EP 菫の視点
わけのわからない、異世界召喚とかいうふざけたものに巻き込まれてから、もう三度目の冬。
色々あったし、嫌なことも辛いこともたくさんあった。お母さんともお兄ちゃんとももう二度と会うことは出来ない。
でも、私は幸運だった。
私の言葉を笑わないで聞いてくれるお姉さん。
私のことを見捨てないでいてくれるオトナ。
私を置き去りにしなかった、かならず手を差し伸べてくれた人。
綾子さんがいてくれた事は、私にとって一番ラッキーな事だったと思う。
あれから私は、図書館の本を全て読んだ。特に魔法に関する本に、勇者召喚の術について徹底的に調べた。
理解するのに少し時間はかかったけれど、アレは完全に一方通行の術だった。
例えるなら、目隠しをして船に乗り、どこか知らない海で適当に網を投げる。
たまたまその時、生を終えて漂流している魂がその網にかかり、舟に引き上げられる。これが勇者召喚術に一番近い。
仮に元の場所に戻りたければ、全く同じ場所で、全く同じ深さ、全く同じ海流、全く同じ水温、全く同じ水の分子がある場所に、全く同じ状態で戻らなければいけない。
それで運良く戻れたとしても、戻った先では生を終えた状態、つまり死んでいるので身体が無い。結局のところ、戻ることなんて不可能だ。
この事を魔王様ことヨシュア様に話したら、
『これまで勇者召喚術について様々な説が挙がっていましたが、今までで一番シンプルで、そして的を射た考え方だと思います。これは是非論文にまとめるべき……いや、それでは勇者召喚を試みるものが増えてしまいますね。残念ですが、その説は私達だけの秘密にするべきでしょう』
との事だった。
残念ではあるけれど仕方ない。これ以上私達のように、断りもなく強引に召喚されるような人が増えるくらいなら、秘密にしておいたほうが良いに決まってる。
こちらの世界でも、私の吃音は残ったままだ。
でも、今私の傍に居てくれる人たちは、私の言葉を聞いても笑ったりしない。
急かされる事もないし、みんなじっと耳を傾けてくれる。お母さんとお兄ちゃん以外では、そんな人は日本では誰も居なかった。
「スミレ、こんなところで一人で何をしている」
今私は、エミリアさんというとても大きなお姉さんの家に住まわせてもらっている。
綾子さんと一緒にいた大きい人、サブさんの奥さんで、今子供がお腹にいる。妊娠が分かったのがもうずいぶん前だけど、人間とは妊娠期間も違うみたい。
ゆったりした服を着ていて、結構お腹も大きくなっているけれど、その服の下はすごい筋肉で覆われてる。
「何だ、雪が降ってきていたのだな。どうりで少し冷えると思った」
「え、えみ、エミ、エミ、リアさん、お、お、おな、お腹、冷えちゃう」
エミリアさんが優しい笑みを浮かべて、そっと髪を撫でてくれた。
私の髪はだいぶ伸びて、今は背中の真ん中くらいまである。毎朝綾子さんが色々ヘアアレンジをしてくれるのは楽しみの一つだ。
「心配してくれているのだな。ありがとう」
「ん」
頭の中ではいつもいろいろなことを考えているのに、言葉が出てこないのは辛い。
もっと上手に、つまらずに話せればどんなに良いことだろう。魔法の力で何とかできないかとも思ったけれど、今まで色々調べた結果、どうやらムリだということが分かっただけだった。
「今年の冬は冷え込みそうだな。スミレも上着を羽織ったほうが良い」
「あり、あ、あり、がとう」
エミリアさんは見た目も大きいし、すごく強い軍の将軍ではあるけれど、家に帰ってくるとすごく優しい。
今は育児休暇と産前休暇を取っているみたいで、担当していたバルトーク大橋の警備は、今はアイザックさんというオーガ族のおじさんが常駐していると聞いた。
初めて会ったときには大佐だったオジさんだけれど、今は少将という階級に昇進したという話しだった。
「エミリア、身体冷やすんじゃねぇ」
「おや、旦那様も心配してくれるのだな。私の家族は優しい者ばかりだな」
「手前ェの女房の心配しねぇ男がいるかよ」
「ふふふ、旦那様の愛を実感できて嬉しいが、スミレの前だ。今は控えめにな」
サブさんは身長が二メートル近いせいで、話しているとずっと上を向いていることになるから首が疲れる。
見た目はエミリアさん以上に怖いし、口数も少ない上に口調も結構荒い。多分日本にいる時に会ったら、全力で逃げていたと思う。
でも実際話をしてみたら、すごく物静かで奥さんを大事にする、本当は優しいのにそれを上手に表に出せない、ちょっと不器用なだけの人だ。
「今日の朝稽古は終わりか」
「あぁ、アイツらもこの世界で生きていくなら、強くならねぇとな。こっち来てからそこそこ経つが、まだまだだ」
アイツら、というのは、私達のあとに召喚された高校生三人組。
日本の佐賀県に住んでいた幼馴染みたいで、登校中に交通事故に巻き込まれたらしい。
それぞれ珍しい職業の神託を受けたらしいけれど、ヨシュアさまからは『詮索しないのがマナーですよ』とごまかされた。
「あらおはよう、みんなこんなとこでどうしたの? エミリアさん、身体冷えちゃうわよ?」
「あぁアヤコ、貴様も起きたのだな。どれ、パル達が朝食を作り終えた頃だな。行こうか」
廊下の向こうからやって来たのは、私を姉のように護り続けてくれている綾子さん。
どんな怪我も病気もビンタ一発で治せる上、けが人を見ると放っておけない性格もあってか、去年魔王様から正式に『聖女』の称号を授けられた。
当の本人は、『そんなもん、何の役にも立たないわよ。せいぜいハクがつくくらい? まぁくれるものは遠慮なくもらうけど』と、あんまり興味がないようだった。
「さ、行こっかスミレちゃん」
この世界で初めて会ったときから全然変わらない、優しくて親しみのある声。
ずっと前から、表情がなくて何を考えてるか分からないと言われていたけれど、綾子さんは私の顔を見て、
『無表情? んなこと無いわよ、ほら、今だってちょっと困った顔してるじゃない。ちゃんと人の顔見てる? 真面目に見てりゃ分かるわよ』
と言ってくれる。
私にとっては、優しくて頼りになるお姉さんだ。
「パルさんのご飯、美味しいのよねぇ。今日は何かな」
「さ、さっ、さ、さっき、ぱ、パルさ、さん、バタ、バターロ、ロール、や、焼いて、焼いてた」
「お、今日のパンはバターロールかぁ。イイね、私大好き。スミレちゃんは?」
「す、すき」
「そっか」
にっと綾子さんが歯を見せて笑う。ぽん、と慣れた様子で私の肩に手を置いてくれた。
「さ、ご飯食べたら今日も仕事仕事。サブ、あの子達は使い物になりそう?」
「はいお嬢、あの男はまだまだですが、髪の短い方はスジが良いようで」
「そう、しっかり鍛えてあげて。こっちで生きていくにしても、力はあった方がいい。あと今日は私も昼過ぎからアイザックさんと――」
さぁ、今日も忙しくなりそうだ。




