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結-7 王の会談

 シュワルツ・カステルの公爵邸の部屋の1つ、決して広いとは言えない応接間には、優雅にコーヒーを飲む美少年に公爵バルザック・ニグル、大将軍エアリア・ダンタンが並んで腰掛けている。

 彼ら3人の後ろには、バルトーク大橋の守護神と名高いエミリア・ダンタン中将、アイザック・ボルド准将、そしてサンサルバシオン王国第二騎士団長『であった』アレクサンドラ・ライツ伯爵が護衛のように直立不動の姿勢を控えている。

 その対面には、苦々しい表情の若い女、そしてまだ中年とも言えない若い男が並んで座っていた。

 

「では、改めて自己紹介を。ゴルドベルク王国第六代王、ヨシュア・ゴルドベルクです。私の右にいるものが我がゴルドベルク王国軍大将軍、エアリア・ダンタン。左にいるのは先ごろ我が国に帰順を希望されましたバルザック・ニグル公爵。バルザック殿に関してはご紹介は不要ですね」

 

 若い女は驚くほど平然とした様子で、斜向かいに腰掛ける兄に視線を向ける。

 

「お兄様、まさかそのようなことをなさっているとは思いもよりませんでしたわ。まさか祖国をお捨てになるなんて」

「私もまさか君が女王になるとは思わなかったよ、ベルナデッタ」

 

 会談は、表面上、口調だけは和やかだった。

 テーブルの上にはコーヒーと、ゴルドベルクで最近人気であるというロールクッキーなどの甘味が並べられ、まるでお茶会のような様相だ。

 

「ツァイス宰相、君ほどの有能な政治家がいながら父や兄、それに妹を止めることが出来なかったのだな」

「面目次第もございません、殿下」

「よしてくれ、私はもう王族ではないし、そもそもサンサルバシオンの人間でもない。君たちに殿下などと呼ばれる立場ではないよ」

 

 若い男はツァイス・シュナイダーという名の、若き宰相だった。

 サンサルバシオンの政治の実務を一手に引き受けるほどの能吏で、男爵家という階級は低い貴族の家の出身ながら、建国以来の俊英と言われるほどの傑物である。

 アレキサンダー王の放蕩や、浪費家の王妃の横暴に加え、暗愚極まる王太子がいながら国が国として機能していたのは、ひとえにツァイスの手腕あってのことだ。

 

「ヨシュア陛下、正面に座っておりますのが我が妹にしてサンサルバシオン王国の女王、ベルナデッタであります」

「ありがとうございます公爵。ベルナデッタ陛下、今日は尊顔を拝す機会を得て実に光栄です。今回の会談が実りあるものとなる事を期待しています」

 

 にこやかなヨシュアは余裕たっぷりの態度であるのと同様、ベルナデッタも鷹揚に、そして表面上は礼儀と節度を保った態度である。

 

「こちらこそ、拝顔の機会を賜り大変光栄ですわ、ヨシュア陛下」

「聞けばお国では先王、アレキサンダー陛下が身罷られたとか。お悔やみを申し上げます」

「ありがとうございます、父も泉下で喜んでいることと思います」

「それに、噂では陛下の兄君、アルベルト王太子殿下も不幸な事故に遭われたと伺いましたが」

「えぇ、確かに」

 

 ベルナデッタの返事は短いものだった。

 必死で平静を装っているものの、気を抜くと歯ぎしりの音が漏れてしまいそうなほど歯を食いしばっている。

 

 眼の前に座っている、少年とも見えるヨシュア王こそが、長年にわたる憎き首魁、宿敵とも言える存在だ。手を伸ばせばその細首に届きそうな距離に座っている。

 だが、2人の王を隔てるテーブルは小さくとも、両者の距離と格差は天と地ほどに遠く離れたものだった。


 シュワルツ・カステルへの侵攻で騎士団や戦士団といった国の軍事力のほとんどを失った、という報を受け取ったのがわずか4日前のこと。 

 勇者須藤誠はもはや廃人同然であったため、魔獣の巣窟へと放りだしたあとのことだった。

 侵攻戦において聖騎士は戦死、大魔道士は消息不明だが、生存は絶望視されている。


 片やゴルドベルク軍は、なんと損耗ゼロ。致命傷を負ったものですら、数時間後には戦線復帰しているなどという馬鹿げた報告が上がっていた。

 ただでさえ乏しい国庫から戦費を出しての侵攻戦であった。

 まさに国運を賭けての大博打とも言える出兵だった。そして、女王は惨敗した。

 

 財政状況は限界に近いどころか、これまで最優先としていた王室歳費すら、全く出せないほど困窮する事態に陥った。

 おまけに、サンサルバシオンと国境を接する地域の守将であるエミリア・ダンタン中将、アイザック・ボルド准将、そして彼らの上官にあたる雷帝エアリア・ダンタン大将軍は無傷で健在という有り様。

 癇癪を起こす女王に対して、若き宰相ツァイスは冷徹に、粘り強く説得を繰り返していた。

 

『もはや我が国に継戦能力などありません。今ならばまだ和睦に持ち込める望みはあります』

『何を言うのです! 我々人間が、サンサルバシオンが魔族に頭を下げるというのですか!』

『今がギリギリの時期です。今ならばヨシュア王もサンサルバシオンに逆侵攻するといった決断はしますまい。今を逃せば、プレポルト砦で2000の騎士を焼き尽くした、雷帝エアリアが王都へ攻め込む可能性が極めて高くなります。そうなれば民衆も、貴族も、女王陛下も確実にお命はないでしょう』

『でっ……ですが!』

『陛下、引き際を誤ると国を失うことになります。ご決断を』

 

 最後は脅しのような文句を使い、渋る女王を『和睦』に同意させたのだった。

 

「こちらもお噂を耳にしたのですが、エミリア・ダンタン中将がご結婚なさったとか」


 ベルナデッタの言葉に答えたのは、絶世の美女エアリア・ダンタンだ。

 エアリアの美貌と比べてしまうと、サンサルバシオンでも美しき王女として知られていたベルナデッタも『よくて普通』程度に見えてしまう。


「えぇ、娘もようやく良縁に恵まれましたわ。母として嬉しい限りです。母といえば……ベルナデッタ陛下がご懐妊なされたと伺いました。いつ頃ご出産のご予定ですの? 今度の冬辺りになるのではありませんか?」

「有り難いことに、私も子を授かることが出来ました。今年の暮れか、年明けごろに出産の予定です」

「おめでとうございます、叡明で知られる女王陛下のお子様なら、さぞ優秀な王子となられるでしょう。将来が楽しみですわね」

「ありがとうございます、大将軍」

 

 表面上だけはおだやかで友好的な会談。

 だが、その内容は

 

『サンサルバシオンはゴルドベルグ王国の人事情報も掴んでいる』

『ゴルドベルク側は、サンサルバシオンの機密情報も知っている。女王が身重で政務を行えない時期が生じることも把握している。情報戦でこちらを出し抜けるなど思い上がった事を考えるな』

 

 という牽制の応酬だ。

 

「大将軍も御存知の通り、女王陛下は今まさに体調に配慮が必要な時期であります。もしよろしければ、女王陛下より全権委任を受けておりますこのツァイスがこのあとの話し合いを担当させて頂き、女王陛下は一度退出をお許し願いたいのですが」

「えぇ、もちろん構いません。どうぞご自愛ください、ベルナデッタ陛下」

「お心遣い感謝いたします、ヨシュア陛下」

 

 優雅に立ち上がったベルナデッタは、侍女に手を引かれ公爵邸をあとにする。

 

 シュワルツ・カステルは既にゴルドベルク領となっているため、女王といえどベルナデッタの居場所はないに等しい。

 彼女は特別にベッドを置いた馬車に戻り、ツァイスの戻りを待つことになる。

 居並ぶゴルドベルクの強者達の前に一人残された俊英、ツァイスは大きく深呼吸をしてから懐の書面を2通、ゆっくりとヨシュアに差し出した。

 

「宰相閣下、こちらは?」

 

 ヨシュアが書面を受取り、ぺら、と開く。

 1通は優雅な筆致で『宰相ツァイス・シュナイダーを講和会議の全権委任代表とする』としたためられた女王の宣言文。

 そしてもう1通の書面、そこには細かくも几帳面な字でびっしりと数字が書き込まれていた。

 

「私は本件に関して、女王陛下より『全権委任』されております。つまり私の言葉は女王陛下のお言葉、私の決断は女王陛下すなわちサンサルバシオン王国の総意とお考えください。そのうえで、申し上げます」

 

 ツァイスの表情が悲痛とも沈痛とも言えるものになり、ヨシュアに向かって静かに頭を下げた。

 

「サンサルバシオン王国は、ゴルドベルク王国に対して条件付きで降伏する用意がございます。降伏の申し出を受け入れて頂けますでしょうか」

 

 驚いた表情になったのはアレクサンドラだけで、他の面々はまったく驚いてもいない。

 同族同郷であるはずのバルザックも、眉一つ動かさない。が、彼が動かしたのは口の方だ。

 

「元はサンサルバシオン側から一方的に仕掛けてきた侵略戦、この状況で条件付き降伏とは、随分と都合の良い申し出のように思えるが」

「確かに公爵閣下の仰るとおり……ですがここはご温情――」

「邪魔するわよ」

 

 不意にドアが開き、大柄な男と小柄な女、そしてメガネをかけた少女が入ってきた。

 

「遅れたけど詫びは入れないわよ。元はと言えばそっちの女王様が勝手に期日を決めたんだから」

 

 綾子は悪びれるでもなく、また一切怯むこともなくツァイスに言葉を投げつける。

 彼女のすぐ後ろには巨漢の拳王、大河内佐武郎が守護神のように控えている。

 賢者、小川菫はそこが定位置であるかのように、綾子の隣にちょこんと腰掛けてロールクッキーを10本ほどまとめて鷲掴みにした。

 

「で? どこまで話が進んでるの?」

「先ほどこちらのツァイス・シュナイダー宰相から、サンサルバシオン王国の条件付き降伏の申し出があったところですわ」

 

 優雅にエアリアが答える。

 

「あっそ、相変わらず随分と手前ぇ勝手なハナシよね。寝言は寝て言えっての」

「ま、待って頂きたい。話をする前に、この者たちは一体」

「私は笹川綾子、あんたたちに召喚されたモンの一人で法術士よ。後ろのデカいのは拳王の大河内佐武郎、隣は賢者の小川菫ちゃん。あんた達が手前勝手に呼び出して、追放して、嫌がらせして、追い詰めた挙げ句国を追われた。その後に、こちらのヨシュア様に助けを求めて保護してもらった、っていう身の上のモンよ。他に質問は?」

 

 ツァイスにとって、最悪の展開と言えた。

 

 女王懐妊の極秘情報が漏れていただけでも想定外であったのに、まさかこの場に『召喚したがアレキサンダー王が追放してしまった法術士と拳王』『王城内で冷遇され孤立する羽目になった賢者』が顔を揃えるなど、まるで想定していない事態だ。

 あわよくば女王懐妊の情報を利用して、娘を持つ母でもあるエアリア・ダンタンの温情を引き出そうと考えていた。慈悲深いと評判のヨシュア王ならば、エアリアさえ譲歩すれば、ある程度有利な条件での講和が可能であったはずだ。

 

 が、ここにサンサルバシオンの暗部とも言うべき、恥ずべき過去の過ちの被害者が居並ぶとなると、温情を引き出す難易度は格段に上がる。

 最悪の場合、講和会議は決裂、戦争は続行となってしまうが、そうなるともはや継戦能力など皆無となったサンサルバシオンはなすすべなく蹂躙されるだけだ。

 

「いや、十分です……」

「最初に私達3人の立場をはっきりさせとくわよ。私達3人はゴルドベルク王国に亡命した。明確にサンサルバシオンの敵で、個人的感情で言うならサンサルバシオンへの恨みは海よりも深い。ただし、現状ゴルドベルクの国民であるからにはヨシュア様の決定には従う。これが私達の総意よ」

 

 腕と脚をくんで傲然とふんぞりかえる綾子の目には、一点の慈悲もない。

 

「一応、巻き込まれたモンとしてこの場に同席するけど、基本的に私達3人は口出ししない。ヨシュア様に全ての判断を委ねるわ。以上よ」

「ありがとうございます、綾子さん」

 

 少し困ったような、苦笑にも似た笑みを浮かべてヨシュアがかるく会釈をする。

 

「さて、それではツァイス宰相」

 

 身を乗り出したヨシュアの表情は穏やかで、微笑みすら浮かべている。

 この場にツァイスが連れてきたのは侍女が2人に護衛の老齢で退役寸前の騎士が3人。

 対してゴルドベルク側のヨシュア王、バルザック・ニグル公爵を護るのは、猛将エミリアに人類最強の雷帝エアリア、賢者、拳王、そして「バルトークの聖女」と噂される法術士。

 最初から勝ち目など無かったものが、絶望的な常用に陥ってしまった。

 

「降伏の条件について、詳細を話し合うとしましょうか」

 

 優しいヨシュアの声が、却ってツァイスの恐怖心を煽る。

 この日の会談は、日が沈み、そしてまた陽が登るまで続いた。

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