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承-4 新婚さんいらっしゃい

「すいやせン、ウチの親分は前々から『私は自分より弱い男の妻にはならない』と言ってやして……」

「はぁ、そうなんだ……」

 

 バルトーク大橋西側には、橋の上からは見えなかったが国境警備隊の詰め所があった。

 堅牢な石造りの建物内、かなりの広さの広間では、先程から賑やかな宴会が続いている。

 綾子のすぐとなりでは菫がひっきりなしに様々な料理を口に運んでいた。

 

「親分は悪い人ではないンですがね……その、まぁなンというか、強そうな男を見ると挑まずにはいられねぇといいやすか。そンな性格な上、魔王軍でも最強の戦士の1人でもありやすンで、まぁ敵うオトコなンざどこにもいやしねぇってワケで」

「魔王軍? え、魔族には魔王さんがいるの?」

「へぇ、魔王様はこの国を治めておられるお方で、親分は先代の魔王様の御世からこの東の国境を守って来られたンで」

「なるほどねぇ……で、さっきの話なんだけど、どうしてウチのサブと結婚とかそういう話になるの?」

「へぇ……そこはまぁ、ウチの親分……あぁいや、エミリア将軍の性格と言いやすか、多分生まれて始めて自分をシバき倒せる強いオトコに巡り合ったってンで、それで一目惚れしちまったンじゃねぇかと思いやす」

「なるほど、そういうワケか」

「すいやせン(あね)さン、親分は俺等が説得して……」

「良いんじゃない? 私は別に構わないわよ。確かサブもデカくて強いオンナが好き、って言ってたし、独り身だし、そろそろ身を固めても良い歳だし」

「……へ?」

 

 先程から綾子と話している男は、オーガ族という種族である。

 身長はおよそ2メートル、全身が筋肉の鎧で覆われた屈強な戦士であるが、魔法の類は使えないといった特性を持った種族だ。

 

 ニンゲンの国、サンサルバシオン王国では『人語も解さず、同族での共食いも辞さぬ未開な生き物で、ニンゲンの女を(さら)って犯す、極めて野蛮な蛮族』であるとされていたが、この見解は極めて強い差別意識と選民思想に基づいているようである。

 

「えっと……ごめんなさい、私ちょっと人の名前を覚えるのが苦手で」

「あぁ、あっしはアイザックと言いやす、チンケな身の上じゃあございやすが、国境警備隊の隊長補佐を務めておりやす。まぁ隊長補佐と言やぁ聞こえは良いですが、要は親分の使い走りで」

「立派な役目じゃない。ありがとう。それにこんな食事まで……あなたが手配してくれたのよね? 本当に助かりました。この通り、感謝します」

 

 綾子はアイザックと名乗ったオーガの男に深々と頭を下げる。

 

「よ、よしてくだせぇ(あね)さン! 客人にそんなアタマ下げられるなンざ――」

一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩は重いものよ。その上亡命を受け入れてもらえるように計らって貰えるなんて、どれだけ感謝してもし足りないわ」

「……いえ、あっしも自分の仕事をしたまででさぁ。それより姐さン、さっきの橋の上での話なンですがね、サンサルバシオンを追放されたってぇのは、いったいどういう経緯(いきさつ)で?」

 

 綾子がぐい、とワインを一口飲んでから、少々忌々しげにため息をつく。菫が少し心配そうに見上げて来たのを、苦笑いしながら柔らかい菫の髪を撫でた。

 

「なんでもね、召喚された者は特別らしいのよ。この子は賢者、でサブは拳王。それとあとは確かー……勇者と? 大魔道士と? あとなんだっけ」

「せ、せ、せい、せ、聖騎士」

「そうそう、それ。ありがとスミレちゃん。その聖騎士ってやつ? なんかこの辺は良いモノだったらしいんだけど、私は法術士とかいう珍しくないものだったのよね。で、王様が何故かキレて私だけ追放。で、私のツレだったサブは私と一緒に来て、あとからスミレちゃんが合流、って感じね」

 

 ふぅむ、と声を漏らしてアイザックが腕を組む。

 未開な生き物という評判に似合わず、この男はかなり理知的な性質の持ち主だ。

 

「あっしもニンゲンどもの事ぁよく知りやせンが、勇者召喚は確か、1人召喚するのにニンゲンを400人から500人犠牲にするそうですぜ。まぁ大抵は戦時捕虜だの奴隷だのを使うらしいンですがね、6人を召喚するとしたら、ざっと3000人を『捧げた』ってェことに」

「ちょ、ちょっと待ってアイザックさん! 捧げたって、その、犠牲にするってどういうこと?」

「へぇ、あっしが知る限りの情報になりやすが……異世界とこの世界を隔てる壁に穴を開けるには、ニンゲンの生体エーテルが必要なンだそうで。生体エーテルってなァ簡単に取り出したりは出来ねぇンですがね、特殊な魔道具を使うことでクリスタルに吸い上げることが出来るってぇ話しでさぁ」

「……じゃああのデブ国王、私達を召喚するために……何千人も殺したってこと……?」

「へぇ、まぁ間違いねェでしょう。犠牲を出して召喚したモンがありふれた法術士、こいつァ割に合わねェってンで、それであちらさンの王が怒り狂って追放ってェ具合でしょう。まぁ手前勝手な話でさぁ。断りもなく召喚しておいて、釣り合わねェと思ったら追放。ニンゲンらしいっちゃらしいンですがね、召喚された側、姐さん方にとっちゃいい迷惑ってヤツで……」

「なんだアイザック! お前呑んでないな?」

 

 不意にかなり高いところから大声が飛んできた。アイザックと綾子、菫が見上げると、そこには燃えるような赤毛に真紅の瞳がある。

 

「あ、エミリアさん」

「おぉ、アヤコだったな。そこの小さいのはスミレか。お前たちはまだ酒は飲めんだろう、ほどほどにな。それでアイザック、お前は何の話をしている。さぁ飲め」

「親分、そいつぁこちらの姐さんに失礼ってやつですぜ。笹川の姐さんは立派なオトナの女性でさぁ。こちらの嬢ちゃんはまだ子供ですがね」

「おぉそうか、それは失礼した。それで、わが右腕アイザックとどのような話を?」

「つまらない話よ。私達が召喚されて、追放されたいきさつを軽くね」

「ふむ、なるほど。私も先程、我が旦那様から軽く話は聞いている」

「ダンナさま? ……あぁ、サブね? あいつ、無口で無愛想で何考えてるかわからないけど、悪いやつじゃないわ。よろしくね」

 

 エミリアは豪快にがっはっはと笑い、大きなジョッキになみなみと注がれたエールを一息で飲み干し、骨付き肉を豪快に頬張ると、意外なほど静かに腰を下ろした。

 

「なに、我が旦那様は無口ではあるが、その拳は雄弁だ。橋の上での語らいは実に楽しかった。私も女として生まれたが、殿方とあれだけ熱く語らったのは生まれて初めてだ」

「……語らいって、殴り合いの間違いじゃ……」

「言葉など飾りだ。真に解り合うためには、拳で語り合うのが一番良い」

「姐さン、すいやせン、親分はこういうアレでして。おまけに絡み酒ってンだからもう始末におえねぇ」

「なんだアイザック、文句があるか! さぁ飲め!」

「勘弁してくださいよ親分、あっしはまだこれから仕事があるンですがねぇ」

「そんなもの明日で構わん。それとも何か? 私の嫁入りを祝おうという気はないのか?」

「はいはいおめでとうございやす」

「……アイザックさん、苦労してるのね」

「分かって頂けやすか、姐さン……。それより親分、姐さンから大事な話を聞けやしたぜ。サンサルバシオンが召喚した勇者は全部で6人、勇者、大魔道士、聖騎士が国に残り、ここにいるのは賢者の嬢ちゃん、拳王のダンナ、そして法術士の姐さんでさ」

「ほう、そうかそうか、アヤコ、お前は法術士か。それにスミレだったか、お前は賢者なのだな。うむうむ」

 

 何故かエミリアは満足げに頷き、再びジョッキを空にする。

 

「ねぇエミリアさん? あの、そう言えばサブは?」

「あぁ、旦那様なら、あそこで伸びている」

 

 くい、とエミリアが指を向けた先には、床に大の字になって伸びている大男の姿。

 

「……うっそ……サブと呑んでサブの方が先に潰れたの?」

「はっはっは! 旦那様の拳は雄弁にして剛力無双だが、酒は私のほうが強いとみえるな!」

 

 サブは、並々ならぬ酒豪である。

 日本酒なら一升瓶を軽く空にして、ウィスキーのような蒸留酒でもまるでジュースのように飲むことができる上、それだけ呑んでもほろ酔いぐらいにしかならない。

 そのサブが飲み比べで負けるなど、付き合いの長い綾子でも初めて見る光景だ。

 

「そう言えばアヤコ、旦那様はお前に仕えているそうだな。であれば、その妻となった私もアヤコに仕えるようなものではあるが」

 

 三度エミリアがジョッキを煽る。後に綾子がアイザックに聞いたところによると、まるで水のように呑んでいるそれは『オーガ族が一杯で酔える』と言われるほど強い酒なのだとか。

 

「残念ながら私は魔王様に仕える身でな。お前に仕えるとなると魔王様のお許しを頂かねばならん。もしお前達さえ良ければ、旦那様との婚礼の報告も兼ねて、魔王様に紹介するが」

「ホントに? 是非お願いするわ! すごく助かる! サブのことは殺さなければ好きにしていいから!」

「はっはっはっは! 大事な愛する旦那様を殺したりするものか。これから忙しくなるのだからな。新居の用意に、それに子作りもせねばならん。8人、いや10人は産むぞ。私と拳王たる旦那様の子ならば、さだめし強い子が生まれるに違いない!」

「こっ」

 

 慌てて綾子が菫の方へ振り返る。

 菫は、なぜか安心したような顔で綾子にもたれかかり、静かに寝息を立てていた。

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