起-8 最初のカチコミ
どかん、という派手な音と友に、立派な木製のドアが弾け飛んだ。
「あら、案外簡単に開いたわね」
大柄な男に続いて地下室へ入ってきたのは、子供かと思えるほど小柄な女だ。
「な……な、何だオマエ……?」
戸惑う男の質問への回答は、綾子の豪快な金的蹴りだった。
悲鳴を上げる間もなく白目をむき、がくがくと全身を痙攣させて倒れ込んだ男には視線すら向けず、綾子は正面でたじろいでる数名の男に声をかけた。
「何ぼさっとしてんの。私達が遊びに来たように見える?」
サブが巨体に似合わぬ素早さで3人の男の背後にまわると、勢いよく拳を振り回す。
声を出すまでもなく、3人の男の下顎から上は消し飛んでいた。
「カチコミだってのに、ずいぶんのんびりしてるわね。さ、行くわよサブ」
「はい、お嬢」
悠然と町役場の地下通路を進む綾子の前に、数名の男が立ちはだかる。が、そのいずれもが声を出す暇すらなく短剣で喉を突かれ、背後から襲いかかろうとしたある者はサブの拳の餌食となる。
「ねぇサブ、私って強くなったのかしら、それとももとから強い?」
「元からでしょう」
「ヤだわ、か弱い乙女になんてこと言うのよ」
「普通か弱い乙女ってヤツは、躊躇いなく相手の喉を刺せませんぜ」
「だってむさ苦しい男どもが、寄ってたかって女の私を襲ってくるのよ? 犯されちゃうじゃない。か弱い非力なオンナノコとしては、とりあえずヤられる前にヤらないと」
「そのセリフがもうすでに、か弱くありませんぜ」
サブが苦笑を浮かべつつ、もう何人目かわからない男の頭を拳で殴り潰す。
2人が歩いた後には、累々たる屍が並んでいた。
「とりあえず、襲ってくる奴はヤっちゃって。今日ここに連れてこられてる街の人は、私達をみても声をかけないように、頭を覆って臥せてるように指示出してるから」
「はい、お嬢」
何枚目かのドアを勢いよく開くと、かなりの広さのホールに行き着いた。
ホールの中では大勢が騒がしく酒盛りをしており、かなりアルコールも回っているのか、綾子とサブに視線を向けても警戒するものはほとんどいなかった。
「弛んでるわねぇ。こんな緊張感のなさでマフィアなんて、よく名乗れるモンだわ」
「まったくです、お嬢」
「さて、それじゃあ……」
綾子が大きく息を吸う。
彼女の声は、喧騒の中でもよく通った。
「街のモンは臥せなさい! 返事も禁止! 許可なく立ち上がったモンは敵とみなすわよ!」
ホールが嘘のように静まり返る。
若い娘たちは、いっせいに頭を手で覆うようにして床に臥せた。
他にもカウンターの奥にいる中年の男に、給仕をさせられているであろう初老の男、中年の女もいっせいに臥せた。
「なァにぼさっと突っ立ってんのよ」
綾子が不敵な笑みを浮かべ、両手に短剣を握る。
「ドスもった不審の輩が入って来てんのよぉ? ブッたるんだ顔してんじゃないわよ」
サブが一歩前に出る。ごきごき、と拳の骨を鳴らした。
「さぁカチコミよ! サブ! 全員ブチのめすわよ!」
「合点です! お嬢!」
ぱん、という破裂音と同時に、数名のマフィアの構成員の首が弾け飛ぶ。
血しぶきと脳漿が、遠く離れた壁まで飛んだ。
綾子のすぐ近くであっけにとられていた、ガラの悪い男たちは喉から噴水のように血を吹き出して次々に倒れる。
日本という世界にいる時点で、綾子はいわゆる「生娘」ではなかった。
悪党相手と限定してはいたが、その手で人の命を奪ったことはある。検挙されたりしたことこそ無いが、こういった修羅場は、何度もくぐってきていた。サブほどではないものの、ある程度は経験豊富である。
「サブ! 後ろ!」
「分ってます!」
サブの背中に剣を突き立てようとしていた男は、顔面をかかとで蹴り潰された。
天上や床、壁が血で真っ赤に染まり始めてからわずか1時間後、ホールで立っているものはわずか4人だけだった。
「な、なに、なに、何が、なんで、なに、おおおおおおまおまお前ら一体」
「今さら? ずいぶん危機感ないわね。大方自分たちが街の支配者だとか思って、立場に胡座かいてたんでしょ。とりあえず、質問くらいはしてあげる。あんたがマフィア『スカーレット』の一番上、で良いのかしら?」
中年の女は青ざめた顔で、小さく頷いた。
「私達は別にあんたたちに恨みがあるわけじゃないんだけど、渡世の義理ってやつかしら? とりあえず死んでもらおうかしらね。それで? そこのジジイがこの街の代官サマ?」
中年の女のすぐ隣では、土気色の顔をした禿げ頭の老人が失禁したまま立ち尽くしている。
「ほらジジイ、質問に答える」
だん、という音を立てて綾子が握っていた短刀が壁に刺さる。
その短刀と壁の間には、老人の左の手のひらがあった。
「ぎいいいあああああ!! な、なに、何をする! お前らワシを誰だと」
「だから聞いてんじゃない。この街の代官で合ってるの?」
「そ、そうだ! 恐れ多くも国王陛下よりこの街の統治を任されたこのワシを、このワシにこんな真似をして! キサマらただで済むと思っとるのか!」
「思ってないわよ。ま、あんたが今日ここから生きて出られるとも思ってないけどね」
綾子がまったく何の感情も込めずにそう告げると、老人はガクガクと膝を震わせる。
「な、な、な、なんだ、何だ一体、何が望みだ、カネか、金がほしいのか」
「そうねぇ、金はあって困るモンじゃない。有り金差し出すなら、楽に死なせてあげるわよ。それからそこのババア」
「ばっ……な、なに、何なのよアンタ達!? この街のモンじゃないんでしょ!? なんでアタシたちにこんな」
「気に入らないからよ。私達もまぁ、アンタ達と同類ではあるけど、そのやり方が気に食わない。ただそれだけよ。要は私の自己満足」
まったく感情も凄みも込められていない綾子の言葉に、ハゲ頭の老人が脂汗をかきながら答える。
「わ、わわわわ分った! 金だな!? 金が欲しいんだな!? 金ならくれてやる! そのカウンターの裏の金庫の鍵がコレだ! コレで満足か!?」
「あらありがと。くれるものはありがたく頂戴するわ。まぁ別に私達はアンタたちに何の恨みもないしね」
ぱし、と老人の手から鍵をとると、綾子は慣れた手つきで金庫を開ける。
うわぁお、と感嘆の声を上げてから、今度は中年の女の前に歩みよる。
「さぁて、アンタは何をくれるのかしらね」
「……か……金なら、このマジックバッグの中よ」
「へぇ、やっぱ持つもの持ってんのね。じゃそのマジックバッグ、私が貰ってあげる。有効活用してあげるわ」
中年女の腰から革製のバッグをひったくるように奪い取ると、老人が手を壁に縫い付けられたままで大声で喚き立てる。
「さてと、ちょっとお代官様に聞きたいんだけど、この街から西に行けば魔族領なのよね? 魔族領とここって交易はあるの?」
「そ、そんなものあるわけがなかろう! あんな野蛮な魔族度と交易など、考えただけで身の毛がよだつ! そもそも栄光あるサンサルバシオン王国と魔族共は戦争中だ!」
「ふぅん、ま、そんなこったろうと思ったわ。それじゃなんで、国境近くのこの街には国防のための戦力が置かれてないのかしら?」
うぐ、と老人が変な声を出して青ざめる。そしてすぐ隣でガクガクと震えるマフィアの女ボスへと視線を向けた。
「なぁるほど……国は最初っから、アンタ達マフィアを戦力としてカウントしてるってワケね。正規軍、騎士団だの何だのをこんな国境の町に派遣するのは惜しい。でも国境は守りたい。で、マフィアの人員だの武器だのを国防戦力として組み入れる、その見返りに、街を荒らしたりするのを黙認して代官もそれに加担した……って感じの絵図なのかしらね」
返事はない。だが、老人と中年女はそろってうつむいた。それが雄弁な返事であった。
「腐りきってるわね、それも国ごと、救いようがないくらいに」
「そ、それがどうした! 全ては国を守るため! 国を守らねば国民も町民も守れんだろうが!」
「そうよ! 私達は国の命令で動いてるのよ!? こんなコトしてアンタ達、ただで済むと思わないことね!」
「さぁ、満足しただろうが! 早くワシらを解放せんか! 今なら、今すぐにここを出ていけば、何もなかったことにしてやる!」
「あらそう? ありがと。じゃそうさせてもらおうかしら」
予想だにしなかった綾子の言葉に、中年の女も老人も少しばかり呆気にとられたが、すぐにその顔は絶望で満たされる。
「私達は満足したけれど、街の皆はどうかしら? 今までアンタたちに散々痛めつけられて、奪われ続けた彼らが、アンタ達を生かしておいてくれると良いわね?」
「ま、待て、ま……待ってくれ、頼む、ハナシを……」
綾子達が向かったドアの先には、刃物や木の棒を持った町民たちが、憤怒の形相で立っている。
その数は10や20ではない。
「お前らが来てから、この街はめちゃくちゃだ」
「私の夫を返してよ! あの人が何したっていうの!」
「俺の娘はお前らに弄ばれて、首をくくったんだ……絶対に許さない、絶対に、絶対に、絶対に」
「何が国の命令だ! 国が今まで俺達に何をしてくれたっていうんだ!」
「税金税金税金……税金だけ搾り取って、私達のことは見殺しにするつもりだったのね……何が国よ、何が王国よ! 何で! 何のために私の父は死ななきゃいけなかったのよ!」
怨嗟の声は、まるで地の底から響くようだった。
綾子とサブが地下ホールのドアを出た直後、ホールの一番奥から中年の女と老人の悲鳴、そして骨が砕け、肉が裂ける音が響いた。




