起-2 勇者誕生
「さぁて。とりあえず、コレは慰謝料としてもらっとくわよ」
城から遠く離れた、おそらく貧民街であろう薄汚れた路地裏で、路地には数人の汚れた男たちがうめき声をあげながら倒れ込んでいた。
つい先程、サブと綾子の2人に因縁をつけて身包みを剥ごうとした男たちが、あっけなくサブに叩きのめされた。
「ま、待て……それは俺の全財産」
「うっさいわね、強盗やろうってんなら、返り討ちにあって身包み剥がされる覚悟くらいしなさいよ。悪党にも仁義ってモンがあるでしょうが」
げし、と男を容赦なく踵で蹴りつけて、革製の財布と思しき包を乱暴に奪い取る。このシーンだけ見たらどちらが追い剥ぎかわからない。
「それでぇ? どうするぅ? どっちでも良いわよ、この全員のお財布を私にプレゼントするか、ここにいる男にボコボコにされて、生まれてきたことを心の底から後悔するか。私は優しいから選ばせてあげる。どっちが良い?」
綾子がしゃがみこんで優しく語りかけると、男たちは我先にと財布を差し出した。
「あらありがと。男に貢がれるのって悪い気はしないわね。じゃあ貰ってあげる。これはお礼よ」
げし、という情け容赦のない踵蹴りを、血で汚れた顔面に叩き込む。
「ふぅん、まぁどれくらいの価値があるのか知らないけど、まぁまぁあるのかな……とりあえず、当座の生活費になるかもしれないわね。ねぇ、この財布の中身って、大人1人の食事何回分くらい?」
いまだ立ち上がれないでいる男の胸ぐらを掴むと、口と鼻からだらだらと血を流している男は、喋りにくそうに口を開いた。
「そ、その財布なら……大人1人が1週間は食っていける。宿に泊まって、毎日2回飯食って、それで10日は」
「あらそう、ありがと」
綾子の小さな拳が、男の顔面にめり込んだ。
「よし、これで私とサブの2人が1週間は大丈夫ってところかな。ねぇサブ、これからどうする——って、何? どうしたの?」
「お嬢、こいつ」
サブがしゃがみ込み、先程綾子が殴りつけた男の髪を鷲掴みすると、ぐいっと持ち上げる。
「怪我が」
「……治ってる? え? 何で?」
「お嬢、確かさっきあの胡散臭い神官が……お嬢のスキル? は回復させるものだと」
「え? ちょっと待って、私何もしてない」
「試しに、今度はこいつを」
ぽい、と男の体を投げ捨てて、隣でうずくまっている男のアタマを持ち上げる。
「うっわ、汚い……」
歪んだ鼻からは止めどなく鼻血が溢れ、顔にも数か所の切り傷がついている。
「試しに殴ってみてください」
「えー? ……ヤだなぁ、手ぇ汚れちゃうじゃん……ねぇ、やんなきゃだめ?」
「自分はこれまでと変わりませんが、お嬢は何ができるようになっているのか、知る必要があります」
「だよねぇ……あーもう、しょうがないなぁ」
と、心底嫌そうな顔で、綾子は一切の容赦なく男の顔を殴りつける。
ぐちゃ、という音の直後、まるで汚いものでも触ったように綾子が手を振る。
「……お嬢、どうやら」
男の顔の鼻は、先程まで明らかに軟骨が損傷して不自然に曲がっていたのが、なぜかまっすぐな状態に戻り鼻血も止まっている。
青あざも消え、切り傷もなくなっている。
「……何で殴った後の方が良くなってんのよ。まさか法術士の癒やしの力って、こういう使い方?」
「何をしているのです!」
不意に後ろから、若い女の声。
二人が振り返ると、そこにはシスターのような法衣を着た若い女が、震えながら立っている。
「こ、こ、こここんなところでいったい何を……」
振り返ったサブの迫力のせいだろう、シスターと思しき若い女は話しながらも後ずさりをする。
「あぁ、あの、怖がらないで。怪しいモンじゃないの」
綾子がゆっくりと立ち上がる。
小柄な少年のようにも見える出で立ちと、幼く見える顔つきのお陰で、シスターの警戒が少しだけ緩む。
「私達、遠いところから着たばかりで迷っちゃって、コイツらに財布を取られそうになってたんです。あの、もしよければ助けてほしいんです」
「……た、助け、ですか……」
ちらり、とシスターの視線がサブに向けられる。
「あぁ、彼は私の護衛なんだけど……とにかく道もわからないし、もしよければ色々話を聞きたくって」
しばらくシスターは考え込んで、ゆっくりと頷いた。
「これも神のお導きでしょう。わかりました。私はすぐ近くの教会を管理しておりますマリーと申します。どうぞこちらへ」
シスターは踵を返すと、スタスタと歩き出す。
綾子は手早く倒れ込んでいる追い剥ぎ達の懐から金目の物を抜き取って、シスターの後を追いかける。サブはそのすぐ後ろを守るように続いた。
スラムと思しき街の路地を進むにつれ、周囲には汚れた衣服の子供や若い女たちの姿も見え始める。
が、スラムにしては道路などが整備されている。
「この辺は、以前はもっとキレイだったんです。ただ、ここしばらくの増税のせいで生活できなくなる人も増えて、道路の整備もされなくて、騎士様も巡回しなくなって……」
「なるほど、ここはもともと普通の街だったのね……で、ここ最近で急激に?」
「えぇ。この2年位でです。それまではここも、教会の付近もきれいな治安の良い街だったんです。それなのに……魔族との戦争が続いて、税金も上がって、若い男の人たちは徴兵されて戻ってこなくなって……この辺には未亡人も多いんです。それで……その、あなた様は護衛を連れられるようなご身分の、貴族様ではないのですか? そんな身分の方がどうしてこんな町に」
「えーっと……まぁ話せば長いんだけど、とりあえずは貴族ってやつじゃないのよね。ただ、遠くから来たのと、私は法術士? だっけ? たしかそんなスキルがあるらしいんだけど、使い方がわからなくて」
シスター・マリーは不意に立ち止まり、体ごと振り返って綾子を正面から見据える。
「法術士なんですか? そ、それでしたら是非、お願いしたいことがあります!」
突然マリーは綾子の手を握り、ぐいっと引っ張って路地を走りだす。当然サブはその後を追いかけて走る。
はたから見れば、筋肉の塊のような巨漢がシスターを追いかけているのだ、どうみてもサブが綾子とをマリーを襲っているようにしか見えなかっただろう。
それは教会の者も同じだったようで、複数のシスターがマリーと綾子を庇うようにサブの前に立ちはだかった。
「ここは神の家たる教会です! か弱き乙女に乱暴狼藉は許しませんよ!」
「……あ?」
不機嫌そうなサブの睨みは、まだ若いシスターの腰を抜かすのに十分すぎた。
「サブ、そう脅さないの。大丈夫よ、彼は私の護衛。手を出さなければ何もしないから。そうよね? サブ?」
「お嬢がそう言うなら」
「ね? だから大丈夫。それで? えっと、サリーさん? だっけ? 私にお願いしたいことって?」
「は、はい、あの、こちらに」
小さい教会はボロボロで、屋根にはところどころ雨漏りのシミが広がり、床板は巨漢のサブが踏むと踏み抜いてしまいそうなほどもろくなっている。
「実は……先日、この教会にいる孤児の女の子が悪漢に襲われてしまって、怪我を……」
「そこまで治安悪いの? ……ねぇ、申し訳ないんだけど、私法術の使い方とか知らないのよ。法術士だって言われたのも今日で」
「え? でも先程はその、強盗を治療していたのでは……?」
「あぁ、なんか治っちゃったみたいだけど、あのやり方であってるかどうかは分かんないのよね」
マリーに案内されて入った部屋は薄暗くて湿っぽく、ホコリが舞うような部屋だった。
「この子です。治療させたいんですけど、お金が……」
「お金は気にしないでいいわよ。それにしてもねぇ……うーん……こんな小さい子を殴るってのは、ちょっと気が進まないわね……でも仕方ないか、怪我してる場所は?」
「はい、ここで……あの、すみません。この子は女の子ですので、殿方はちょっと……」
「あぁそっか。サブ、ちょっと出といて」
「ですがお嬢」
「何? あんたロリコンだっけ? こんな小さい子の裸、みたい?」
「いえ」
「でしょ? じゃちょっと外に出てなさい。大丈夫よ」
渋々という顔でサブが部屋から出る。ミシミシという音が部屋から遠ざかっていった。
「さてとマリーさん、ちょっと教えてほしいんだけど」
綾子が毛布代わりの薄っぺらい布をめくると、粗末な汚れた服に血が滲んでいる。
「普通、法術ってどうするの?」
「……私も法術士ではありませんので、詳しくは……ただ、治療されるときは、皆さん手を当てられることが多いようです」
「なるほどね。文字通り手当ってか」
綾子がそっと汚れた服を脱がし、女の子の腹部の傷のあたりに手を添える。
ぽっ、と優しい緑色の光が、綾子の手のひらから放たれた。
「なにこれ? え? 私何もしてないんだけど」
「……す、すごい! 緑色の光! これって法術士でも最上級の回復術ですよね!?」
「んっと、ごめん。私ホントに、何ッにも知らないのよ」
「緑色の治癒術って、生きてさえいれば、どんな状態でも全快させられるようなすごい術だって聞いたことがあります! 術者の能力次第では、死んだ人も生き返らせるって! 使える人もディメン聖教会の教皇様に、遠くの国の大聖女様の2人しかいないって!」
不意に緑色の光が消え、部屋は再び薄暗くなる。
苦しげなうめき声をあげて、まだ小学生くらいであろう女の子は身体をよじらせる。
「ナタリア! ナタリア、大丈夫? しっかり!」
「……シスター……? え? 私、死んだの……?」
「ナタリア……ああああ神様、神様ぁ!」
シスターマリーは幼い少女をぎゅっと抱きしめると、そのまま声を上げて泣き出した。
たっぷ5五分は泣いてから、真っ赤に泣きはらした目のマリーが改まった様子で、深々と綾子に頭を下げた。
「ありがとうございました。あなたはあの子の、この教会の恩人です」
「いや、別に私は何も」
「あなたの術で、ナタリアは息を吹き返しました。あのままだと確実に死んでいたような子が。きっとあなたは名のある高位の聖職者で、身分を隠して世を忍んで旅をされているのでしょう。護衛の方をつけていることからも、あなたがやんごとなきご身分のお方であろうとお察しします」
「あの、だから——」
「どうかご安心を。私は何も見ておりませんし、何も聞いておりません。あいにくこの教会にはお金はございませんので謝礼も何も出来ませんが……」
「良いのよそんなの。それより、ちょっといろいろ教えてほしいんだけど、良いかな?」
「はい、私がお答えできることであれば」
「ありがと。じゃちょっとその前に」
綾子の隣に座るサブの腰の下からは、先程からギシギシと危ない音が聞こえていた。
「サブ、あんた立った方が良さそうね。椅子が心配だわ」
「はい、お嬢」
のそ、という擬音が似合う身動きでゆっくりとサブが立ち上がる。
「まず知りたいのは、この国がやってるっていう魔族との戦争について。それから法術士ってのがどういうものなのかと、あとここを出てどこかで生活するとしたら、どんな方法でお金を稼げるか。それから、もしこの街を仕切ってるヤクザな商売やってる輩がいたら、それはどんなやつらか」
一気に綾子が話すと、少し呆気にとられてから考え込んだマリーが、かなり躊躇いながら口を開く。
綾子達がいるこの国はサンサルバシオン王国、通常「白の王国」と呼ばれる国で、国王の治世はすでに30年にわたって続いている。
その30年の治世の内、実に20年に及ぶ魔族との戦争は、まったく終息の気配すらない状態だ。
サンサルバシオン王国は西方と北方で魔族領と境を接しており、度々騎士団が遠征にむかっているものの、戦力はよくて拮抗、ここ数年は魔族に押され気味ということで、度々増税が繰り返されている。
少なくとも過去5年間は、侵攻作戦のいずれもが失敗に終わり、多数の戦死者を出している。
また、国民の生活は長く続く戦乱に伴う増税で逼迫しており、多くのものが他国へと移民として移って行った。
公的には国民の国外脱出を王が禁じているため、国境は封鎖されている。が、国境を護る騎士や戦士たちも薄給であるせいか、少額の賄賂であっさりと国境を通過させているらしい。
「……とはいえ、私も戦争についてはよくわかりません。街の噂話だったり、以前巡回していた騎士様の話を聞いた程度で……その騎士様も見かけなくなりましたし、未亡人や孤児も増えてきていて、私達もそんな、他所の国との戦争の事を考える余裕もない状態です」
「なるほどね、そんだけ国民の生活が苦しくなってるってワケね。……の割にはあの王様も王妃様も、ずいぶんとめかしこんでたじゃない。お城の中だってずいぶん豪華だったけど」
「上のモンが贅沢をして、下から吸い上げる。まぁダメな組織の典型ってやつでしょう」
「そうね。とりあえず、あの王様に感じた胡散臭さは大まかに当たってたってコトね」
シスターの話は続く。
一般的には金を稼ぐ方法は自営業かどこかの店や工房で雇われる事である。が、日銭を稼ぐ方法としては冒険者ギルドに登録し、様々な依頼をクリアすることでギルドからの報酬をもらう、といった方法がある。
「なるほどね、その冒険者っていうシノギなら私達に合ってるかも知れない」
「はいお嬢」
「ま、とりあえず落ち着いたらどっかで冒険者登録? っていうのでも試してみようか」
「は、はぁ……でもその、冒険者はすごく不安定な仕事で、生活も安定しづらいと聞きます。完全な実力主義の世界らしいです。ただ、身分の低い生まれの人は冒険者になるくらいしか、人生逆転が難しいとはよく聞きます」
「なるほどね。じゃ次に、法術士っていうのについて教えて」
法術士は、治療や呪いの解除、瘴気の浄化などを担うスキルであり、日本でいうと医者と看護師と公衆衛生を担う役割である。
かなりの人数が法術士としてその力を振るっており、法術士の中でも上位に位置する神官たちは、聖教会という組織で法術士たちを統括している。
「へぇ、じゃこの教会もその神官とか法術士が関わってんのね」
「は、はい……一応、形式的に、という具合ですが」
「形式的? え、どゆこと?」
「実際のところ、こういう零細の教会は、地域の孤児院とか救貧院みたいな役割を持っているんですが……聖教会からはほんの少し補助があるんですけど、私1人が食べていくのがやっとなくらいで、到底この子達をお腹いっぱいにしてあげられるようなものではないんです。法術を使える者が教会に入れば、治療や解毒をしてその対価としてお布施を払ってもらって、それでなんとか……」
「なるほど。まぁ弱いやつは切り捨て、って感じね」
シスターマリーは小さく頷く。
「で、こういうスラムとかだと、だいたい裏から街を牛耳ってる輩がいると思うんだけど、そういうのって誰かいる? マフィアとか、ヤクザとか」
「……い、います……その……そういった方々は先日……」
「オラァ! 邪魔するぜェシスター?」
突如、古びた建物の扉が弾け飛ぶ勢いで開く。
サブと綾子がとっさに立ち上がり、サブが最前面に、そして綾子はシスターの前で立ちはだかる。
「あぁ? 何だ手前ェ? お? やンのかコラ? お?」
いかにもチンピラという風体の目付きの悪い男が、田舎ヤンキーのような動きでサブへと歩み寄る。
痩せて筋張った身体に、血色の悪い顔色。そしてガサガサの肌。お世辞にも栄養状態が良いとは言い難い。
「おいおいシスターさんよぉ? 借金返せねぇ割にゃ用心棒雇うカネはあンじゃねぇかよ? お? こりゃナメてんなぁ? お? ナメてンだろ? お?」
「……ねぇシスター、念の為に聞くけど、アイツらは敵? 味方?」
「……そ、その、ど、どちらかというと……敵……?」
「お嬢、どうやらコイツらからシスターはカネを借りてるようで。こいつはどうも借金の取り立てなようで」
「なるほど、じゃ私達が止めるのはスジが通らないわね」
「そ、そんな! お願いです、助けて下さい! もう借りた分は返してるんです! 利子が足りないっていって、返し終わってからもずっとこうやって脅してきてるんです!」
「おいおいシスターさんよぉ? そりゃあ無ェんじゃねえのか? お? 俺たちゃ慈善事業やってんじゃねぇんだぜ? 利息をちゃんと払うってのが道理じゃねえか? お?」
「何が利息ですか! 利息を払うなんて、証文には一言と書いてないじゃないですか!」
「払わなくても良いとも書いてねぇよなぁ? お? おぉ? それになぁ? ボスんとこにある証文には、利息を払うって書いてんだよ! お? 10日で倍になるってなぁ? お?」
チンピラはやたらと首を伸ばして、サブの脇腹ごしにシスターを睨みつけている。
「あー、なるほどね。大体話はつかめたわ。シスター、あなたコイツら金を借りる時の証文の写し、受け取ってないの?」
「そ、そんなものありません……」
「そんなコト俺等の知ったこっちゃねェなぁ! お? なぁシスターさんよぉ? 金ェ返せねえなら、ここのガキ共は奴隷商に売っぱらって、アンタは娼館にでも行ってもらおうかあ? おぉ?」
「お嬢、もう良いですか」
「良いわよサブ、1人は生かしといて」
「はいお嬢」
不意に、サブの巨体がゆらりと動く。
次の瞬間、やたらと姿勢と目付きが悪いチンピラはドアを突き破って通りへと吹き飛んでいった。
「あらあら、ドアの開け方も知らないの? この修理代はアンタたちのボスに請求すれば良いのかしら」
ごきごき、とサブが拳を握り骨を鳴らす。
チンピラたちにとっての、地獄の始まりだった。




