転-6 美しき大将軍
ゴルドベルク王国の北方を護るエアリア・ダンタンは、齢1500年を超えるエルフの魔剣士であり、人類最強と謳われる傑物だ。
そんな彼女の前に、全身に傷を負った初老の男が跪いていた。
「遠慮はいりません、顔をお上げください」
よく通るアルトの声が、広い石造りの部屋に反響する。
一国の王の謁見の間のように荘厳な間で、玉座と思しき椅子に腰掛けているのは、褐色の肌に銀白色の髪、深紅の瞳という特徴的な外見に加え、どう控えめに表現しても『絶世の美女』としか表現出来ない女だ。
「お気遣い、痛み入ります。私はフォード・クレート。サンサルバシオン王国第四騎士団で団長を務めておりました」
「ご高名は聞き及んでおります、フォード団長。怪我のお加減は大丈夫ですか?」
「重ね重ねお気遣い感謝いたします、ダンタン大将軍。幸い骨は折れておりません。この程度の怪我は……」
途中まで話して、フォードは顔をしかめ言葉を止めた。
「……騎士として、戦いの現場に身を置くものとしてこの程度の怪我は日常茶飯事。……いや、騎士として背中の傷は恥とせねばならぬもの。見苦しいものをお見せして申し訳ありません」
フォードの後ろに控える数人の男たちも、全員が無傷ではない。中にはまだ傷が塞がらず、服の上まで血が滲んでいる者もいる。
「聞けばお国には、ゴルドベルク王国には賢者殿、拳王殿、それに法術士殿が身を寄せておられるとか」
「えぇ、確かに」
大将軍の言葉は短かった。が、フォードが綾子達一行がゴルドベルクに亡命した事を知っている、その事自体には全く驚いていなかった。
「我ら第四騎士団総勢1000名の内、私についてきた者はわずか50名。そしてここまでたどり着けたものは、今この場におります8名のみ。貴国にしてみれば取るに足らぬ、戦力とも呼べない規模であることは重々承知しております。ですが――」
「承りました。あなた方の亡命を受け入れましょう」
フォードの言葉が終わる前に、エアリアは慈母のような優しい笑みを浮かべ、この上なく明確に宣言した。
本来ならば亡命の受け入れについては、国王ヨシュアの承認が必要な重大案件である。が、王国軍においても最古参の大将軍、それも国の半分を護るほどの権限を持つエアリアには、国王に次ぐ決裁権が与えられている。
これはヨシュアからの全幅の信頼を前提としたものだが、西方を護る『氷雪のネストリウス』、北方と東方を護る『雷帝エアリア』ら大将軍は、いずれも2代前の国王から続いてヨシュア王に対して絶対の忠誠を誓っている。
彼らがヨシュア王の不利益になりうる判断をするなど、天地がひっくり返ってもありえないことだった。
「法術士をここへ。全員に最善の治療と、あとは温かい食事の用意を。急ぎなさい」
エアリアが立ち上がり、優しげな声で周囲に指示を出すと、美しい敬礼の所作の直後数名が駆け出した。
「だ、大将軍……?」
「よくぞ我らを頼ってくださいました、フォード団長。バルザック・ニグル公爵の元へは、後日お送り致しましょう。その前にご説明が必要な事がいくつかありますが、まずは怪我の手当を。ご説明は食事の席ですると致しましょう」
フォードの直ぐ目の前に歩み寄った雷帝は、しゃがみ込んで優しい笑みを浮かべる。
この微笑みだけで国の1つや2つは傾くに違いない、とフォードが確信するほどに、ダークエルフ族出身のエアリアは美しかった。
数刻の治療を終え、フォードとエアリアは簡素だが質の良い夕食に舌鼓をうっていた。
暖かい、新鮮な野菜をふんだんに使ったスープに、騎士団長という身分でも滅多に食べようという気になれない肉のグリル、そして柔らかい白いパンに、ゴルドベルク王国の東部の名産であるというフルーツの盛り合わせ。
そのいずれもが目を瞠るほどに美味で、またテーブルの上の料理を食べるエアリアの所作も非常に美しく、尊い身分にある者はかくあるべし、という見本のような振る舞いだ。
「フォード団長のお口に合えばよいのですが」
「あ、ありがとうございます……率直に申し上げて、あまりにも美味で驚いております」
「そうですか、それは重畳」
食後のコーヒーですら、香り高くフルーティな後味すら感じられる一品で、美しい磁器のマグカップに惜しげもなく注がれたコーヒーには、新鮮なミルクと砂糖も添えられていた。
「大将軍、それで……その、説明が必要な事とは」
「そうですね、とても大事なことなのですが、その点は私からお話するよりも」
ちら、とエアリアが直ぐ側の給仕に視線を送ると、ドワーフ族の給仕はどすどすと思い足音を立てドアへと歩み寄る。
「彼女からお話頂いた方が良ろしいかと思います」
ドアが開くと、3人の女が姿を表した。
一人は小柄で髪も短く少年のようにも見える、気の強そうな女。
一人はメガネを掛けてローブを身にまとった見覚えのある女。
そして最後の一人は、身の丈2メートルを超える鍛え上げられた体躯を持つ、褐色の肌の女。
「お1人は、ご紹介は不要ですわね」
「ふぉ、フォード団長! 本当にご無事だったんですね!」
「アイリーン……貴公、生きていたのだな」
メガネを掛けた第五騎士団団長のアイリーン・サーサーンはフォードの姿をみとめると、彼の傍へと駆け寄った。
「アイリーン団長、まずはお2人のご紹介をさせてくださいな。まず小柄な女性ですが、彼女はササガワアヤコ様、サンサルバシオンを追放された法術士で、勇者や大魔道士と同じく、お国に召喚された方です。そして大きいのは我が娘エミリアです」
「え、エミリア・ダンタン……バルトーク大橋の守護神と言われた、あの猛将……」
「うむ。貴様がフォード・クレートか。お初にお目にかかる。エアリア・ダンタン大将軍麾下にてゴルドベルグの東方を守護する中将、エミリア・ダンタンだ」
エミリアは巨躯に似合わぬ静かさで、母エアリアの隣の席に腰掛ける。
そのエミリアの隣に座ったは憮然とした表情の綾子だ。
「言っとくけど、私はこのおっさんの話なんて聞く気はないわよ」
綾子はフォードの言葉を待たず、この上なくきっぱりと言いきった。
「私はサンサルバシオンに一方的に呼び出されておいて、一方的に追放された。恨みこそあれ助ける義理なんて無いわ」
「アヤコ、そう言うな。貴様の気持ちもわからんではないが、これは政治の話になる」
「そう。じゃ好きにして。私から伝えることはただ一つ。私はサンサルバシオンを許さない」
不機嫌そうな顔ではあるが、綾子はコーヒーを運んできた給仕に礼儀正しく礼を伝える辺り、冷静であはるようだった。
「私達は、少なくとも私とサブとスミレちゃんはサンサルバシオンの利益になるようなことはしないし、協力だの何だのは一切期待しないで」
「……無論だ、我々はそれだけのことをしてしまった。謝って済む話でないことは重々承知している。だがどうか、謝罪を――」
「断る。要らない。却って迷惑よ。自分が楽になりたいだけの謝罪なんて、傲慢な自己満足でしかない。そもそも謝罪させて貰えるなんて、思い上がるんじゃないわよ」
綾子はフォードと視線すら合わせようともせず、コーヒーを一口飲み込むと、静かにコーヒーカップを皿に置く。
「エアリアさんとエミリアさんがこのおっさんの亡命を受け入れるというなら、それはどうぞお好きなように。私が口出しするようなスジの話じゃないわ。ただ、間違っても私やサブ、それにスミレちゃんに助けを求めないで。あとごめんなさいエアリアさん、この際だから言いたいこと言わせてもらっていいかしら?」
「えぇ、ご随意に」
エアリアは少し困ったような笑みを浮かべているが、余裕のある態度だ。
「前もって言っとくけど、これはただの八つ当たり。おっさん、あなたがあの化け物みたいなデブ国王と決別したってのは分かってる。だから本来はあなたに言うべきことじゃない、重ねて言うけど、これは単なる八つ当たりで私の憂さ晴らしよ」
一気にそこまで話してから、カップに残ったコーヒーをぐいっと飲み干すと、綾子は立ち上がり、びしっとフォードとアイリーンの2人を順に指さした。
「っざけんじゃないわよ! お偉いさんの勝手な事情で勝手に呼び出すだけでも人としてどうよってマネしてんのに、思ってたよりコスパ悪いからって追放とかする? あんたたちの道徳観念どうなってんの! それと! 医療に携わるモンにもっと敬意を払いなさい! 人の命を奪うだけじゃなくて、救う側の価値にもっと重きを置くべきでしょうが!」
「……返す言葉もない……」
「そうよ! 口答えの資格なんて無いわよ! 手前ぇ勝手にも程ってモンがあるでしょうが! おまけにスミレちゃんみたいな子供を、保護するどころかイジメて孤立させるって何考えてんの! 内輪もめで国が割れるとか、もうバカバカし過ぎて笑う気にもなれないわ。私達は、アンタたちの謝罪なんか受け入れない。和解する気も無い。この場でアンタを殺さないのは、エミリアさんとエアリアさんの顔を立ててるってのを忘れないことね! 誰のお陰で明日の朝日を拝めるのか、よく覚えときなさい!」
一気に捲し立てた綾子は、鼻から大きく深呼吸をしてから、わざとらしく音を立てて椅子に座り込んだ。
「以上! 終わり! 私が言うべきことはコレだけ。さ、エアリアさんとエミリアさんの話を進めて頂戴。あと私もお腹すいたから食事良い?」
「えぇ、もちろんです。アヤコ様にも食事を」
エアリアが苦笑交じりにドワーフ族の給仕に指示を出すと、手際よく綾子とエミリア、アイリーンの前にも皿が並べられた。
後日、アイリーンが『あまりの緊張と居心地の悪さで、何を食べたのか全く覚えていないが、とにかく美味しかったことだけは覚えている』と語った晩餐会の始まりだった。




