起-7 豪華な旅路
綾子達が馬車で移動している最中、変わったコウモリが彼女たちの元へと飛んできた。
コウモリは綾子の足元に降り立つと、驚くことに日本語を話した。
『賢者様が王城を脱出する計画を立てておられます。合流をお望みですので、この先のレナータにてお待ちを』
それだけ告げると、コウモリは霞のようにかき消えた。
馬車がたどり着いた国境の町、その町の名がレナータである。
「さぁて、そのレナータとやらに着いたは良いけど、やることは山積みよ。サブ、あんたも色々動いてもらうから」
「はいお嬢」
王都から馬車で10日ほどの距離にある中規模の街は、辺境にしては賑わっている。
街の一番良い宿屋の一番良い部屋、そこに巨漢と評して差し支えない大男、拳王こと大河内佐武郎、そして小柄な笹川綾子がいる。
「このバッグに入ってる金って、実はすごい金額だったりするのかしらね」
「恐らく」
綾子は豪華なソファに深々と腰掛け、サブは窓の外に視線を投げつけている。
「だってこんな豪華な部屋が1泊小金貨5枚よ? 銅貨10枚が銀貨1枚、銀貨10枚が小金貨1枚、小金貨10枚が金貨1枚、金貨10枚が白金貨1枚、ってルールみたいね」
「銅貨1枚でパンがひとつ……そう考えれば、まぁ日本円にして銅貨1枚が100円、銀貨が1000千円、小金貨が1万円、金貨が10万、白金貨が100万って具合でしょう」
「なるほどねぇ。それじゃこの宿はお値段の割にいい部屋なのかもね。普通の部屋は1泊で銀貨3枚とかみたいだし。そう考えれば」
綾子がバッグから小さな革の包みを取り出して、中身をテーブルに広げる。そこには30枚ほどの金貨が並んでいた。
「これでざっと300万ってとこかしら。一般市民の、4人家族が1年間遊んで暮らせるくらいらしいわよ」
「……あの盗賊ども、なかなか割の良いシノギをしてたようで」
「割の良いシノギって言っても、どうせ強盗か恐喝か高利貸しよ。そんなの仁義に反する。同じヤクザでも私は認めない。良い? 私達は仁義に反すること、スジの通らないことはしない。カタギに迷惑をかけない。これはどこの世界でも守るわよ。ヤクザ者としての矜持は捨てちゃダメ」
「はい、お嬢。もちろんです」
「まぁこの金は当座の費用と慰謝料として頂くけどね。とりあえずスミレちゃんがここに着くまで、この街で情報収集と物資の調達ってとこか。10日か2週間か……ま、しばらく休みましょ。法術士ってので使える装備なんかも欲しいし、着替えも必要だし……あとはそうね、食料も要るし、馬車みたいな移動手段もほしいわよね」
「手配しましょう。宿の主人に話ぃ聞いてきます」
「そうね。お願い。私はこのマジックバッグとやらの中身を整理しとくから、とりあえずどこの店で何を買えるか、情報仕入れといて。あと、できれば……」
「わかってますお嬢。この宿のケツモチしてる組織の情報ですね」
「さすがサブ。頼んだわよ」
「はい、お嬢」
部屋から出ていくサブの大きな背中を見送って、綾子は大きく深呼吸を繰り返す。
ぱん、と小気味いい音を立てて自らの頬を叩き、テーブルにマジックバッグを乗せた。
「見ててお祖父ちゃん。私、笹川組の代紋にドロ塗るような真似は絶対しないから」
笹川組は指定暴力団であり、日本最後の武闘派ヤクザと言われた事もあったが、昔気質の任侠集団でもあったのだ。
カタギに迷惑はかけない、スジは通す、仁義を重んじる。勧善懲悪、弱きを助け強きを挫く。そんな時代遅れなことを絶対のルールとしていたせいで、構成員はどんどん減っていく。
最終的には組長と孫娘の綾子、そしてサブの3人だけの弱小組織に落ちぶれたが、それでも「絶対のルール」だけは何があっても曲げなかった。
奪うのは悪人からだけ、と決めたのは綾子の祖父である。
「さぁてと。どんくらいあるんだろ」
マフィア組織から奪い取った革袋はゆうに100を超える。それぞれの袋には金貨が50から100枚ほど。中には、プラチナ色の白金貨が100枚入った革袋もある。
つまり、綾子が持つマジックバッグの中身だけで、日本円にすると数億円もの価値がある。しかも、やたらと良い革を使った袋には指輪やネックレス、宝石なども含まれていた。
「ずいぶんと溜め込んでたわね……ま、ありがたく使わせてもらうわよ。さすがにこれだけあれば、当面金に困ることは無いかな」
先程までテーブルいっぱいに金貨や白金貨、銀貨が積まれていたとは思えないほど、綺麗さっぱりと莫大な金が小さなバッグに収められる。
「確かに、これは商人なんかは喉から手が出るほど欲しいだろうなぁ……カラダひとつで移動して、実際は馬車2台……4トントラックくらいかしら。どういう理屈なんだろ」
片手で軽々とバッグを持ち上げる綾子だったが、その中身は恐らく百キロをゆうに超える重量であるはずだ。
「お嬢、ちょっと相談が」
不意にサブが部屋へと戻って来た。
大きな手にはかなり大きな麻袋が握られており、すでに彼が買い出しを一段落させて来たことがわかる。
「どうしたの」
「こちらの姐さんが」
サブが背後に視線を向けると、初老の女性がびしっと背筋を伸ばした姿勢で部屋へと入ってくる。
「お初にお目にかかります。私、この街の顔役を勤めております、アンナ・マリアと申します」
アンナと名乗った女は、眉間に深いシワを刻んだまま一礼すると、巨漢で強面のサブに一切怯む様子も見せず、しずしずと綾子へと歩み寄った。
「笹川綾子よ。長くて呼びにくければ、綾子でいいわ」
「ありがとうございます。こちらのサブ様の主、とお伺いしましたが」
「まぁ、そんなところね」
「是非、お願いしたいことがございます。この街の者を救って頂きたいのです。お引き受けいただけますでしょうか」
「断るわ」
綾子が一切の容赦なく冷たく言い放つ。
「理由はふたつ。街の者の範囲がわからない。それに誰から救うのか、その誰かは何者でどういう脅威があるのかもわからない。そんな状況でいきなり引き受けるかなんて聞かれたら、断るしかない」
アンナは一切表情を崩さず、じっと綾子の目を正面から見据え、深々と頭を下げる。
「失礼致しました。確かにごもっともです。それでは、詳細をご説明します。その上で、お引き受けいただけるかをご判断頂きたいのです」
「そういう事なら、まず話を聞きましょうか」
綾子がようやく、アンナに身体ごと向き直る。
サブはアンナと綾子の間、側面から綾子を護るように立っている。
「このレナータの街はサンサルバシオン王国と魔族領の境に位置します。この辺りでは王都近辺では採取できない高級な素材が採取できますので、一攫千金を目論む者が多く滞在しております」
「なるほど、この街から魔族領は近いの?」
「はい、馬車で2日も西に向かえば深い渓谷が、バルトーク渓谷がございます。渓谷にかかるバルトーク大橋を渡れば、そこから先は魔族領です」
「ありがとう、わかったわ。それで救うというのは、その一攫千金を目論む者から?」
「いえ、彼らは冒険者ギルドを通じてこの街にやって来た冒険者で、街の雑用などを任せられる、頼れる味方です。問題は冒険者ギルドやこの街の商店、町民から金品を巻き上げる輩で……」
「……マフィア組織か」
綾子は椅子の背もたれに身体を預け、脚を組み直した。
「はい、仰るとおりです。この街は長くマフィア『スカーレット』に牛耳られております。商店はみかじめ料として売上の半分を奪われ、この街に入る者は良いのですが、出る者は持ち金の半分を巻き上げられてしまいます。その噂が広がったのか、ここ数ヶ月は新たに街にやって来るものおらず……この街の代官はマフィアと結託して税収をごまかし、私腹を肥やすために増税に次ぐ増税。もはや食べるにも事欠く者すら出る有り様です」
「なるほど。『救うべき者』はこの街に住む善良な住人と冒険者、そして排除すべきものはマフィアと代官、ということかしら」
「はい。ですが代官は王都から派遣されている役人、下手に手を出すと王都から騎士団や戦士団が派遣され、この街は制圧されてしまいます。自警団では到底、マフィアにも正規軍にも太刀打ちできません」
「そういうことか。……まぁ、街のならず者が警察や役人と結託して、っていうハナシね。どうかしら、サブ? あんたどう思う?」
「自分なら、やります」
「……と思った。でもね、ちょっと落ち着いて。まず相手の戦力、場所がわからないとハナシにならないでしょ。アンナさんだったわね? そのスカーレットとかいうマフィア、全部で何人、どこにいるかわかる?」
アンナは懐から折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
精密に描かれた、この街の地図だった。この地図の存在は、つまりこの世界の測量技術がかなり高い水準にあることを意味している。
「スカーレットの本拠地は……街の役場の地下。アイツらは全部で100人ほど、そのいずれもが魔法使いや剣士で構成されています。素人では到底太刀打ち出来ません」
「なるほど、よりによってマフィアが役場の地下にいるとは、なかなか笑えないハナシね。そんだけ役人とズブズブな関係ってワケか……。で、100人だそうだけど、サブ、あんた行けるの?」
「お嬢、行けるかどうかじゃありません。行って来いと言って貰えれば」
「……まったく、あんたいつまで鉄砲玉でいるつもりなの? あんたは笹川組の組長補佐でしょ?」
「ですがお嬢」
「そして、今や笹川組の組長はこの私。組長になったからには、構成員は大事にするわよ。行って来いなんて軽々しく言わない」
綾子がすっと立ち上がり、地図に視線を落とした。
「私も行くわよ」
「お嬢! それは!」
「だまりなさい、これは組長の決定。言っとくけど、止めても無駄よ? アンナさん、確認したいんだけど、スカーレットの連中がこの拠点、役場の地下に全員集まる予定とかある?」
「は、はい、あります、明後日の夜……5日に一度、アイツらは役場の地下で酒盛りを」
「なぁるほど。良いこと聞いちゃった。その酒って、やっぱ街の酒場とか店から巻き上げてるのよね?」
「……はい。酒だけではありません、金も、若い娘も……」
苦々しい顔でアンナが眉間にシワを寄せる。
スカーレットの構成員が酒盛りを定期的に行うのは、構成員の結束を高めるためだけではない。酒や金、女を供出させることで、街の者たちに『誰がこの街を支配しているのか』を思い知らせるためでもあった。
「分った。じゃあアンナさん、サブ、作戦を伝えるわよ」
綾子は地図を睨んだまま腕組みをする。
「それじゃあお嬢」
「……今更改まって言わせないでよ。話を聞く限りだと、このスカーレットってのは私の気に入らないタイプの組織ね。まぁ通りすがりじゃあるけど、このまま見て見ぬふりってのも寝覚めが悪いわ。ちょっと腹いせに叩き潰してから西に向かいましょ」
綾子は笑みを浮かべてサブの背中をばん、と勢いよく叩く。
「アンナさん。この作戦は、あなた達の協力が必要よ。場合によっちゃ危険もある。それでもやる?」
「はい、やります。これ以上あいつらに街に居座られるくらいなら、血を流してでも戦った方が遥かにマシです」
「よし。じゃあ結構は次の酒盛りの日。街のモンに今から言うことをしっかり伝えて」
綾子が軽く指でアンナとサブを招き寄せると、3人は顔を寄せ合うように密談を始めた。




