起-1 どこのシマ
「……とまぁ、そこまでは覚えてんのよね」
綾子が尻餅をついたような姿勢のまま、周囲を見渡す。
真っ暗な空には満天の星。
そして、大きな輪っかのついた月が2つ。
「ねぇサブ」
「はい、お嬢」
「ここどこ?」
「……自分にはわかりません」
綾子のすぐ隣では、巨漢のサブがすでに立ち上がり、周囲を警戒している。
なぜか、彼らの周りには、遠巻きぐるりと囲むように大勢の人間が立っていた。
「アイツらも大船組かしら」
「…………どうやら違うようで」
「あのさサブ、ちょっと良い? ちょっと状況確認」
「はい、お嬢」
「私達、死んだのよね?」
「そのはずで。オヤジもお嬢も、自分も間違いなく」
サブは、自分の腹のすぐ下で爆弾が炸裂する感触を覚えていた。
全身が木っ端微塵になり、意識が一瞬で霧散する。痛みを覚える猶予もなく、1秒もたたず絶命したはずだった。
至近距離にいた組長笹川浩二も、そしてサブのすぐ傍に立っていたお嬢こと笹川綾子も、例外なく骨の一欠片すら遺さない勢いで木っ端微塵になって死んだはずだ。
だが、彼らは生前の姿そのままに、こうして会話すら出来ている。
「ここって地獄かしらね」
「そうかもしれません」
「ねぇサブ、そこは天国ですってツッコむとこ」
「お嬢、自分はお笑いはよくわかりませんで」
「あぁ、そうだった。お祖父ちゃんはいないのか……ってことは、お祖父ちゃんは無事に逝けたってコトかな。ンで? あそこで伸びてるのは何者?」
綾子とサブの2人から少し離れた場所には、5人ほどがうつ伏せや仰向けで倒れ意識を失っている。そのいずれもが日本人のようだった。
「自分も知らねぇ顔で」
「ふぅん……まぁ良いわ。ここでごねてても埒が明かないし」
すっくと綾子が立ち上がる。
巨漢の佐武郎と比較してもしなくても、綾子は非常に小柄だ。
「ねぇちょっと! これってどういうこと? 責任者は誰?」
小さなカラダではあったが、綾子の声はよく通った。
暗がりに目が慣れて来た綾子が、ぐるりと周囲を見渡す。
空は星が見えている。が、周囲は石造りの壁のようなものに囲まれ、よくよく見てみると床は平らで滑らかな石床だ。つまり、彼らがいる場所は何らかの建物の屋上のようなスペースだ。
周囲を遠巻きに囲む者たちは、いずれも白いローブのようなものを見に付けており、少なくとも日本人が一般的に身につけるものではない。ゲームやアニメに登場する神官や聖職者などが身につけるような装束とも思える。
「ねぇ! こっちの言葉わかる? ここはどこで、アンタたちは誰で、何がどうなってこういう……」
「ご説明いたしましょう」
落ち着いた声とともに、1人の男が歩み出る。白いローブに、派手な装飾が施された金色の杖を持った初老の男だ。
「……日本語? じゃない……でも言ってることは理解できる……わよね?」
「はいお嬢、自分もわかります。説明する、と言ってました」
初老の男は足音をほとんど立てず、後ろに3人のローブ男を引き連れて歩み寄ってくる。
「そこで止まれ」
サブが、綾子の前に歩み出た。
彼は綾子が子供の頃から、こうして常に綾子の盾となってきた。この動きもほとんど本能的なものだ。
「声は聞こえる」
「わかりました。警戒なさるのも無理はありません。私どもはニンゲンの国、サンサルバシオン王国のディメン聖教会の神官。わたしは神官長のネメスと申します。あなた方は、勇者として我がサンサルバシオン王国へ召喚されたのです」
「……ニンゲンの国? 三猿? ディメンとか聖教会とか、召喚とか……どういうこと? 理解できない言葉しかないんだけど」
サブの隣に立つように、綾子も一歩歩み出る。
「わかります。これから申し上げますことは大変ショックかとは思いますが……皆様はもとの世界でお亡くなりになりました」
「あぁ、それは知ってる」
「……知って……? そ、そうですか。それではその、勇者召喚という言葉は聞いたことは?」
「無いわね。サブ、あんた知ってる?」
「いえ」
「お、俺は知ってる」
不意に、倒れていた若い男がカラダを起こして声をかけてきた。
「でもそんな、本当にあるなんて……それじゃあここって異世界なのか? まさか、いやでもそしたら……そしたらチート能力もらって無双出来るってこと!? まじで!? やった!」
若い男は立ち上がり、周囲で気を失っている者たちのカラダを揺さぶって起こそうとする。
20歳くらいの女に、袈裟を身に着けた坊主と思しき男が目を覚ます。
綾子が視線を移した先には、綾子と同じくらい小柄な、まだ中学生くらいであろうか、地味な制服を見に付けた少女が倒れていた。
ぽんぽん、と綾子が肩を叩くと、もぞもぞと身体が動いて少女が顔を向ける。
メガネの奥の大きな目が何度か瞬きを繰り返し、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。
「じゃあこれってアレだよな? あの、魔王とかそういうのと戦うために、俺達が勇者として召喚されたっていう、そういうアレなんだよな?」
「はい、仰るとおりです」
「そしたら、流れとしては……やべぇ、テンション上がってきた。これからアレでしょ? スキル診断とかやるんだよな、やべぇ、マジやべぇ」
「ねぇちょっとあんた、何1人で納得してんのよ。説明して」
若い男は1人でやたらと興奮している。
「……皆様お目覚めのようですね。それでは、温かい部屋に移りましょう。軽食と飲み物もご用意しますので、皆様どうぞそちらへ」
神官長と名乗った男の案内で通された部屋は、かなり豪奢な造りだった。
笹川組事務所と比較すると10倍以上広い広間で、見たこともないような大きなテーブルと、やたらと装飾の凝った椅子。
そしてテーブルの上には、紅茶と思しき飲み物と華美な装飾を施された菓子が並べられている。
しばらく神官長からの説明が続き、最後に
「それでは、ご質問もあろうかと思いますが……残念ながらお答えできないこともあります。そこはどうかご容赦下さい。皆様にはこの後、スキル判定を行って頂いてから国王陛下との謁見へ臨んで頂きます。それまでしばらく時間がありますので、勇者の皆さま同士お互いを知る時間とされては」
と言い、若い神官を残して退室してしまった。
しばしの沈黙を破ったのは、先程テンションを上げていた若い男だ。
「俺は須藤誠。高校生……だった、って言ったほうが良いのかな。こういうのってラノベの世界にしか無いと思ってたけど、まさか自分が召喚されるとか思ってなかったよ。あ、趣味はバスケとサッカーな。よろしく」
軽い調子そう話すと、誠はちらりと視線をすぐ隣に座る若い女へと向ける。
華やかな容貌で、やたらと自信に満ちた表情である。
「私は中西藍子。大学生よ。なんか爆発があったことは覚えてるんだけど……ねぇ、須藤くんだっけ? こういうのってよくあるの?」
「いや、無いっすよ。フィクションの話だとばっかり思ってたんすけど……」
「そうなのね……それで、えっと……あなたはお坊さん?」
藍子が真向かいに座る男に声を掛けると、剃髪した袈裟姿の男はゆっくり頷いた。
「村上允恭です。実家が寺で、僕も僧侶をしていまして……檀家へ向かう途中ですごい爆発があったところまでは覚えていますが、やはり僕も死んだ……んでしょうね。まさか地獄でも極楽でもなく、こんなことになるとは思いませんでした。どうやらこの中では僕が年長のようですね。僕は31歳ですが、そちらの大柄な方は……?」
恐る恐る、という様子で允恭が視線を向けたのは、先程から歯を食いしばって「へ」の字に口を閉じているサブである。
「……大河内佐武郎、36だ」
サブは外見からして、どう見てもカタギではない容貌である。
自己紹介もごくごく簡潔で、誰も彼のこの言葉に何かを返そうとはしない。誠と藍子に至っては目を合わせないように顔を伏せていた。
「私は笹川綾子、26歳よ。ここにいるサブとは昔なじみだけど、彼は顔と見た目が怖いだけで、理由もなく人を傷つけたりしないから安心して。えっと……あなたは?」
綾子が視線を向けた先では、小柄な眼鏡の少女がもぐもぐとお菓子を食べている。
紅茶でお菓子を飲み込んでから、無表情なまま口を開く。
「お、お、おが、お、おが、小川、す、すみ、菫」
少女は吃音だった。聞き取りづらい小さい声で、何度もつまりながら話す。
「菫ちゃんね。中学生? 15歳くらい?」
こくり、と菫が頷く。
まるで人形のように表情がなく、また周囲の様子にもこの異常事態にもまったく動じていないようだった。
2つ目の菓子に手を伸ばし、ためらうこと無く口に運んで、まるで小動物のようにもくもくと咀嚼する。
「多分さ、これってアレだぜ。この世界の魔王と戦争してて、俺達は勇者として召喚されたってことだしさ、すげえ力を授かってそれで戦って……」
「ちょい待ち。佐藤くんだっけか? 戦うって本気で言ってんの? あなた戦いがどういうものか知ってる? 理解して言ってる?」
「……え?」
綾子の言葉に、誠が『何を言ってるかわからない』という顔を向ける。
「すごい力を授かる? それで戦う? 誰と? 何のために? そんなコトして何のメリットがあるの? 力には責任が伴うの。誰かに対してその力を使うなら、その結果には責任持たなきゃいけないの。分ってる?」
「あ、いや……そりゃその……」
「そもそも戦争? 要は戦力としてカウントされてるってことでしょ? 戦場で、場合によっちゃ鉄砲玉として、相手を殺してこいって言われんのよ? 何のしがらみもない相手を殺せる? その結果にはちゃんと責任持てんの?」
「いやでも、それはその、この世界のっていうか異世界召喚のお約束っていうか……」
誠がしどろもどろになったところに、藍子が助け舟を出してきた。
「ここの人たちは、戦争で追い詰められた。つまりは困ってるワケよね? 困ってる人に手を差し伸べるのって、そんな責任とか難しいこと考える必要あるかしら?」
「あるわよ。自分の意志で手を差し伸べる以上、その結果には責任が生じる。そもそも戦争中だとして、どっちがどっちに、どういう事情でどうやって仕掛けた戦争かもわからないし、背景も展望も、何なら今どっちに有利なのか、勝ち目があるのかも、何もかもわからない。とにかく情報が少なすぎるのよ。それで戦うだの何だの、無責任なコト言うなって言ってんの」
綾子が眉間にシワを寄せて背もたれに身体を預ける。
「少なくとも、私は気に入らない。追い詰められて、援軍がどーーーーーしても欲しかったとしても、本人の了承も得ずに拉致みたいに連れてきておいて、コトの背景も誰の絵図もわからない状態で戦争してる相手と戦えとか、そんなのスジが通らない」
「い、いやでも、これで功績上げたら俺達英雄だぜ? 場合によっちゃ貴族とかそんなのになれるかもしれないんだぜ? それに、俺達ここに身体ひとつで来てんじゃん、ここで生きてくなら、偉い人の言う事聞いたほうが絶対良いって! じゃなきゃどうやって生活するんだよ?」
「まぁまぁ、お二人共落ち着いて」
割り込んできたのは、僧形の男だ。
「確かに、僕らには今情報が足りません。何との戦争なのか、なぜ戦争が起きているのか、戦況がどうなっているのか、僕らに何を要求するつもりなのか、その見返りは何なのか。いずれにせよそういった情報が必要ですね」
落ち着いた、少し低めの声でゆっくりと喋る口調のせいだろうか、誠も綾子もかなり落ち着きを取り戻している。
「まずは、喉の乾きを潤して、少しお腹に入れて起きましょう。空腹時に大事な判断をするのはあまりおすすめできません。大河内さん、いかがでしょう?」
「…………異存はねぇ」
袈裟をまとった允恭は少しホッとした顔で、眼の前の菓子に手を伸ばす。
「スキル判定とやらがどういうものかはわかりませんが、どうやらこれから先の僕らに関わるものであることは間違いありませんね」
「きっとアレだぜ? 勇者とか、聖女とか、賢者とか、そういうスキルだぜ? でチートもあって……」
「だからそのチートって何なのよ。加藤くんだっけ? さっきから自分にしかわからない言葉使ってるけど、情報共有したいなら皆がわかる言葉使ってくれない?」
誠はかなり不満そうな表情を浮かべつつ、全員に説明を始める。
チートとは、いわゆる「ずる」や「優遇」のことだ。
こうして召喚された者は、たいてい常人では到底持ち得ない強力な能力を与えられる。それは腕力であったり魔力であったり、死者すら蘇生させるような回復力であったり、様々なものがある。
また、スキルにも「戦士」や「僧侶」などの一般的なコモンスキルから「勇者」「聖者」といった上位スキルなどがあり、そのスキルによってどのような力を使えるようになるかが異なってくる。
「やっぱさぁ、いきなり連れて来られたからには、それなりの配慮ってモンが欲しいよなぁ」
「そうよね、どうせなら何かこう……圧倒的な力を出せるようなスキルが良いわよね」
誠と藍子の二人は妙に楽しげである。
綾子の隣に座る菫は、相変わらずまったく表情を変えず、もくもくと焼き菓子を食べている。まったく動じていない様子から見て、この中で一番肝が座っているのは彼女かも知れない、そう綾子が考えたときだ。
「勇者様がた、お待たせ致しました。城内神殿へご案内いたします」
若い神官が全員に声を掛けた。




