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転-7 聖女の決意

 サンサルバシオン王国騎士団は、完全に3つの勢力に分かれていた。

 王太子派に属する第一騎士団と第三騎士団。国王派に属していた第四騎士団は、フォード団長以下数十名が離脱しており、残りのおよそ900名に加え、当初王太子派に属していた第二騎士団の一部は、国王派に鞍替えしている。

 王太子派の騎士団は、第一騎士団長アウフタクト侯爵が総指揮官となっており、総勢力はおよそ4300名。

 国王派に属するのは第四騎士団と第二騎士団の残党、およそ1000人であり、フォードが『追放』されて以降はなんと聖騎士村上允恭が指揮官になっている。

 

 国王派の旗頭であるはずの国王と王妃は急病のため自室に閉じこもっており、急遽摂政となった王女ベルナデッタにより王太子アルベルトの謀反に対する討伐令が出されたばかりだ。

 

 そして第三勢力はバルザック・ニグル公爵を筆頭とする公爵派で、第二騎士団、第五騎士団にバルザックを慕う戦士団により構成されている。

 バルザックの手勢と呼べるものは騎士が300、戦士が200の総勢500程度であり、目下サンサルバシオン王国北西に位置する公爵領において守りを固めている。


 王都からは度々第三騎士団が、公爵に対し王太子派陣営への参加を呼びかける使者を送っているが、予想以上に堅固な守りに阻まれ公爵との面会には至っていない。

 

「で、では公爵閣下の下には、ゴルドベルク軍が?」

 

 フォードの問に、エミリアが鷹揚に頷いた。

 

「うむ。バルザックの下には我が部下、アイザック准将と東部国境守備隊の一部を派遣している。オーガ族の重装盾兵200人にエルフ族の魔導弓兵が100人。こう言っては礼を失する物言いになるが、サンサルバシオンの騎士団ごときが相手であれば、防衛に問題は生じるまい」

 

 オーガ族は、男性の平均身長がおよそ2メートルを超える屈強な種族だ。

 人間など比較にならないほどの膂力に、250キロを超える体重ながら恐ろしく鍛え抜かれた筋肉と、分厚い金属の全身鎧を装備して日に数十キロを走って移動できるほどの体力を誇る。オーガの重装盾兵が防御に徹すれば、百人が守る砦であっても攻略に1万人の兵を必要とする、と言われるほどの鉄壁の防御力を誇る。


 おまけにエルフ族の魔導弓兵は、遠距離戦のスペシャリストだ。遠く離れた間合いからは魔法が放たれ、中距離では矢の雨が降ってくる。近距離まで接近できたとしても、全員が短剣術の達人だ。まさに攻守に優れた布陣であり、実践経験に著しく欠ける第一、第三騎士団では接近すら難しい。

 

「国王派についてだが、我々が入手した情報によれば、第四王女ベルナデッタが勇者、大魔道士、聖騎士の身柄を押さえているそうだ。聖騎士については国王派の軍勢の指揮を取っているそうだな。戦場を知らぬ指揮官であるとはいえ、聖騎士は勇者に比べ有能であると聞く。警戒するに越したことはあるまい」

「えぇ、その通りね」

 

 エミリアの話を遮るように、エアリアが優雅にコーヒーカップを持ち上げて美しい顔を綾子へと向けた。

 

「アヤコさん、件の聖騎士殿についてですけれど、その人となりは?」

「外道、人間のクズよ」

 

 エアリアの問いに、アヤコは一瞬のためらいもなく即答した。

 

「賢者のスミレちゃんに、あの子の使い魔からの情報だと……あの生臭坊主は、幼い女の子に欲望をぶつけるようなケダモノよ。ケダモノって言ったらケダモノに失礼なくらいね。もし城に15歳未満の女の子がいたら、全員避難させたほうがいいくらいだわ」

「そ、そんな……」

 

 アヤコの言葉に絶句したフォードは、危うく高級品のコーヒーカップを落とす寸前で、なんとか踏みとどまった。

 

「聖騎士殿は……勇者殿、大魔道士殿と違い勤勉で、謙虚で、誠実であられた……その聖騎士殿が、インギョウ殿がまさかそのような」

「あいつの世話係、最初は大人の女だったらしいけど、子供に替えられたらしいわね。不思議には思わなかったの? どうしてわざわざ子供を指名したのか、あの男の世話をし始めて様子が変わったようなところがなかったか、誰か見てあげられる大人はいなかったの?」

「それは…………それは……」

 

 フォードもアイリーンも、顔から血の気が引いていた。

 

「ったく……アンタたちの国ってどうなってんのよ。子供を護ろうっていう大人はいないの? 子供は国の未来そのものよ? 何よりも最優先で護らなきゃいけない存在なんじゃないの?」

 

 村上允恭は、王城内での評判は極めて良かった。

 

 誠実で勤勉、王族に対する礼儀も、礼法こそサンサルバシオンの伝統とはことなるものの、慇懃な態度や言葉遣い、優雅な立ち居振る舞いから気位の高い貴族たちからの評判も良かった。

 允恭に個室が割り当てられた際、世話係を命じられた女官は允恭と歳も近い26歳の子爵令嬢であった。

 女官としても五50の部下の監督を任されるほどに有能で、頭脳明晰にして容姿端麗、王城に勤務する第一騎士団に所属する騎士たちからも羨望の眼差しを向けられることが多かった。

 

 召喚勇者たちの世話自体は、女官やメイド、それに城に仕える者たちにとっては名誉なことである。当初子爵令嬢は嬉々として允恭の側仕えを始めた。

 が、わずか2日で允恭から『私の世話係などさせるにはもったいないほど有能な方です。このような方は、より実力を発揮できる仕事に就くのが国のため、ひいては国王陛下の御ためです。私の世話など最低限で結構ですからまだ見習いの方を、そうですね、例えば最近城づとめを始められた年若い方を割り当てていただければ』と、やんわりと配置換え希望を出されてしまった。

 この配置換えは允恭の謙譲の精神からくるものであると誰もが考えていた。

 

「まさか、まさか、そんな、私達はそれでは、よりによって危険な小児性愛者に、わざわざいたいけな少女を」

「残念だけど、その世話係の子は毎日毎日犯されてるそうよ。それに、男爵家のご令嬢2人、最近では掃除係の娘にまで手を出してるそうね。可哀想に、その女の子たちの絶望を考えるだけでもゾッとするわ」

 

 かしゃん、と軽い音を立ててアイリーンがカップを倒してしまった。

 メガネの奥の目は明らかに動揺しており、ぶるぶると手が震えている。

 

「そんな……掃除係の女の子なんて、10歳とか12歳とか、そんな歳ですよ? そんな子供が、あんなカラダも大きな男に……?」

「ねぇアイリーンさん? あなた犯されたことはある?」

 

 綾子が、エミリアやエアリアが驚くほど冷たい声をアイリーンに投げかける。

 

「自分よりも遥かに大きくて、力も強くて、はねのける事なんてできっこないような、そんな男に力づくで犯されたことは? 凶暴で、ただただ自分の欲望を吐き出すことしか考えてない男たちに、代わる代わる辱められたことは?」

「……あ、ありません……」

「そう、私はあるわよ。だからこそあの生臭坊主に犯された子たちの気持ちはわかる」

「あ、アヤコ、貴様」

 

 思わずエミリアが綾子の隣で立ち上がる。

 

「まだ私がこっち側に来る前、10年くらい前の話よ。だからかしらね、私は直感的に『女の敵』といえるような男は見分けられる。あの男、村上允恭はそのなかでも最悪の部類よ」

 

 しん、と部屋の中が静まり返る。

 小柄で、長身痩躯なエルフ族基準で見れば子供なみの体格しかない綾子が、そんな壮絶な体験を経ているなどエミリアもエアリアも、アイリーンも想像だにしていなかった。

 

「何があっても、あの男だけは生かしておけない。それに、ただただ女のカラダを貪ってたっていうあのクソ勇者もね。んで? 大魔道士は何やってんの?」

「う、うむ……大魔道士殿は、まぞ……いや、エルフ族の子供を魔法で焼き殺して以来酒浸りになっている……魔法ももはや使えまい」

「いい気味よ。せいぜい苦しめばいいんだわ。子供を殺すようなド外道に慈悲は要らないわよ。私は子供を殺すやつ、犯すやつ、子供に人殺しをさせるやつは絶対に許さない。這いつくばって泣きわめいて『お願いですから殺してください』って言わせてから、じっくりじっくり時間かけてなぶり殺しにしてやる」

 

 ず、と軽い音を立て、綾子が3杯目のコーヒーを飲み干す。

 

「勇者、大魔道士、聖騎士の3人。あいつら許さない。エアリアさんもエミリアさんも、それに騎士団長さんたちも。もしも邪魔するようなら敵とみなすわよ」

 

 綾子の顔から表情が消え、百戦錬磨の4人ですら背筋が凍るほど冷たい目でぐるりと全員の顔を見渡した。

 

「安心しろアヤコ、私とて女だ。子供を嬲り、犯し、殺すような外道は断じて生かしておかん」

「そうですわね。アヤコさん」

 

 雷帝の異名を持つ人類最強の魔剣士が、優しくアヤコの冷たくなった手にそっと手を乗せる。

 

「私達ゴルドベルクの民も、あなたと同じ気持ちです。戦士として、将軍として、女として、そして母として、子供を痛めつけるような者には」

 

 エアリア・ダンタンの居城から遠く離れた渓谷、バルトーク渓谷に特大の落雷。

 数度、薄暗くなった空に稲光が走った。

 

「然るべき報いを、与えねばなりませんね」

 

 静かな怒りを称える雷帝を目の当たりにして、アイリーンは失禁をこらえるのに必死であった。 

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