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結-2 聖騎士、出兵

 馬上の允恭は、眼下に広がる光景を眺めて、口角が歪むように上がるのを抑えられずにいた。

 

 彼のすぐ後ろに続く馬車には、従者リズが世話係として載せられている。

 王国の旧第一、第四騎士団を再編成した「サンサルバシオン騎士団」は総勢3000。貴族たちの私兵達をほぼ徴兵するように編入したおかげで、旧第一騎士団と同様の勢力となっている。

 現在、サンサルバシオン騎士団はその勢力を二手に分け、北西にあるシュワルツ・カステルへ向けて進軍中だ。

 その第一軍の指揮を任されたのはディメン聖教会神官長のネメス、そして第二軍の指揮官は聖騎士村上允恭である。

 

「まさか田舎の古寺の坊主が、こんな軍勢を率いることになるとは……人生とはわからないものですねぇ」

 

 誰にとも無くそう一人呟くと、允恭は鷹揚にすぐ横に顔を向ける。

 

「中西さんも、そう思いませんか?」

「…………嫌よ、私絶対に嫌。戦場なんて行きたくない」

「まだ言っているんですか」

 

 王城内での政変の最中、ただひたすら自室に引きこもっていた大魔道士、中西藍子は幸運なことに怪我一つ負うことはなかった。

 ぶるぶると震える手で革の水筒を口にあてると、貪るように中身を飲み始める。

 

 藍子は深刻なアルコール依存症となっていた。


 ほんの一時も酒を手放せず、酒を取り上げると不安でパニック発作を起こす。現代の日本であれば、すぐに精神科への通院が進められるところだろう。だが、残念なことにサンサルバシオンでは精神科やカウンセリングなどという言葉すら存在しない。

 大魔道士として期待されていた藍子だったが、精一杯頑張ってようやく中級魔道士レベル止まりという、本人にとっても周囲にとっても不本意な状況に陥っている。そのストレスが藍子を追い詰めていた。


 ほぼ無制限に提供されるワインを水のように飲み続けた結果、彼女がアルコールに依存するようになるまでにさほど時間はかからなかった。

 

「あんたどうして平気なのよ」

「平気ではありませんよ。心が痛みます」

「何に対して」

「決まっているでしょう、これから蹂躙される魔族に対してですよ」

 

 肉食の両生類のような顔で笑みを浮かべ、允恭が舌なめずりをする。

 

「聞くところによれば、エルフ族の少女は美しいそうですね。ドワーフ族というのもいるそうですが、小柄な種族と聞きます」

「……この変態……あんたみたいなのが聖騎士だなんて、何の冗談なのよ……」

「さぁ、それはこの世界の神様とやらに言ってください。私は御仏に帰依する身でありながら、神の威光のために働いているんです。多少はボーナスがあってもいいと思いませんか?」

 

 ニチャア、としか擬音を当てられない笑顔。

 

「戦争ともなれば、戦災孤児も出てしまうでしょう。不本意です、実に不本意ですが、神のためのあれば仕方ありません。親を失ったエルフ族やドワーフ族の少女は、私がちゃんと面倒を見てあげなければいけませんね」

 

 藍子はアルコールで靄のかかった頭で必死で考えた。

 なぜ、いつからこうなってしまったのだろうか。

 

 故郷、北海道でかなりの強さの爆発を目の当たりにしたところまでは、はっきりと覚えていた。おそらくはアレが生前最後の記憶というものだろう。


 気がついたら見知らぬ土地で、見知らぬ者たちに囲まれていた。

 いつの間にか大魔道士などという、ゲームでしか聞いたことがない言葉で呼ばれるようになった。指導係だという若い女の話は、ほとんど頭に入ってこなかった。

 エーテルだの魔力だの、マナだのオドだのといったゲームでしか使われない単語が連続で並ぶ講義を聞くこと数週間、ようやく魔力とやらを自覚できた頃には、すでにアルコールが手放せなくなってしまっていた。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 允恭の大きな背中を見上げるように顔を上げ、ぼそ、と呟く。


 藍子はごくごく一般的な女子大生だった。

 外見にも恵まれ、両親にも甘やかされて育ったためか、物心ついたころから己の思い通りにならなかったことなど、数えるほどしかない。

 予定では東京のマスコミ関係の企業に就職するつもりだった。

 

 大学に入ってからの2年で8人の彼氏と付き合った。20日ほど前に最後の彼氏と分かれ、次の彼氏候補ともベッドをともにする仲になったばかりで、今度の男とは結婚もうっすら考えていた。

 学食には寄り付かず、大学の近くのカフェで友達とカフェラテを飲みながら恋バナに花を咲かせ、男の金で買い物を楽しむ、スクールカースト上位の勝ち組な女子大生で、卒業してからも勝ち組の人生を送るはずだった。

 あわよくばマスコミの仕事を通じてイケメン俳優と出会い、付き合って有名人と結婚してセレブな生活を送るはずだった。自分にはその価値があると信じて疑わなかった。

 

「それなのに、どうして」

「あなたも所詮は子供ですね」

 

 呟くように繰り返した藍子に、視線すら向けずに允恭が容赦ない言葉を投げつける。

 

「自分の価値も正しく理解できない子供は、周りの大人に利用されるだけですよ」

「……何よ、あんたは自分の価値を知ってるって言いたいの」

「少なくとも、あなた達よりはね。ただどうでしょう、大河内さんや笹川さん、それに小川さんは……少なくとも小川さんは、私よりも頭がいいでしょうね。賢く立ち回れるかどうかは別にしてですが」

「どういう意味よ。あのガキはともかく、私まであのヤクザより下だっていうの」

「えぇ、明らかに下です」

 

 允恭の顔には、貼り付けたようなうっすらとした笑みが浮かんでいる。

 馬に似た動物の手綱を器用に操り、甲冑姿も慣れたものだ。

 

「須藤君は、自分の価値を低く見積もりすぎていた。勇者という特性がもしも遺伝するものだったらどうなるか、そこを考えなかったのが彼の一番のミスですね。そして中西さん、あなたは自分の価値を高く見積もりすぎている」

「……何よそれ、私が思い上がってるとでも」

「その通りですよ。あなたも必死で学ばなければ、魔法なんて使えるようにならない。それなのに毎日毎日、癇癪を起こしては酒に逃げていた。その結果が今です」

 

 藍子は言葉を返せなかった。確かに、その通りだったからだ。

 

「小川さんのことも馬鹿にしていたでしょう? 彼女が普通に喋れないからといって。実のところ、彼女は極端に頭が良い。いわゆる天才という部類でしょう。彼女は書庫で必死に魔法を学んでいた。それに、周囲が賢者というものにどれだけの価値を見出しているのか、期待しているのか、利用したいと考えているのかも観察していた。だから、逃げたんです」

「…………あんたがロリコンだから、贔屓目(ひいきめ)でしょ」

「ほら、それです。そうやって相手を見下すバイアスがかかっている。そして何の根拠もなく贔屓目だ、と決めつけた。それこそが中西さん、あなたの失敗の原因です。あと、私はロリコンと言うよりも、成長途上の女性が好きなだけですよ」

 

 允恭の言葉は止まらない。

 彼にとっても、いけ好かないタイプの女性である藍子をいたぶるのは、この上なく心地よい行為だ。

 馬車で半裸のまま連れてこられた世話係のリズを弄ぶ行為の次くらいに、允恭にとって快感をもたらすものだった。

 

「それに笹川さんに大河内さん、でしたか。彼らはヤクザということでしたが、それだけに相手と自分の力量を見誤ればそれは命に直結するミスです。笹川さんは国王の性情も、貴族たちの事情も、直感的に見抜いていたんでしょうね。それに、笹川さんと一緒だった大河内さんも同じでしょう。だから二人で阿吽の呼吸で最初に逃げたんじゃないでしょうか」

「……そんなの、結果を見れば誰だって言えるわよ」

「そうですね。ですが中西さんは結果を見ても言えませんでした。わかりますか、中西さん、あなたは『誰でも』以下なんです。だから、明らかに『下』なんですよ」

 

 ぎり、という歯ぎしりの音。藍子の顔が悔しそうな表情一色に染まった。

 

「中西さん、どうやら理解していなさそうですから念の為に言っておきますが、この出兵にあなたを同行させたのは、同郷のよしみというもの、私の善意ですよ?」

 

 にた、という藍子の背中一面に鳥肌が立つ笑みを向けた允恭が、片手を手綱から話して遥か北を指さした。今まさに允恭達が進軍している方角だ。

 

「この規模の軍勢で、おそらくはバルザック・ニグル公爵という男と戦いになるでしょう。大規模な混乱になるはずです。もし逃げたければその隙にどうぞ」

「え……わ、私を、こんなところで放り出すつもり?」

「人聞きが悪いですね、逃げるチャンスをあげているつもりなんですが。このままだと中西さん、あなたは城に帰ったら適当な貴族の御子息にご褒美として差し出されることになりますよ? 何しろ勇者という特性が遺伝する可能性があるんです。大魔道士という特性だって遺伝するかもしれないでしょう? 誰か武功を立てた騎士がいたら、褒美として提供されることでしょうね」

「な、何よそれ! そんなの許されないわよ!」

「許されますよ。何しろ女王陛下がそうするでしょうから」

「私の人権はどうなるのよ!?」

「ありませんよ、そんなもの。ひょっとして未だに、ご自分に基本的人権なんていうものがあると思ってたんですか?」

「……そ、そんな……嫌よ、嫌よそんなの……」

「そうでしょう? だから逃げるチャンスを与えているんです。ここから逃げて生きる道を模索するか、無事城に帰って適当な貴族の愛人として子を生むか、それとも戦いに巻き込まれて死ぬか」

 

 藍子がアルコールのせいで不健康な顔色の顔を上げると、糸目の允恭と視線が合った。

 

「最期くらい、自分で決めたら如何です?」

 

 ぶるぶると藍子の手が震え始める。

 慌てて革の水筒にいれられた酒を浴びるように飲み込むと、お世辞にも美しいとは言えない表情で白銀の鎧をまとった聖騎士を睨みつける。

 

「この悪魔……」

「これは心外ですね、私は、御仏に帰依す僧侶。悪魔とは程遠い聖騎士ですよ?」

 

 再び聖騎士の口角が上がり、食べもしないエモノをいたぶることに愉悦を覚える、両生類か爬虫類のような笑顔を浮かべた。

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