結-13 新たな秩序
かつて、ベスタ・プラデッラ大陸において、サンサルバシオン王国はゴルドベルク王国と並ぶ大国として知られていた。
サンサルバシオンで発生した王位争いに端を発する内戦において、禁忌とされる勇者召喚の秘術を実行したサンサルバシオン王国だったが、勇者の半数が離反するという異常事態と、ゴルドベルクによる介入により内戦は終結。北西のシュワルツ・カステル領を治めていた第二王子、公爵バルザック・ニグルが王位を引き継いで以降は、弱体化した国力を回復させるのに専念しており、対外戦争など行う余裕はない。
以前サンサルバシオンが敵対していた大陸南端に位置するシンカー王国が、禁忌である勇者召喚を試みたという噂がたったのは、バルザック王の治世が始まってしばらく経ってからのことだ。
だが、その試みは失敗に終わったというのが世間一般の見解である。
召喚そのものを行えなかったのか、それとも召喚には成功したものの召喚勇者の懐柔に失敗したのかは定かではない。
胡散臭い噂として伝わっているのは、シンカー王国は勇者召喚に成功したが、その勇者たちを何者かに拉致された、というものだ。
当然この噂は信憑性の高いただのゴシップとして、すぐに多くの人々の記憶からすぐに忘れ去られる事となる。
同時期に、宗教国家であったシンカー王国において、大規模な政変が起きたという情報が知れ渡った。
そのために、シンカー王国での勇者召喚術の噂は、政変をごまかすために政府が流した噂ではないか、とまことしやかに囁かれている。
「どう? 落ち着いた?」
ゴルドベルク王国首都、パンゲアにあるダンタン中将邸の地下にある一室では、異様な風体の若者3人が怯えた視線を周囲に向けていた。
「あ、あの、俺達はその……」
「私の言葉は分かるわね? いいニュースが1つと、悪いニュースが2つある。どっちから聞きたい?」
3人の若者は、おそらくは同年代と思しき少年と2人の少女。
少年は黒い詰め襟の上着に黒いズボン、学生服と呼ばれる装束に身を包んでいる。
少女は特徴的な襟に大きなリボンをあしらった、セーラー服という装束だ。
少年はゆっくりと周囲を見渡す。
彼らを取り囲むのは、褐色の肌に燃えるような赤毛の大柄な屈強な女と、その女の隣に立つ筋骨隆々の巨漢。
そして子どものように小柄なショートカットの美少女は、黙ったままロールクッキーを食べている。彼女のすぐ後ろには、黒尽くめの男が宙に浮かんでいた。
角を持ち、屈強な筋肉で全身を覆われた『鬼』としか言いようのない風体の男たちに加え、極めて整った顔立ちの美しい立ち姿、そして長い耳が特徴的な細身の男女。
ロールクッキーを食べている少女と同じくらいの背丈ながら、丸太のような腕に鎧のような筋肉、顔の下半分がヒゲで覆われた小柄な戦士。ファンタジー映画に出てくるドワーフ族、というものがもし現実に居たら、このような姿だろう。
どう見ても、彼ら3人が暮らしていた世界ではありえない光景だった。
「……こういうときは、悪いニュースからの方が良いのかな……」
「そうね、それじゃあ」
ショートカットで、小柄な青年と思われた人物だったが、可愛らしいソプラノの声から『彼女』が女性であることがわかった。
「その1、残念だけどあなた達は死んだの。ここは『日本』じゃないどころか、地球とは別の世界。魔法やエルフ、ドワーフ、オーガ族なんてのも存在する世界よ。異世界召喚って知ってる?」
うずくまっている少女の1人が顔を上げた。
長い黒髪をポニーテールにまとめており、キリッとした目つきからは強い意思がうかがえる。
「そ、そんな! あんなのラノベとか漫画の世界でしょ? そんなの実際にあるワケない!」
「ま、そうよねぇ。私もそう思ったわよ。でも残念ながらこれは現実。そして悪いニュースその2。あなた達は、私達も含めて日本には帰れない」
もう一人の少女は肩のあたりで切りそろえた髪を整えようともせず、メガネの奥の目は虚ろなままでブツブツと何かを呟いている。
少年はしばらく戸惑った後、意を決したように顔を上げた。
「それで、良いニュースっていうのは……? っていうかアンタ達何者なんだよ?」
「良くぞ聞いてくれたわ」
にっ、小柄な女が歯を見せて笑うと、椅子にどかっと腰掛けて鷹揚に脚を組む。
「私は笹川綾子、こっちのデカい男は大河内佐武郎、この子は小川菫ちゃん。アンタ達と同じく、日本から『こっち側』に呼ばれた身の上よ」
巨漢がじろりと少年を睨む。その目つきは、明らかにカタギのそれではない。
「そして私達は、我らが麗しきゴルドベルク王国公認のマフィア、『リベルタドール』。意味はわかるかしら?」
ボブカットの少女が顔を上げ、恐る恐る口を開く。
「確か……解放者……?」
「そう。私達リベルタドールの目的は単純明快よ」
綾子が身を乗り出して少年たちへと顔を近づける。
「『あっち側』から不当に呼び寄せられた、こっちの世界でいう『召喚勇者』達を保護し、解放する。それが私達の組織よ。私達の存在がいいニュースってところね。そしてうまいこと保護できた暁には、こっち側で生活するために必要な支援を提供できる」
ちら、と綾子が視線を背後に向けて立ち上がった。
その視線の先に少年たち3人が目を向けると、美少女と見紛うほどに顔立ちの整った少年が立っている。
少年のような外見ではあるが、その立ち姿からは圧倒的強者のみが持つ静かな威圧感と、本能で理解してしまう『この者に逆らったら死ぬ』という絶望的な力量差が感じ取れた。
「こちらはゴルドベルグの王、ヨシュア陛下よ。私達リベルタドールは陛下公認の組織。私達が保護できた者は、しばらくは陛下の庇護下において貰える。その状況では身の安全と衣食住が保証されるわ。その後は職業訓練を受けて、普通に働く道を選ぶこともできる」
いまだ不安げな3人の若者と視線を合わせるように、綾子は膝をついてボブカットの少女の小さな背中に優しく手を置いた。
「もう1つの道は、リベルタドールに入り私達とともに行動する、というものね。ま、とりあえず安心なさい。この世界のニンゲンは召喚勇者を利用することしか考えてないけど、陛下は違うわ。ね?」
陛下という割にはあまりにも砕けた物言いに、ヨシュアが苦笑を漏らした。
「ふふ、そうですね。少なくともアヤコさんの指示に従って頂けるなら、皆さんの身体的社会的安全と、衣食住は私が王の名において保証します。皆さんを召喚したシンカー王国は、ほぼ内戦のような混乱状態にありました。恐らくシンカーにいれば皆さんは」
「間違いなく、政変に巻き込まれて利用されてた。ひょっとしたら人間兵器としてね。私達はそういう実例を知ってる。だからこそ、私達は勇者召喚なんて手前勝手なマネを許せないのよ」
「じゃあ俺達は……その、ワケの分からない戦争に巻き込まれるところだった……ってこと?」
「そういうこと。……っていう状況が飲み込めても、気持ちが落ち着くまで時間が要ると思うわ。とりあえずしばらくはここで過ごして。念の為護衛にウチの若い衆をつけるから」
ちらりと綾子が視線を向けると、その先にいた屈強な男が3人、機敏に敬礼する。
「それから、今から大事なこと話すわ。この世界の先輩として、それから同郷のオトナとして。良い? よく聞いて」
綾子がすっと立ち上がる。3人の若者の視線が、小柄な綾子に向けられた。
「君たちは何らかの力を与えられてる可能性がある。人外と言ってもいいレベルの、とんでもなく強い力かもしれない。でもね、力には責任が伴うの。与えられた力をどう使うかによって、私達は君たちの敵にも味方にもなりうる。世のため人のために使うなら、私達が組織をあげてバックアップする。余のため我のために使うなら、容赦なく殺す。同郷だろうと子供だろうと例外なくよ。それは覚えておいて」
「あ、あの」
立ち上がった綾子に、ボブカットの少女が声をかけた。未だ不安そうな表情で、半泣きの状態だ。
「本当に、私達帰れないんですか……? 何も悪いことなんてしてないのに」
「そうよ。理不尽よね。気持ちはよく分かる。ここに要る菫ちゃんも、何のことわりもなく家族と引き離された。もう二度と会えないわ。辛いけれど、生きていきたいなら現実を受け入れないといけない。でもね、君たちはまだ幸運かもしれない」
「こ、幸運って! この状況のどこが幸運だっていうんですか!」
ポニーテールの少女が立ち上がり声を荒げる。が、その場にいた誰一人として怯むものはいなかった。
「幸運なのはね」
ずい、と綾子がポニーテールの少女に顔を近づけ、不敵な笑みを浮かべた。
「私達リベルタドールがいることよ」
3人は唖然とした表情のままへたり込む。
ヨシュアが手早く傍に立っている者に指示を出すと、ほどなく地下室のテーブルに温かい食事が運び込まれた。
「ようこそゴルドベルクへ。皆さんを歓迎します」
ヨシュアの優しい声が、地下室の石壁に反響した。




