私は、その眩しさに焼き尽くされる最後の一瞬まで、この『推し教育』を全うしてみせる、と。
(世界は今日も、殿下の覚醒という名の光に満ち溢れているわ……!!)
私は殿下の腕の中で、輝かしい未来(と、本人が気づいていない奈落)へと突き進む決意を新たにした。




