転-11 聖女の尋問、賢者の哀願
ぱぁん、という派手な破裂音。
椅子に縛り付けられた男は、何度目かもはや数えることも諦めた気絶から、現実世界に引き摺り戻された。
「あらおはよう、よく寝てたわね」
第二騎士団に所属する若き騎士は、朦朧とした意識のままで眼の前の小柄な女を睨みつけた。
「……目が……見える……?」
「そ。気付いたみたいね? 心配しないでいいわよ、生きてさえいれば治してあげるから。じゃアシュさん、続きよろしく」
『良かろう』
「ひいいいいいいッ?」
アシュタロスの姿をみとめた騎士は、一瞬で思い出した。
どれだけ控えめに表現しても拷問としか言えないほど苛烈な『尋問』は、すでに半日続いていた。
鍛えられ、訓練を受けた騎士である男が、泣きわめきながら
『お願いだ、殺してくれ、ひと思いに殺してくれ!』
と絶叫して懇願する。そんな苛烈な拷問を何度も繰り返し受けていた。
『誇るがいい、この大公爵アシュタロス直々の尋問を味わえるなど、末代までの誉れである。もっとも、貴様自身が末代であろうがな』
「ま、まて、待ってくれ! 喋る! 何でも話す! だからやめてくれ、お願いだ、頼む!」
『だそうだが、どうする小僧、この程度の軽い尋問でペラペラと話す内容を信じるか?』
アシュタロスが『この程度』と言った尋問は、対拷問の特殊訓練を積んだものでさえ想定すらしていなかった、文字通り地獄の責め苦とも呼べるものだ。
「し、信じましょう……」
『ふん、甘いな。そのように甘いからこそ、あの小娘への尋問も免除してしまったのだろう。貴様が真に民衆の安全を第一に臨むのであれば、どれだけ懇意であろうとあの小娘こそ真っ先に尋問すべきであったろうにな』
「全くよね。騙されたフリして男を騙すなんて、まぁ女なら誰だって普通にやるわよ。それが貴族ともなれば、やらないと思う方がどうかしてるわね」
直前の尋問では、若い騎士は両手の指10本の内8本の全ての関節が逆に曲げられ、両足も膝から下の骨が砕かれ、さらに両目ともに潰されてしまっていた。
だが、今椅子に縛り付けられている騎士の手の指は全てきれいに治癒しており、その両目はしっかりとアシュタロスの姿を捉えていた。
悪魔の尋問により瀕死の重傷を負ったとしても、聖女の平手打ちにより全快、そして再び尋問を受ける、という無間地獄ともいえる責め苦を受けることになる。
「とりあえず、私が聞きたいことはいくつかあるから、全部答えてもらうわよ。アンタたちの親玉は? 絵図を描いたのは誰? あの女伯爵、アンタたちのボスが本当の親玉?」
「ち、違う、ライツ伯爵は何も知らされていないはずだ、あの女は正義感ばかりが強いから扱いやすいと、そう王女殿下が」
「あっそ、そういうことか。なぁるほど。で? その伯爵を利用しようってのは本当に王女のアイディア?」
「そ、それは、それは……せ、聖騎士殿が……正義感の強い女は扱いやすいと……」
ちっ、と綾子が舌打ちをすると、騎士がガタガタと全身を震わせる。
「あの生臭坊主……やっぱあいつが絡んでたのね。で? あんたはその王女様の命令でこの公爵さんを殺しに来たと」
若い騎士は怯えた表情のままで頷いた。
「それじゃ、キミにはちょっと働いてもらおうかしらね。公爵、第二騎士団の残りを全員集めて整列させて」
「え? ぜ、全員を?」
「そうよ。当然、あの甘ったれた貴族のお嬢様もね。拘束済のはとりあえず置いといて、今拘束されてない第二騎士団の騎士を全員よ」
程なく、公爵邸前の広場に150人ほどの騎士が整列した。その先頭には、第二騎士団長アレクサンドラ・ライツの姿もあった。
騎士たちは甲冑を身に着けておらず、武装を解除した状態になっている。
「さて、じゃ働いてもらおうかしら」
先程まで尋問を受けていた若い騎士が、全身をビクッと震わせる。
「言っておくけど、この悪魔に嘘は通じない。ひとつ嘘を言うたびに、拷問豪華フルコースを一回ずつ追加するからね」
「ひっ……っ……」
若い騎士は、同僚の騎士たちの眼の前で派手に失禁した。
ガチガチと音が出るほど口が震え、膝もまともに立っていられないくらい激しく震える。
「立ちなさい。あんたたちのお仲間の肩を叩いてもらうわ。言っとくけど、お仲間を1人でも見逃したり、お仲間でない者の肩を叩いたら、それもウソ1回にカウントするから。ちゃんとウソつかずに言う通りにしたら、ご褒美として楽に死なせてあげるわ」
「あ……悪魔だ……お前らには血も涙もないのか」
『何をわかりきったことを。吾輩は悪魔の中でも地獄の大公爵、大悪魔であるぞ。小僧、貴様どうやら吾輩の尋問がよほど気に入ったと見えるな?』
「そりゃそうよねぇ。アシュさんは普通に悪魔だし、私はヤクザだし。どのみち詰んでんのよ。ほら、さっさと動く。私が『早く』っていうたびに尋問1日追加するわよ」
もはや絶望すら生ぬるい、とでもいいたげな土気色の顔のまま、若い騎士はゆっくりと歩き出す。事情を知らされていない騎士たちは、呆気にとられたような顔でゆっくりと歩く三人を眺めていた。
ぽん、ぽん、と騎士たちの肩に手が置かれていく。
次第にその肩叩きが意味する事がわかって来たのか、騎士たちの一部がざわつき始めた。
「全員気をつけ! 直立不動! 一歩も動くなぁ!」
騎士団長アレクサンドラの怒声が広場に響く。
反射的に騎士たちは気をつけの姿勢に戻る。
たっぷり1時間以上かけて150人のすぐ後ろを歩き回ったのち、3人はアレクサンドラの前に立つ。
『号令をかけよ、小娘。肩を叩かれたものはこの場に待機。そうでないものは詰め所で謹慎だ』
「…………承知した……聞け! 今肩を叩かれたものはその場で気をつけ! 叩かれていないものは謹慎だ! 詰め所に戻り指示あるまで部屋から出るな!」
ややざわつきはしたものの、まばらに部屋に戻る騎士たちが広場をあとにした。
なんと130名もの騎士が、その場に残っていた。
「まさか、そんな、そんな……そんなことが、ここにいる全員が、そんな……」
その場を立ち去った騎士は、わずか16名。
王女の放ったスパイは、なんと騎士200名の内184名にも上っていた。
アレクサンドラは、正義感が非常に強い女騎士である。
まだ若く、正義感が先走りやすい性情ではあるが、権謀術数に長けた貴族や王族らから見れば非常に御しやすい、ただの愚直な小娘でしかなかった。
彼女が第二騎士団の長に据えられたのは、単純に操りやすいからというのが理由である。騎士としての技量、力量を見込まれてのものではなかった。
『センチネル、拘束せよ』
『御意』
アシュタロスの短い指示に反応したのは、仮面のような笑顔を貼り付けたままのセンチネル「たち」が、直立している騎士たちを背後から羽交い締めにする。
「私は……私は、いったい、そんな、どうして」
『立て小娘。顔を上げ現実を見るがいい。これが貴様が連れ込んだ、公爵を害さんとする刺客どもだ』
アシュタロスは一切慈悲をかけなかった。
もはやアレクサンドラは泣き顔を隠そうともせず、慟哭とも言える嗚咽を漏らしている。
『さて、これだけいると流石に尋問も面倒だ。アヤコ、貴様さえ良ければセンチネルに尋問させるが、どうする』
「そうね、さすがに私もこれだけ面倒見きれないわね。じゃアシュさん、お願い」
『ククク……せいぜい楽しませてもらうとしようか。光栄に思うがいい、生きながらにして地獄を味わえるなど、常人には許されぬ栄誉であるぞ』
130人の騎士たちは、子どものようなセンチネルにより指1本動かせない状態に陥っている。
声も出せず、目を閉じることすら許されない今の状況ですら、立派に地獄と言える。が、彼らは凄惨な戦場が楽園にも思えるほどの責め苦を、これから味わうことになる。
綾子は大きく伸びをしてから、まだ呆然とうずくまっているアレクサンドラに向き直った。
「で? あんたどうすんの? 死ぬっていうなら止めないわよ」
一切情け容赦のない言葉を、火の玉ストレートのように投げつける。
「現実から逃げたきゃどうぞご勝手に。そんな腰抜け、いるだけ邪魔だわ。そうね、足手まといになりたくなければさっさと自分でケジメとったら? その方が手間も省けるし、こっちとしても助かるっちゃ助かるのよね。ほら、やるんならさっさとしなさいよ」
「きっ……貴様ぁ…………」
「あ、あ、あや、あ、あや、子、さん」
くい、と軽く綾子のシャツの裾を引っ張った賢者、菫がふるふると首を横にふる。
「この、こ、こ、こ、この、人、わ、る、悪い、ひ、人、じゃ、な、な、ない」
「んー……まぁそうだとしてもさ?」
「お、おね、おね、おね、お願い、あ、綾子、お、おね、おねえ、さん」
小柄な菫が、実は大きな目にうっすらと涙を浮かべ、懇願するように上目遣いで綾子を見上げる。
日本人の成人女性としては小柄な綾子が、人から見上げられる事自体、そうそうあるものでもない。さらに、菫は普段目立たないように振る舞っているが、基本的に美少女である。
まだ中学生の美少女が涙目で懇願しているのだ、極道の世界に身を置いていた綾子にとっても、心を動かされないわけにはいかなかった。
おまけに、綾子は基本的に美少女美少年が大好物である。
美少女菫と美少年ヨシュアは、実は綾子にとって好みのどストライクど真ん中だ。
「な、なん、な、何、何で、も、す、する、する、から」
「スミレちゃん」
綾子が優しく、ぎゅっと菫の痩せ気味な身体を抱きしめる。
「女の子が軽々しく何でもするなんて言っちゃダメよ? わかった、おねえさんもスミレちゃんのお願いなら聞いちゃう。ね? だからそんな泣きそうな顔しないで? ね?」
こくり、と菫が小さく頷いた後、菫を抱きしめたまま綾子が顔だけをアレクサンドラへと向ける。
「この子に感謝しなさい。命の恩人として。まぁ貴族がそんな殊勝な心をもってるならね」
綾子がアレクサンドラに投げかけた言葉は、菫へ優しい声をかけた者と同一人物のそれとは考えられないほど、冷たく突き放すようなものだった。




