起-9 再会
サンサルバシオン王国の西の最果てにある小さな街、レナータでは久しぶりに明るい笑い声が響いていた。
人々は疲れた様子ではあったものの、何者かに怯えた様子もない。
街の広場では子どもたちの笑い声が響き、あちこちから男たちの威勢の良い声が聞こえてくる。
「本当に、何とお礼を申し上げればよいか」
初老の女、アンナ・マリアは深々と頭を下げていた。
彼女の直ぐ側で、椅子に腰掛ける小柄な女は、優しくアンナ・マリアの肩に手を置くと、すぐ後ろに立つ男へと振り返る。
大男は大きく頷くと、アンナ・マリアの眼の前に大きな麻袋を差し出した。
「……これは?」
「昨日、あのジジイとオバサンが差し出してくれたモノよ。元はこの街の人達が奪われたものなんでしょ? まぁ誰がどれくらい奪われたのかなんてわからないから、顔役だっていうあなたに預けるわ。どう使うかはあなた次第」
「……あ、アヤコ様……」
麻袋の中身は、大量の金貨だった。
代官が金庫に隠し持っていたものと、マフィア『スカーレット』の女頭目のマジックバッグの中に入っていた金貨、銀貨、白金貨である。
「あ、でもこのマジックバッグだけはもらってもいいかしら? どうお礼をしたら良いかわからないなら、これがお礼ってことで」
「そ、そんな、そんなバッグ1つでは感謝の気持など……」
「いいの。私達はコレがほしいの。それから、さっき依頼した物資の調達、お願いね? あぁ、ちゃんと代金は請求してね。ちゃんと払うから。あとね、この街で待ち合わせしたい人がいるのよ」
「もちろんです! 街を上げて歓待させて……」
「あぁ、良いからそういうの。私達も所詮あのマフィアと同類よ。ただのヤクザ者。褒められたモンじゃないわ。私達も、ただあいつらのやり方が気に入らないから叩き潰しただけ。カタギの皆さんが私達みたいなのを歓迎するようじゃダメなのよ」
「で、ですが……」
困り果てた顔のアンナ・マリアに、綾子は少し困ったような、苦笑のような笑顔を向ける。
「ま、どうしてもっていうなら、ここにいる間の食事はちょっとだけ豪華にしてもらおうかしら。ここにいるサブは見た目通りの大食漢なの。肉類が好きだから、肉料理をたくさん出してもらえると嬉しいわ」
「承知しました。このアンナ・マリア、お二人がこの街にいらっしゃる間、精一杯おもてなしをさせて頂きます」
「だからそういうの良いんだってば。当然、食事も代金はちゃんと払う。それよりアンナさん、この街に東から小柄な女の子が来たら、すぐに教えてほしいの。それから、その子喋るのが苦手な子だから、あんまり無理に話をしようとしないで」
「わかりました。必ずお知らせします」
「名前はスミレちゃんていう、可愛い女の子よ。私の故郷の言葉で、キレイな花の名前なの」
「スミレ……様、ですね。承知しました。街のものにも知らせます」
再度、深々と頭を下げてアンナ・マリアは部屋を後にした。
しばしドアをじっと眺めていた綾子は、大きく息を吐く。
「……やっぱ気分の良いモンじゃないわね、カチコミなんて」
「まったくです、お嬢」
「あら意外、サブもそう思うなんて」
「自分も別に揉め事荒事が好きなワケじゃありません。降りかかる火の粉を払うだけで」
「……ま、そうね。本来そういうものなのかもしれない。こんなヤクザな世界に長くいると、色々麻痺しちゃうわ」
「まったくです、お嬢」
苦笑を浮かべてサブが小さなマジックバッグをテーブルに戻す。
「何やってんのサブ、それあんたが持つのよ」
「自分がですか? 自分が持つなら大きい方が」
「……それもそうね……そうだわ、そっちの小さい方が可愛らしくて私に似合うわね」
サブは何も答えない。
「何よ、言いたいことあんなら言いなさいよ」
「いえ、何も」
また苦笑を浮かべ、サブがマジックバッグの中身をちまちまと入れ替える。
アンナ・マリアには、レナータの街から乗っていける馬車や食料、水に短剣などの物資の調達を依頼していた。
すべてが揃うまで数日かかる見込みである事に加え、綾子とサブはこの街にとどまる理由はもう1つあった。
この日の早朝、綾子の元に再びコウモリがやって来たのだ。
そのコウモリは言葉を話す上、一通の手紙を携えていた。
この国、サンサルバシオン王国で使われている文字ではなく、日本語の、几帳面な字で書かれた手紙だった。
賢者として王城にとどめ置かれている、小川菫からの手紙だ。
何と彼女は独学で召喚術を会得し、使い魔を得ていた。
綾子達がレナータに着く直前に姿を表したコウモリは、菫が呼び出した使い魔のそのまた従者であったが、二頭目のコウモリは、菫自身の使い魔である。
賢者、菫の手紙には、事細かに国王や王妃、騎士団の状況、そして大魔道士こと中西藍子、聖騎士こと村上允恭、勇者こと須藤誠の現況がまとめられ、菫も無事に城から脱出した事が記されている。
「しかしあの子……賢い子だと思ってたけど想像以上だわ」
「あの小さい子供が、意外です」
「カラダのデカさと知恵は比例しないわよ? 言っとくけど、私も小柄な方なんだけど?」
「いえお嬢、自分はそんなつもりでは」
「まぁ良いわよ。それにしても凄いわね……使い魔までいるなんて。にしても大丈夫かしら、あんな小さい子が一人で、こんな離れたところまで来るなんて……迎えに行ってあげたいけど、ここで待てって書いてたのよね」
菫からの手紙には、レナータまで移動する手段については何も書いていない。
王城からレナータまで徒歩で移動するのは現実的ではない。馬車などの交通機関を利用するか、または何らかの魔法を使うことになるだろうが、魔法を使えない綾子とサブには、自分たちと同じく馬車を使う程度の想像しか出来ない。
「これでキレイに二手に分かれたことになります。勇者と聖騎士、大魔道士の3人と、自分とお嬢、そして賢者の子供と」
「そうね。ま、あの王様にしちゃクッソ面白くない自体だろうけど、私達の知ったこっちゃ無いわ。今私達がすべきことは、まずは休養。そしてスミレちゃんを待つことね」
「はい、お嬢」
サブが再び窓の外へと視線を向ける。
通りでは幼い子どもたちが笑って遊びまわている。恐らくその子達の母親であろうか、若い女は道端で楽しげにおしゃべりに花を咲かせ、老人は椅子に腰掛けてにこやかに子どもたちを見守る。
「良いもんですね、お嬢」
「そうね」
窓の外から外を眺める綾子の姿に気づいたのか、小さな女の子が満面の笑顔で手を振ってくる。
綾子もにっこりと笑みを浮かべて、軽くひらひらと手を振る。
「本来、ヤクザもんなんてこういう世界とは縁が無いの。日陰を歩く立場だってのを忘れちゃいけない」
「はい、お嬢」
「私達みたいなのが重宝される世の中は間違ってる。つまり、この街も、国も、この世界もどこか間違ってんのよ」
誰に語るともなく、綾子は言葉を続けた。
「でも、誰かがやらなきゃいけない汚れ仕事があるとしたら、それこそが私達の役目。恨まれて憎まれても、結果的にそれが世のために人のためになるならやる。それが私達の仁義ってやつ」
笹川組前組長、今は亡き笹川浩二の言葉そのままであった。
中学校を卒業したばかり、巨体と怪力を持て余していた大河内佐武郎少年を受け入れた笹川浩二と、その息子であり綾子の父である笹川健二から、サブも何度も聞かされていた。
健二は早くに綾子の母とともに交通事故でこの世をさり、綾子は祖父浩二に育てられている。それだけに、浩二の薫陶を最も強く受けたのは、綾子とサブの2人だ。
「ま、きれいごと並べたところで、私達が日陰者だってことは変わらないし、変えるつもりも無いわ。……どうかな、サブ、アンタはついてきてくれる?」
「今更何言ってるんですか、お嬢」
サブが強面のまま苦笑いを浮かべる。
「お嬢を一人にしたらどこまでも突っ走って行きそうだ。危なっかしくてみてられませんや。それに、自分が離れたところでお嬢に何かあったら、あの世でオヤジに合わせる顔がない」
「何よ、まるで私がイノシシみたいじゃない」
「お嬢はツッコむときは容赦ないですからね。法術士とやらがどういうスキルか詳しくは知りませんが、殴って治すというのもお嬢らしい」
「ねぇサブ、人聞きの悪いこと言わないでくれる? 別に私は殴るのが好きなワケじゃないの。出来れば平和に、穏やかに生きたいの。ただ降りかかる火の粉には一切容赦しないだけ」
「分ってますよ、お嬢」
サブは何かを諦めたような笑みを浮かべて、再び窓の外へと視線を向ける。
レナータの街を牛耳っていたマフィア「スカーレット」は事実上消滅した。降りかかる火の粉というよりは、自ら火事場に突進し、水を盛大にぶっかけた挙げ句破壊消火をしたようなものだ。
「にしても、意外だったわね。なんかゲームとかだとさ? スキルとか職業で装備できる武器とかが決まってると思ってたんだけど」
綾子はマジックバッグから、刃渡りが三十センチ程度の短剣を取り出した。
「法術士って、なんかこう……人を治療する役割らしいけど、その割にこんなドスみたいなの使えるし、特に制限って無いのかも知れないわね」
「まぁ、柄物としてそこにある以上、持てないということもないでしょうからね。自分も素手での戦闘スキルとかいうハナシでしたが、まぁ使えるでしょう」
「サブは下手にドスとか使うより、殴ったほうが早いでしょ」
「そのようで」
つい数日前、命のやりとりをしたばかりとは思えない落ち着きっぷりだが、サブも綾子も命のやり取りは初めての経験ではない。
ヤクザの組長の孫娘として生まれ、そして組事務所で育った綾子にとって荒事など日常茶飯事、恫喝や脅迫、街中で脅されることすら日常だった。そんな環境は彼女に日本人らしからぬ胆力と、自らと自分の大切なもののためなら人の命を奪う、という選択肢を与えていた。
「スミレちゃん、ホントに大丈夫かな」
だが、そんな性質の彼女であっても『自分より小さく、弱いであろう存在』を慈しむ心は持ち合わせている。
召喚された6人の内、最も小柄で歳も幼い菫は、綾子にとって保護すべき存在だ。
「あの子は確かに賢者だし、こうやって使い魔みたいなのも自分で使えるようになっちゃうし、たぶん私達とは全然違う世界を見てるのかも知れないけどさ」
「お嬢はあの子を守りたいんですか」
「当たり前よ。あの、ほら何だっけ? 大魔道士の大西だか中西だか小西だか忘れたけど、あのいけ好かない大学生と? チャラい勇者のナントカってやつに、それにあの胡散臭い坊主だっけ? あの三人はどーでも良いのよ。単純に気に入らないし、それに自分を守ることくらいできるでしょ。大人なんだから。でもあのスミレちゃんはまだ中学生よ? まだ大人の保護が必要な歳よ? あのどう考えてもダメな大人しかいないお城にいるよりは、抜け出したほうが良いに決まってる」
「……まぁ、確かに」
「ま、結局のところは私のただの自己満足よ。あの保護が必要な女の子を守ってあげたいっていう、私の単純な保護欲求。それを満足させるためだけよ。別に正義だの大義だの道義だのってのは関係ない」
「その方がお嬢らしい」
ふふ、と低い声で笑うと、サブは綾子の足元に膝をついて座り込んだ。
「安心しましたよ、お嬢はこっちの世界でも変わらずお嬢だ。自分はそんなお嬢に惚れてるんでしょうね」
「え、ヤだ、私デカいゴリマッチョの中年とか好みじゃない」
「自分も、チビで胸の薄い女は好みじゃありませんぜ」
「……ねぇサブ、ちょと表出る?」
「自分は、強い女が好みですね。ガタイも丈夫で、自分に負けず劣らずの体格な女が」
「そんなのいないわよ。こっちで女子プロレスラーでも探すつもりなの?」
サブが苦笑いを浮かべたすぐ後、ドアをノックする音。
街の顔役、アンナ・マリアがドアの向こうから声をかけてきた。
「アヤコ様、サブ様、お客様がお見えです」
二人は改めて顔を見合わせ、勢いよく立ち上がった。




