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第13話:開かずの間の試練は、集中講義の最高峰です


 その日の夕刻、私たちは国王陛下によって、王宮の最深部にある「開かずの間」へと呼び出されていた。

 そこは、一度中から鍵をかければ翌朝まで魔法でも開かないという、歴代の王たちが「深い対話」のために使ってきた曰く付きの密室。

「……レオ、アンネよ。報告を聞く限り、お前たちの教育は遅々として進んでおらんようだな。特に『実技』の方がな」

 国王陛下が、鋭い眼光で私たちを射抜く。

「よって、今夜はお前たち二人をこの部屋に閉じ込める。明日の朝、教育の成果を余に見せてみよ。……よいな?」

 ガチャン、という重々しい音と共に、扉が閉ざされた。

(――ひっ、ひぎゃあああ!! 国王陛下自らの抜き打ち検査!? しかも強制的な合宿形式!!)

 パニックに陥る私を余所に、室内は一瞬で静寂に包まれた。

 豪華な天蓋付きベッドと、揺らめく数本のキャンドル。そして、二人きり。

「……アンネ。父様、すごく怒っていたね。僕、怖いな」

 レオ殿下が、私のドレスの袖をギュッと掴み、不安げに肩を震わせる。

「こんな暗い部屋で、朝まで二人きりなんて……。アンネ、僕のこと、見捨てないでくれる?」

(…………っ!! 落ち着くのよ、アンネ・ベルリッツ。これは試練、そう、これは国王陛下が用意してくださった『極限状態における集中メンタル講義』だわ!!

陛下は、将来の国王たる殿下に対し、逃げ場のない閉鎖空間でいかに冷静さを保ち、側近(私)との信頼関係を深めるかという、高度な帝王学の試験を課されたのだわ!

『見捨てないで』……それは即ち、『君という教育係の力量を信じているから、僕を導いてくれ』という、殿下からの最大級の福音(SOS)!!

ああ……なんて……なんて責任感の重い、聖なる強化合図バフなの……!!)

「もちろんです、殿下! このアンネ、命に代えましても、この密室で殿下の精神を完璧にサポートし、陛下の期待に応えてみせますわ!!」

 私は使命感に燃え、殿下の手を力強く握り返した。

「ありがとう、アンネ。……じゃあ、まずは『お互いの体温を知る』練習から始めようか。ほら、ベッドへおいで?」

「……え?」

「暗くて寒いと、不安で勉強に集中できないでしょ? だから、こうして……密着して、安心させてほしいんだ」

 殿下が私をベッドへと誘い、ふわりと横たわらせる。

 私の真上に、殿下の美しい顔が覆い被さる形になった。

(――っ!! 『密室における体温同調シンクロ教育』!?

ああ、殿下! 暗闇という不安要素を逆手に取り、味方の存在を肌で感じることで、戦場での孤独を克服する訓練をなさっているのね!

なんて先見の明があるの! なんて実戦的な天使なの……!!)

「殿下、素晴らしい判断力ですわ! さあ、私の体温を存分に教材として活用なさってください!!」

 私が鼻息を荒くして「教材」に徹しようとした、その時。

 殿下が私の髪を指先で弄りながら、私の耳元に唇を寄せた。

「……アンネ。本当は、父様に感謝してるんだ。……だって、こうすれば、誰にも邪魔されずに君を『独り占め』できるから」

 甘く、痺れるような声。

 それは、今までの「可愛い殿下」の皮が、一枚めくれたような響きだった。

「……外ではフェリスやアルベルトがうるさいけど……ここでは、君の声しか聞こえない。……ねえ、もっと僕を困らせるような声、出してよ。……僕、もっと『悪い勉強』がしたいな」

(………………っ!!)

 脳内で、もはやアンネ聖歌隊が合唱を通り越して「第九」を爆唱し始めた。

(な、ななな……聞いた!? 今の高度なメタファー!!

殿下は……殿下は、あえて『独り占め』という独裁的な言葉を使い、王としての決断力と、外圧に屈しない精神の強さを表現なさったのよ!!

『悪い勉強』……それは即ち、『綺麗事だけではない、政治の裏側(権謀術数)』を学ぶための比喩!!

ああ……なんて……なんて向学心の強い、リアリストな天使なの……!!)

「殿下! その意気ですわ! 政治の闇に立ち向かうための『悪い勉強』、このアンネが朝まで徹底的にご指導いたします!!」

「……ふふ。うん、楽しみだよ、アンネ」

 殿下が、満足そうに私の首筋に深く顔を埋める。

 その唇が、私の肌をなぞるように動いた瞬間、殿下の瞳に宿ったのは、聖者の慈愛ではなく、すべてを手に入れた支配者の昏い愉悦だった。

「(……アンネは、本当に可愛いね。僕が何をしても、全部『正解』にしてくれるんだから。……おかげで、もっと深く、もっと奥まで、君を壊せそうだよ)」

 殿下の本音つぶやきは、私の「超解釈フィルター」を通過する過程で、なぜか「殿下の決意表明」という清らかな音楽に変換されて消えた。

(世界は今日も、殿下の学びへの情熱で輝いているわ……!!)

 鼻から最高級の情熱(鮮血)をシーツに垂らしながら、私は殿下の「特訓ハグ」という名の、重くて甘い地獄のような抱擁を、一心に受け止めていた。



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