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承-8 騎士の憂鬱

 この日も王城内の聖騎士の居室からは、夜遅くどころか明け方近くまで、少女の悲鳴のような声が響き続けていた。

 王城敷地内の訓練場では、もう10日以上勇者と大魔道士の姿が見えない日が続いている。

 

 国王と王妃は国政にはほぼ無関心で、勇者らの訓練や育成の進捗にもほとんど興味を示さない。

 国政を恣にしているのは古株の大臣を筆頭とする一部の貴族で、騎士団や戦士団といった国軍の戦力についても、統帥権自体は国王が持っているが肝心の王に軍を率いた経験がない。

 

 貴族からなり王都近辺を守護する騎士団と、市民階級で構成された国の辺縁部を守る戦士団は互いに反目し合っており、協力体制などは全く機能していなかった。

 国王も、若かりし頃は政治にも熱心な王であったが、個人としては平均よりも優れていたものの王としては凡庸以下である。

 建国以来の旧家である侯爵家から嫁いできた王妃は政治、外交にはまったく関心がなく、若い頃から執心していた美容とオシャレ、それにワインにしか関心がなかった。

 

 そんな王と王妃から生まれた第一王子が現在のアルベルト王太子であるが、彼は父王と比較しても更に『凡愚極まる』と酷評される有り様だ。

 教育係を務める先代の宰相からも、

 

『傀儡としてなら役に立つが、間違っても政治にかかわらせてはならない。外交にかかわらせたら戦争を起こし、戦争を指揮させたら間違いなく軍を壊滅させる。国の舵を取らせれば、確実に国を滅ぼす』

 

 とこき下ろされている。

 

 宰相家をはじめとする、心ある一部の貴族や大臣、官僚にとって残された最後の希望は、側室の母から生まれた第二王子バルザックである。

 父親に似ず叡明で民衆を愛し、また個人の武力こそ凡庸であるものの経済学に軍学も修め、内政に関する能力では他の王族とは比較にならないほど抜きん出ている。

 数年前に国王の理不尽な勘気に触れ、王位継承権を剥奪され公爵位となり、国の北西を統治する立場となっているが、今の王都でもバルザックを慕い王位継承権の復帰を願うものは少数ながら存在する。

 王城において騎士団の一部隊、魔導兵部隊を指揮する第五騎士団長アイリーン・サーサーンもその一人だ。

 

 騎士団は第一から第五にわかれて構成されており、伯爵家以上の高位貴族の家の出身のもので占められている第一騎士団、子爵家、男爵家のもので構成される第二騎士団と第三騎士団、騎士爵を授けられた平民上がりの叩き上げの騎士たち構成された第四騎士団。最後に、爵位を持たないものの魔法を使うことが出来る、平民の優秀な魔道士で構成される第五騎士団が存在する。


 允恭への指導を行っていた壮年の男は、実力で最も優れるとされる第四騎士団の団長である。

 また、大魔道士中西藍子への魔法の指導を行っていたのは、第五騎士団長アイリーンであったが、ここ数週間の間、藍子は部屋に閉じこもったままの状態が続いている。

 

 この日もアイリーンは藍子の居室を訪ねたが、衛兵にとめられて会うことすら叶わなかった。

 本来であれば、大魔道士は魔法のスペシャリストであるはずだった。

 国において魔法の第一人者とされるアイリーンは若い女性であり、決して美人とは言えない地味な風貌ながら、その誠実な人柄は騎士団だけでなく民衆からも非常に高い人気を得ていた。

 

 藍子にとっては、それが何よりも気に食わないポイントだ。

 自分よりも人気があり、自分よりも周囲の男たちからちやほやされているように見えるアイリーンと仲良くするなど、藍子にとっては両生類と同棲するよりも耐え難い屈辱である。

 

「団長、今日もだめでしたか……?」

 

 げっそりとうなだれたアイリーンに声をかけたのは、第五騎士団に所属する、まだ少年とも言える年頃の男だ。

 

「えぇ……もう20日も大魔道士様にはお会いできないけれど……よほどのことがあったのだと思うわ。私達は、陛下と大魔道士様を信じて、日々の業務にあたりましょう」

「はい。でもその、団長、少しお休みになられた方が良いと思います。かなりお疲れのようで」

 

 少年の言葉に、力なく笑みを浮かべてアイリーンは大きくため息を付いた。

 

「そうね。でも今は休んでなんていられない……バルザック閣下からの出動要請があったの。第五騎士団はしばらく、北西の公爵領で魔族への備えに当たることになったわ」

「えっ、じゃ、じゃああの、大魔道士様は……?」

「大魔道士様への魔法指導は、第一団長が引き継がれるそうよ。彼は魔法も使えるから」

「でも、大魔道士様への指導が出来るほどでは」

「本来ならね。でも、今の大魔道士様は第五騎士団の見習いと同じレベル。まだ魔法の制御が十分に出来ておられないの。だから、その辺の基礎を…………というよりは……ごめんなさい、私の力不足ね。私は大魔道士様への指導役を解任されたの」

「そんな! 団長はしっかり指導されてたじゃないですか! それなのに、そもそもあの大魔道士様がちゃんと訓練を——」

「マルコ、それ以上は言っちゃ駄目よ」

 

 マルコと呼ばれた少年は慌てて口を閉じる。

 王城内において、勇者、大魔道士、聖騎士への批判はご法度である。

 噂話が大好きな貴族のご令嬢が、つい勇者の陰口を叩いてしまったその翌日、男爵家が一つお取り潰しになり、ご令嬢は街の娼館へ売り飛ばされたという噂もある。

 

「第五騎士団全員、4日後には北方に向けて出発します。皆に伝えないと」

 

 再びため息を付いたアイリーンに、大柄な壮年の男が後ろから歩み寄ってくる。

 

「話は聞いたぞ、アイリーン」

「あ、フォード団長……」

 

 短い口ひげを蓄えた男は、実力第一とされる第四騎士団団長のフォード・クレート。彼はもともと爵位を持たない身の上であったが、戦士団での活躍から騎士に叙任され、一代限りの騎士爵を持つ歴戦の騎士だ。

 

「バルザック殿下の下へ行くそうだな」

「はい。北西の魔族領での動きを監視する……という名目ですが、要は左遷ですね……私の力不足です」

「そのようなことはなかろう。アイリーン、お前はよく頑張っている」

「ありがとうございます。ですが……第一団長からは『これだから平民共は』と」

「あのような、家柄の上にあぐらをかいている輩の戯言など気にするな。……とはいえ、市民で構成される第五騎士団にとっては、立場上難しいものだ。まったく……」

 

 フォードの目が、怯えたような顔でうつむくマルコへと向けられる。

 マルコは孤児院の出身で、アイリーンに魔法の才能を見出されて騎士見習いとしてスカウトされていた。

 実のところ、大魔道士として知られる藍子は、騎士見習いのマルコでも楽々打ち負かすことが出来る程度の実力しか備えていなかった。

 

「むしろ、これは好機であるかもしれん。市民階級にも理解のあるバルザック殿下……いや、バルザック・ニグル公爵閣下なら、第五騎士団も実力をいかんなく発揮できよう。少なくとも古狸や毒蛇の巣窟であるこの王都よりは」

 

 苦々しい表情を浮かべたフォードが視線をちら、と動かした先には、華やかなドレスで着飾った貴族の女たち。

 彼女たちですら、どこで誰とどのように繋がっているかわからないのだ。うかつなこと言えば、翌日には首と胴が離れているなどということもありうる。

 

「王都の護りの事は我々がなんとかする。アイリーン、貴公らはバルザック閣下のもとでその力を振るうと良い」

「……ありがとうございます、フォード団長」

「貴公ら若い市民が下を向いて生きねばならんような世の中は正さねばならん。実力もないのに家柄だけで人の上に立ち、いわれもなく他人を見下すような風潮もな。まぁ、そういった社会に限って外圧がなければなかなか変わらんものだが」

 

 アイリーンは俯いて、肩を震わせる。

 フォードは、数少ないアイリーンら第五騎士団の理解者だ。

 貴族で構成される第一から第三騎士団のものは、第四、第五騎士団を同列の騎士として認識しておらず、特に第一騎士団に所属する騎士は『第四、第五騎士団などわれわれの使い捨ての盾にすぎん』と明言する始末だ。

 第一騎士団長は高齢の侯爵で、国軍元帥を兼任している。が、日頃訓練を行うようなことはなく、ワインを飲みながらのチェスを『軍議』と言って憚らない。

 実質的に、サンサルバシオン王国の国防は、平民の戦士団と第四、第五騎士団が担っていた。

 

「この国は……どうなるんでしょうか」

「アイリーン」

 

 小声で呟いたアイリーンに、フォードが優しい祖父のような顔を向ける。

 涙が溢れそうになっているアイリーンの黒い瞳が上を向くと、フォードもまた泣きそうな、それでいて無理やり口角を上げて笑みを作っているという複雑な表情を見せる。

 

「貴公らは生きねばならん。死ぬのは貴族と、我々年寄りだけで十分だ」

「フォード団長……」

「さ、行きなさい。我らは軍人、これが今生の別れになるかもしれん。だが——」

 フォードはマントを翻し、アイリーンとマルコに背中を向ける。

「先に逝くのは我らだ。貴公らは何があっても、泥水をすすってでも、生き恥をさらしてでも死んではならん。良いな、生きるのだ」

 

 そう言うと、硬い足音を石造りの壁に反響させながら、ゆっくりと宵闇へと消えていった。

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