結-4 聖騎士とエスター砦の攻防
「ふん、まぁまぁ壮観じゃねぇか」
不機嫌そうな顔で、口を「へ」の字に結んだサブが腕組みをしたままで見下ろした先には、数百もの甲冑姿の騎士たちが居並んでいた。
いずれもが美しい装飾の施された鎧を身にまとい、かなりの長さの槍も備えている。
「さ、さ、さぶ、サブさ、さん、あそ、あ、あ、あそこ」
すぐ隣に立つ、ひときわ小柄な少女が指さした先には、白銀の鎧を身にまとった男が馬にまたがっていた。
「……あの野郎、来やがったか」
馬上の男も菫とサブの姿を認めたのか、1人砦へと馬を進めてくる。
砦の壁の上に立つゴルドベルクの弓兵達が弓を引き絞り、一斉に矢を放った。が、そのいずれもが禿頭の男のすぐ前で勢いを失い地に落ちる。
「これは随分なご挨拶ですね、大河内さん。久しぶりの再開だと言うのに」
「偉くなったもんだな、生臭坊主が」
「幸いなことに、女王陛下にお引き立ていただきましてね。笹川さんと小川さんはお元気ですか」
「あんたまだ生きてたのね」
サブと菫を押しのけるように、綾子が最前面に出てくるとふんぞり返るように腕組みをして見せた。
「てっきり早々とくたばったのかと思ったわ。で? アンタたちの勇者サマと大魔道士サマはどうしたのよ」
「残念なことです。須藤君は魔獣に殺され、中西さんは行方知れずです」
「あらそう。ま、どうでも良いわ。どのみちアンタは今日ここで死ぬんだから」
「随分と物騒ですね。さすがヤクザです」
白銀の鎧を纏い馬に跨っている允恭は、僧侶というよりも一端の騎士らしさの方が強くなっている。
「そっちこそさすが生臭坊主ね。子供を嬲ってそんなに楽しいの」
「人聞きが悪いですねぇ。私ただ子供に愛情を注いでいるだけですよ。たっぷりとね」
「うっわキモ……初めて見たときから胡散臭いと思ってたけど、やっぱりというか想像以上だったわね」
「ちなみに笹川さん、降伏するというなら受け入れますよ? 小川さんとふたりとも、私の愛情を注いで差し上げます」
「何よあんた、ロリコンじゃなかったの? 私は大人のオンナよ」
「ロリコンとはこれまた人聞きの悪い。ただ成長途上の、未発達な体の女性が好みなだけですよ。例えば笹川さんのように小柄で胸も小さな――」
「おいコラ手前ェ今なんつった」
綾子の冷たく重い声に、ひゅっ、と変な呼吸音をたてて、アイリーンとアレクサンドラが息を呑んだ。
「言い換えましょうか。貧乳と」
にたり、と允恭が口角を上げ、同時に右手を高く掲げる。
聖騎士允恭の背後にいる大勢の騎士たちが鉾や槍を構え、突進の体勢を取る。
「砦を破ったら、そうですね。笹川さんの平たい胸をたっぷりと愛でて差し上げましょうか。小川さんと一緒に」
「うっさい黙れこのド変態がァ! Aカップ嘗めんじゃないわよ!」
「お嬢……」
「エミリアさん、ちょっとサブ借りるわよ!」
「う、うむ」
「サブ!」
「はい、お嬢」
引きつったような顔の綾子が、憤怒の炎が燃え盛る目をサブに向けると、サブは「やれやれ」とでも言わんばかりの複雑な表情を浮かべた。
「あのハゲ、殴り殺して来い!」
「はいお嬢、言われなくても」
勢いよくサブが飛び出し、数メートルの高さの壁から一気に地面へと飛び降りると、地響きにも似た音があたりに響き渡る。
サブの着地音を合図にするかのように、サンサルバシオンの騎士たちが一斉に突進を始めた。
エミリアもサブに続くように壁から飛び降り、門扉の前で仁王立ちする。さながら阿吽の金剛力士像のような姿の二人が、同時に拳を構えた。
「夫の背中を守るのは妻の務め! 有象無象は引き受ける、心置きなくやれ、旦那様!」
「ああ、オマエはなんて良いオンナなんだ」
「ふふふ、そうだろう。私ほど可愛らしく頼れる妻はおらんぞ?」
「まったくだ。俺は良い嫁を持った」
「さぁ、新婚旅行代わりだ。ぶちのめしてやるとしよう。アイザック! 我々のことは構わん! 魔法も矢も槍も遠慮なく撃て!」
「へいへい、わかりやしたよ。……まったく、人妻ンなりゃあエアリアの大親分みてェにおしとやかになるかとも思ったンですがねぇ。ウチの親分は嫁に行っても変わりゃしねェ」
アイザックがぼやきながらも手早く指示を出すと、城壁の上に伏せていたエルフ族の弓兵が一斉に立ち上がり弓を引き絞る。
一斉掃射の矢に続きエミリアが大きく身体をひねり、豪快に拳を前へと突き出した。
拳圧とも言える衝撃波が津波のように騎士たちに襲いかかり、拳の一振りでなんと数十の騎士が吹き飛ばされる。
「我は拳王の妻エミリア・ダンタン! 死にたい者から前に出るが良い!」
魔獣の咆哮のようなエミリアの名乗りを聞いて、多くの騎士達が馬を止める。中にはこれだけで落馬し、戦意を喪失したのか背を向けて逃げ出すものすらいた。
白銀の鎧の聖騎士はただ1人、静かに馬の脚を進めサブの前へと進み出る。
「言い残すことはあるか、ハゲ」
「ヤクザに話すことなどありませんよ」
短く言葉を交わした直後、サブが大きく踏み出して允恭の乗る馬の顔を殴り飛ばす。
哀れな馬はクビから上が消し飛び、その衝撃波で允恭の大柄な身体も後方へと飛ばされた。
「動物虐待ですよ」
「それがどうした」
さらにサブの蹴りが允恭の頭を狙う。が、允恭のもつ盾が拳王の蹴りを防いだ。
「これでも真面目に訓練していたんです。盾の扱いなら誰にも負けませんよ」
「ならその盾ごと叩き潰しゃあ良いだけだ」
聖騎士と拳王は、ともに近接戦闘に特化したスキルだ。
武器や盾を扱う聖騎士に対して拳王は徒手空拳、己の五体を武器として使う。並大抵の者同士がこれらのスキルで戦うとすれば、圧倒的に間合いも長く、防御にも優れた聖騎士が有利だ。
が、並大抵である允恭に対してサブはお世辞にも『並大抵』ではなかった。
拳王のスキルを得るまでもなく、機動隊がもつポリカーボネート製の盾を打ち破るだけの攻撃力に、鍛え上げられた技術。さらには怪力としか表現しようのない膂力に加え、突き技、蹴り技、組技、投げ技、関節技、寝技に至るまで古今東西の格闘技をマスターしたサブにとって、ほんの数ヶ月の訓練しか経ていない允恭の盾術など、子供だましにすらならなかった。
サブの巧妙なフェイントについて行けず、何度かサブの鉄拳を被弾する。
甲冑を纏っているとはいえ、拳王の拳を被弾するのは1度や2度だけでも致命傷になりうる。
允恭も鍛えてはいたものの、20年以上鍛え続けた武道家、サブの拳に耐えられるものではなかった。
「オラァ!」
流れるようなコンビネーションの仕上げとばかりに放たれたサブのヤクザキックが、見事に允恭の顔面を捉える。
ごき、という嫌な音が周囲に響き、聖騎士のクビが人間の可動範囲から明らかに外れた方向に曲がった。
「先に地獄で待ってな」
すでに意識はなく、全身が痙攣を始めている聖騎士の頭部に、拳王の拳が容赦なく叩き込まれる。
ぱん、という音を立て、血と脳漿を撒き散らして允恭の頭部は地面にめり込んだ。
「聖騎士は拳王、サブが討ち取った!」
サブが高々と拳を突き上げると、砦内からは大歓声が湧き上がる。
サンサルバシオンの騎士達はすでに戦意などなく、陣形を保つ事もできず敗走を始めた。
ただ、この日騎士達の不幸はまだ終わらない。
総大将とも言える聖騎士が一騎打ちに敗れただけではなく、砦には賢者がいた。
「菫ちゃん? 無茶しないで、危ないから下がってなさい!」
「もえろ」
菫がそう呟いたと同時に、騎士達の背後に炎の壁が立ち上がった。
高さが20メートルはあろうかという巨大な炎の壁は、次第に騎士達を囲むように輪を描き始める。
「サブ! 引き上げよ! エミリアさんも」
「はいお嬢!」
「心得た!」
2人の絶対的強者が素早く砦の門へとたどり着くと、炎の壁は完全に1000を超える騎士達を囲みこんだ。
「も、もえろ、もえろ、もえろ、ぜ、ぜん、ぜん、ぜんぶ、もえ、も、ろ、もえろ」
菫がブツブツと呟くような声で、呪文のように繰り返す。
炎の壁は次第にその勢いを増し、炎の竜巻となって天へと登っていく。
「菫ちゃん、もう良い。十分よ」
綾子がそっと菫の肩に手をおく。
小さな肩は震えていた。
かっと見開かれた菫の目からは、ぼろぼろと涙がこぼれている。
菫はサンサルバシオン王城で孤立していただけではない。貴族の令嬢たちからは吃音を嘲笑われ、中年の貴族たちからは身体を撫で回され、唯一身近であるべき世話役のメイドからも嫌がらせを受けていた。
「菫ちゃん」
変な匂いのする水に、冷たくさめた食事。孤独な部屋。言葉をかわす相手もいない。見下ろしてくる侮蔑の視線。嘲笑う声。
賢者と持ち上げられた挙げ句の扱いは、孤立した菫をさらに追い詰めていた。
だからこそ彼女は王城の書庫に1人こもり、人類の頂点と呼べるレベルの頭脳をフル回転させて、精霊魔術や召喚魔術をわずか2週間でマスターした。
「ゆ、ゆる、ゆる、許、さない、みん、み、みん、みんな、みんな、もえろ」
炎の竜巻は激しさを増していく。
極めて強い上昇気流は周囲から新鮮な酸素を取り込み、炎の勢いをさらに増していく。
「菫ちゃん」
不意に、綾子がぎゅっと菫を抱きしめる。
「もう大丈夫。もういいの。菫ちゃん、私の目をみて?」
「あ、あ、あ、あ、あや、あや、あや、子、さん」
「菫ちゃん、もう大丈夫。もう菫ちゃんのことイジメるようなヤツはいない。もう大丈夫よ。私が、何があっても菫ちゃんのこと守ってあげる。ずっと傍にいる。絶対離れない」
炎の竜巻が突然その姿を消す。
「大丈夫、大丈夫だからね。見捨てない、置き去りにしない、最後まで寄り添う大人がいるってこと、おねえさんが見せてあげる」
強烈な上昇気流により生み出されたのか、エスター砦の上空高くでは、分厚い積乱雲が生まれつつある。
ぽつ、と小粒の雨がエミリアの頬に落ちた。
「雨か」
そう呟いたエミリアが視線を向けた方角、その先にはプレポルト砦がある。彼女の母がたった1人で、1000人近い軍勢を相手取るであろう戦場だが、エミリアの心配は母に対してではなかった。
「旦那様、帰るぞ。菫が泣いている。また焼き菓子を出してやらねばな」
砦の城壁の上で、綾子にしっかりと抱きしめられたまま、子どものように声を上げて泣いている菫に向けられていた。




