承-2 手を汚す覚悟
サンサルバシオン王国の王城内にある騎士団訓練所の床に、がらん、という音を立てて派手な装飾の剣が転げ落ちた。
「うげっ」
苦しげな声を上げ、口を手で抑えたまま壁に向かって走ったのは、勇者と呼ばれた男、須藤誠だった。
地面に落ちたままの剣にはべっとりと赤い血脂がこびりつき、訓練所内には血と臓物、そして糞便の臭いが立ち込める。
勇者は、たった今『童貞を捨てた』ところだった。
「次、大魔道士殿」
「い、いやよ! 何で私がそんなことしないといけないのよ!」
「これは勇者と道を共にする者の義務とお考えください。聖騎士殿は立派に覚悟を示されました」
大魔道士、と呼ばれた中西藍子は真っ青な顔で後ずさる。が、彼女のすぐ後ろには甲冑姿の大柄な騎士たちが壁を作っていた。
その騎士たちの中には、白銀の鎧を身に着けたスキンヘッドの男、村上允恭が立っている。彼の鎧にも血がこびりつき、その両手を覆う籠手からはまだ血が滴り落ちている。
「勇者たるもの、魔族どもの命程度笑って奪えるくらいでなければなりません。勇者様のように慈悲の御心を持つのも良いでしょうが、今は戦争中です。ただでさえ拳王殿、賢者様の行方がわからない今、勇者様、大魔道士殿、聖騎士殿が戦場で剣や杖を振るうお覚悟をお持ちになることは、人類のためにも重要なことなのです」
「で、でも、だからって……」
藍子が視線を向けた先には、猿轡を噛まされ、両手両足を縛られた小柄な者が横たわっている。
血まみれで息も絶え絶えの状態の小柄な少女の耳は、長く尖っていた。
浅黒い肌に映える真っ赤な瞳は、まっすぐに藍子へと向けられている。敵意ではなく、助けを請う視線である。
「さぁ、大魔道士殿、勇者様に続かれませ」
「だから嫌だってば! そんな、私人殺しなんて……」
「これは人殺しではありません。アレは人では無いのです。我ら人類の敵、魔族です。アレを生かして解き放てば、人間が何人、いや何十人と殺されることでしょう。今あの者の命を奪う事は、人間を救うことにほかなりません」
「……で、でも、でもあの人は」
「人ではありません、大魔道士殿。さぁ、炎の魔法を覚えられたと聞きました。陛下の御前です、どうかそのお力を示していただきたい」
視線を上に上げると、そこには不機嫌そうな顔をした国王と王妃が並んで立っている。
相変わらず全身を宝石で飾り、歩くたびにじゃらじゃらと音を立てそうな立ち姿だ。
「中西さん、やらなければ、やられますよ」
允恭がゆっくりとした口調で藍子に語りかける。
「考えても見てください。僕らがここで生きていくためには、勇者とその同伴者でいる必要があるんです。そのことを立証するためには」
ちらり、と允恭が視線を小柄な人影に向ける。
「やるしかありません」
「……わかってる、わかってるわよ、わかってるわよそんなこと……」
小声で呟いて藍子が杖を構える。
小柄な魔族と呼ばれる者はうめき声を上げて、必死で体をよじらせる。両目には涙を浮かべ、言葉にならぬ声で必死に命乞いをしているようだ。
彼女のすぐ傍らには、つい先程勇者が滅多刺しにした大柄な体が横たわり、少し離れた場所には、允恭に殴り殺された女と思しき者の骸が転がっていた。
「腹をくくるしか無いんですよ、中西さん。殺されたくなければ、殺すしか無いんです」
「うっ……うううあああああああ!」
藍子が絶叫にも似た声を上げると、杖のすぐ前に大きな火の玉が現れる。
小柄な人影はついに猿轡を噛みちぎり、大きく口を開けた。
「お願い! 殺さないで! 私達がなにしたっていうの! なんでこんな事するの!」
「ああああああ!」
小柄な『魔族』の命乞いをかき消すように絶叫を上げ、藍子が火の玉を放つ。
耳をつんざくような悲鳴。
生きながら炎に焼かれ、訓練所の床を転げ回る。
呆然と立ち尽くす藍子に、火達磨になった魔族が転がって来た。
「なんで! どうして! おねがい助けて! 殺さないで!」
「……いや、来ないで……」
「助けて! 火を消して! お願い! 私があなたに何をしたっていうの? なんで私達を殺すの!」
「やめて! お願いやめて!」
炎の勢いが増し、魔族と呼ばれた少女は倒れ込む。
周囲にはその声は聞こえなかったが、藍子にはハッキリと少女の最期の言葉が聞き取れた。聞き取れてしまった。
『絶対に許さない。呪ってやる、祟ってやる、地の果てまで、世界の果てまで逃げても絶対に許さない、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで死ねば良い』
わずか数分で、真っ黒に炭化した『少女であったもの』がばさばさという音を立てて崩れ去る。
藍子はその場で膝と両手をついて、嘔吐した。
この日の昼食に食べた豪華な肉料理も、あまり美味しくないパンも、スープもすべて訓練所の床にぶちまけてしまった。
「それで良いんです、中西さん」
苦しそうにえづく藍子の背中に、そっと允恭の手が触れる。が、反射的にその手を振り払った。
「触らないで!」
まるで怯えたような目で、藍子は允恭を睨みつけた。
「あなた何で平気なの? なんで人殺しをしてそんな平然としてられるの!」
尻もちをついた姿勢のまま、必死で後ずさる藍子であったが、すぐ後ろに立つ騎士の脚に阻まれた。
少し遠い場所では、勇者須藤誠が嗚咽混じりに嘔吐を繰り返していた。
「中西さん、良いですか? 覚悟を決めないと生きていけないんです」
藍子の直ぐ側に再び歩み寄り、血で汚れた甲冑を身に着けたまま膝をついて視線を藍子の高さまで合わせる。
「生きていくには、仕方なかったんです。これしかなかったんですよ」
それだけ、恐ろしく感情も抑揚もない声でいうと、すっと立ち上がる。
允恭が視線を上げてから、恭しく跪いた。
「国王陛下、王妃陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
よく通る声でそう言うと、深々と頭を下げる。
バルコニーのような場所に立っていた国王は、満足げに頷く。
「うむ、苦しゅうない」
「恐れ多くも両陛下の御前を血で汚しましたこと、お許しください」
「構わぬ。聖騎士よ、お前は立派に務めを果たしているようだな。だが勇者殿に大魔道士殿は、いささか訓練が行き届いておらぬと見える」
「全くもっておっしゃる通りでございます。ですが、彼らはまだまだ若輩にして未熟、どうか長い目でお見守りください」
「うむ。良かろう。大儀であった」
「は」
やたらと芝居がかった大仰なセリフを、全く言い淀むこともなく口にできる辺りは、年長者の経験が生きたものだろう。
その日の夜遅く、勇者須藤誠の寝室からは恐怖でうなされたかのようなうめき声が夜通し漏れ聞こえ、大魔道士中西藍子は眠ることすら出来ないでいた。
一方の允恭は――。
「うぐっ、うっ……せ、聖騎士さま、く、くるし……」
下半身だけ肌をあらわにした少女にのしかかり、乱暴に腰を打ち付けていた。
「リズ、お前に出来ることはコレだけなんですよ? わがままを言うようなら、お前をクビにするしかありませんね?」
「お、お許しを、お許しください聖騎士様……うぅ……い、いたい……」
発情期の狒狒のような醜悪な笑みを浮かべると、少女の腰を乱暴に掴んで思い切り腰を打ち付ける。
「ひぎっ!」
「おっ……おぉ……そう、そうですよリズ、全部絞り出すんです。いい子ですね」
ガクガクと腰を震わせて少女の体内に精を放ち、そして少女の体をベッドに投げ捨てる。
「せ、聖騎士様、もう許して……」
「何を言っているんです。お前は私に口答えをしましたね? お仕置きをしなければ」
少女は真っ青な顔で体を起こし、ベッドの上で後ずさる。が、その細い足首を允恭の大きな手が乱暴に掴む。
「ひっ」
しゃあ、という水音を立てて、少女が失禁した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「やれやれ、そんなにお仕置きが欲しいんですね……いけない子だ」
ぺろ、と舌を出した允恭はメイドの少女、リズのシャツへと手を伸ばし、乱暴に剥ぎ取る。
「さぁ、お仕置きの時間ですよ、リズ」
聖騎士、村上允恭の部屋からは、少女の悲鳴にも似た声が夜通し響いていた。




