承-1 ただのケンカ
レナータの街の外れ、街の門から少し離れた場所で、やたら大柄な男に小柄な女二人という奇妙な組み合わせのパーティが遭遇したのは、傭兵から野盗へと身を崩した一団だった。
「やっぱこういう手合もいるのねぇ」
「はい、お嬢。そのようで」
本来なら武装した野盗に囲まれたりすれば、恐怖で身体がすくみ、言葉も出てこないはずだ。事実最も小柄な少女は震えて大柄な男にしがみついている。
「大丈夫よスミレちゃん。心配しないで」
小柄な女、綾子は菫にやさしく笑みを向けると、身体ごと野盗へと向き直る。
「で? 何の用?」
「へへへ……とりあえずは有り金と身包み全部おいてってもらおうか。それからオマエ……何だ、乳も無ぇからガキかと思えば、よく見りゃ女かよ」
下卑た笑みを浮かべつつ、品性の欠片もない言葉を出した野盗の言葉に、周囲の男たちも下品な笑い声で答える。
「そうだなぁ、まぁ男は死んでもらおうか。女はたっぷり可愛がってから奴隷商に売り飛ばしてやるからよ、命だは助けてやるぜ。良かったなぁ? 俺様が優しい男で」
綾子は無言だった。表情もぱっと見には変わらない。
だが、長年綾子と行動をともにしていたサブは、その変化を敏感に感じとっていた。
「サブ、アンタはスミレちゃんを護ったげなさい」
「はい、お嬢」
いつものサブであれば『お嬢は安全な場所へ、ここは自分が』とでも言うだろうが、この日はなぜかサブが大人しく引き下がる。
彼は、これから起こるであろう惨劇を予想し始めていた。
綾子は、気に入らない相手から胸のサイズに言及された場合に限り、サブですら手出しができなくなるほど相手に対して情け容赦がなくなる。
綾子に対して「胸がない」「背中かと思った」「洗濯板」「アイロン台」といった表現は絶対の禁句である。気心のしれたサブに限り、気軽に冗談で言うことはあるが、仲良くないものから言われた場合、綾子の辞書から情け容赦や手加減といった文字が消えることになる。
「スミレちゃん? これからちょっと怖い思いするかもだけど、大丈夫だからね?」
「……あ、ああ、あ、綾子、さん?」
「まぁ見てて。ケンカの仕方ってものを教えてあげる」
綾子が腰から下げた短刀を鞘から抜いて構える。
その姿を見た野盗たちは、またしても下品な笑い声を上げた。
コレまでも野盗たちは何度もこうして抵抗を試みる女たちを見てきた。だが、その誰一人として、逃げおおせたものはいない。
誰もが野盗達の慰み者となり、奴隷商へ売り飛ばされるか、殺されるか、自ら命を絶っていた。
「ケンカのやり方は単純よ」
だが、綾子はその例からは明らかに外れた存在である。
何の躊躇いもなく短刀をしっかりと握り、全力ですぐ近くの野盗に体当たりをした。
短刀の刀身は野盗の胸に深々と刺さり、その切っ先は背中から飛び出ている。
脚で乱暴に野盗の身体を蹴り飛ばして短刀を抜き、汚れた野盗の服で血糊を拭き取った。
「先手必勝、先にブン殴って相手の息の根が止まるまで殴り続ける。卑怯な手こそ必勝法、腹括って容赦なく急所を叩き潰す」
野盗たちはあっけにとられたまま、呆然と立ち尽くす。
ふん、と鼻で笑ったのは、綾子の方だった。
「なァにボサっと突っ立ってんのよ。お仲間が一人やられた程度でビビってんじゃないでしょうね?」
次に綾子の近くにいた野盗の首に、短刀がさくっと軽い音を立てて突き刺さる。
噴水のように首の動脈から血が吹き出し、がぼがぼという溺れるような水音を立て大柄な男は倒れ込んだ。
「相手が外道だと気が楽でいいわぁ。良心の呵責? だったっけ? そういうの感じないで良いもの」
「な、なんだァ手前ェ! 何しやがる!」
「どの口が言ってんのよこの変態。か弱い乙女を大勢で囲んで犯すだの輪姦すだの物騒なコト言って、殺されて当然でしょうが」
「お嬢、言い過ぎです」
「うっさいわね。私は、今、腹立ててんの」
また1人の野盗は上腕の内側を切りつけられる。腕の付け根から異常な勢いで血が迸った。
6人いた野盗はすでに3人が戦闘不能になり、そしてまた1人の喉元に短刀の切っ先が突きつけられている。
「アンタが親玉ね? とりあえず有り金全部置いてってもらおうかしら」
「な、何だ、何だオマエ、ナニモンだ」
「ただの法術士? だったかな? 確かそんな感じのだったと思うけど、まぁアンタには関係ないわ。殺されて私達に有り金取られるか、素直に出すもん出して命乞いするか、選ばせてあげる。十数えるから、その間に決めなさい?」
「な、な、何を」
「はい1、2、3、4」
「クソが! 何だ、なんでこんなことに!」
「5、6、あぁもう良いわ。はい10」
短刀が鋭く翻り、野盗の親玉であったと思しき男の頸動脈を切り裂いた。
倒れ込んで地面に血の水たまりを造りながら、男はもがき苦しみ始める。
「で? アンタはどうする? 全財産を差し出して命乞いするなら、今すぐしたほうが良いわよ?」
「ああああああ有り金置いて行きやす! すんませんっした! 命だけはお助けを!」
「はぁ? 有り金? ナメてんじゃないわよ?」
土下座する野盗の最後の1人に、情け容赦なく綾子が短刀を突きつける。
「私はね、全財産って言ったの。今持ち歩いてるはした金なんて興味ないわよ。アンタらの全財産はどこにあんのよ。案内しなさい。案内したくなければ、案内したくなるまで指の関節ひとつずつ逆に曲げていくわよ」
ひぃ、と情けない声を漏らして、野盗の最後の1人は涙と鼻水を垂れ流し始める。
「最初は左手の小指の第一関節、次が第二関節、第三関節、次は薬指、中指……左手の指が全部逆に丸まったら、今度は右手。その次は左足……」
「わわわわかりやした! 案内させて頂きやす!」
「あらそう、ありがと。じゃあついでにお仲間の財布、全部抜き取って来なさい。その男に持たせて。一分以内。はい、じゃあ作業開始」
「ひいいいいい」
もはやどちらが野盗かわからないような立場の逆転っぷり。ところどころ返り血を浴びた綾子は、まるで山賊の女親分のように全く動じることもなかった。
綾子が初めて人をその手にかけたのは、彼女が17歳の頃のことだ。
組事務所で学校の宿題をしつつ、1人で留守番をしていたところに、突然敵対組織である別の組の男が3人押しかけてきた。
小柄で非力だった綾子は必死で抵抗したものの、ならず者の男3人が相手では抗いきれず、三人にレイプされてしまった。
ただ、ならず者3人にとって不幸だったのは、そこが笹川組の事務所であり、綾子がサブから「どうしてものときはここを狙え」という、最終手段としての護身術を学んでいたことだった。
自分を犯している真っ最中の男の胸に、ソファに隠していたドスを深々と突き立てたのが最初である。
残る2人は、不幸なことに事務所に戻ってきたサブの手で『お願いですから殺してください』と懇願するような状態にされてから、綾子の手でとどめを刺されている。
未成年であり、レイプ被害者の綾子は罪に問われることもなかったが、その日以来綾子から『自分に危害を加えようとする者への情け容赦と手加減』というものは綺麗さっぱり消え失せていた。
自らの『教え子』でもある綾子を呆れ顔でみていたサブは、守護神のように菫のすぐ後ろで仁王立ちをしながら、背後にも注意を払い続けている。
「あ」
小さく声を漏らしたのは、最も小柄な菫である。
「ふ、ふ、ふせ、ふせて、さぶさん」
少しばかり緊張した声色。
サブがとっさに体を折りたたむように伏せると、菫は小さな手でピストルの形を作り、サブの後ろへと指先を向ける。
「穿て」
短くそう呟くと、青い光が弾丸のように指先から放たれる。
サブの背後、数メートル離れた場所から男の悲鳴が聞こえた。勢いよくサブが立ち上がり視線を後ろに向けると、そこには数名の男たちが横たわり、びくびくと痙攣している。
「……こりゃあ……驚いた」
サブが思わず呟くと、少しだけ菫が誇らしげなドヤ顔を浮かべる。
「大丈夫? どうしたのスミレちゃん?」
「お嬢、どうやら菫がアイツらを仕留めたようで」
サブが視線で指し示した先には、既に動かなくなった男の躯。先程サブの背後から襲いかかろうとしたものの、菫の術によって呆気なく返り討ちに遭ったのだった。
「ちょっとアンタ、あいつらはお仲間?」
「は、はひぃ……」
生き残った野盗の1人は膝をがくがくと震わせて、立っているだけで精一杯といった状態になってしまっている。
「そ。じゃああいつらの財布も取って来て。それからアンタたちのアジトまで案内してもらおうかしらね」
「お……鬼だ……酷ぇ……」
「は? 何か言った?」
「いえ、何でもないっす……」
「自分らが私に何言ったか、よぉく思い出すのね? 可愛がってから売り飛ばすとか言ってたっけ? アンタも可愛がってから魔獣とかその辺のケモノの巣穴にでも売り飛ばしてあげましょうか?」
「かっ……かか勘弁してください……」
「ならさっさと動く。ほらとっとと財布抜いて。止まらない。止まったら殺すわよ」
「ひ、ひいいいいいい」
野盗は情けない声を上げて、なかば腰砕けの状態で仲間であった骸の懐から財布を抜き取り、直ぐ側で手を出していたサブに手渡す。
「あ、ああああんたら一体ナニモンだよ……どこの組織だ……」
「よくぞ聞いてくれたわ。私は笹川組の二代目組長、笹川綾子。そこのデカいのは組長補佐のサブよ。次から喧嘩売るときは相手をちゃんと選ぶのね」
綾子の言葉に続いて、体をかがめ野盗の顔を覗き込んだサブが、地の底から響くような低い声で野盗に声を掛ける。
「もっとも、『次』があれば、の話だけどな」
じょろろろろ、という豪快な水音を立て、野盗は立ったまま失禁してしまった。
鼻水も垂れ流しになりながら野盗が案内した先は、街からかなり離れた場所にある廃教会である。
薄暗い地下室は蛻の殻で、そこかしこに殻になった酒瓶が転がっている。
「きったないわね」
実に嫌そうな声を上げたのは綾子だ。
「さ、案内して頂戴、アンタ達が溜め込んだお宝はどこなの」
「こ、こっちでさぁ……」
男は膝を震わせながら、壁の一部をぐいっと押し込む。
隠し扉がごごご、という低く重い音を立てて開き、奥にかなり広い空間が広がっていた。
「おい! 何してる!」
空間の奥から、複数の人の声。野太い、酒で焼けた喉から出された声だ。
「すんません親分! こいつら殺っちまってください!」
野盗の男は慌てて広間の奥へと駆けていく。入れ替わりになるように、十人ほどの薄汚れた男たちが、手にナイフや斧を持って歩み寄ってきた。
「ふぅん、そう来るのね」
さほど慌てた様子もなく、綾子は菫のすぐとなりに引き下がる。
「サブ、やっちゃって」
「はいお嬢」
そこから先は、抗争やカチコミなどというものではなかった。一方的な制圧としか言いようのない有り様で、ものの数分で武器を持った男たちは力なく床に横たわることとなった。
「お疲れさん、じゃスミレちゃんの護衛、お願いね」
「はい、お嬢」
綾子は、さも当然と言わんばかりの表情で広間へ入り、ただ1人意識を保っていた「親分」へと歩み寄る。
「選ばせてあげる。全財産を差し出して楽に死ぬか、お願いですから殺してくださいって言いながら全財産を奪われて死ぬか。どっちが良い?」
「な、な、な、何、なに、何だ、何だお前ら」
「私はね、気が短いの。選べるのはあと10秒よ。はい1、2、3」
「ま、待て! 待ってくれ! 話がしたい! 交渉だ、交渉はダメなのか?」
「ダメ。4、5」
「これからは盗みも強盗もやらねぇ! 真面目に働いて生きる! 頼む、娘がいるんだ!」
「あらそう、だから? 6、7」
「クソが! 血も涙も無ぇのか手前! 男なら度量ってモンを見せあぎゃあああああ!」
親分の足に、短刀が深々と突き刺さった。
「気が変わったわ。ちょっとアシュさん、出てきてくれない?」
氷のように冷たい目で親分を睨みつけたまま、綾子が声を張り上げる。
広間の中央、何もなかったはずの場所に水蒸気のような煙が立ち込め、その奥から痩せた男が現れた。
『……色々と言いたいことはあるが、まぁよかろう。我が主、菫が信頼する貴様には、吾輩をアシュと呼ぶことを許す。して、何用だ』
「こいつ、できるだけ苦しめつつ財産のありかを聞き出したいんだけど、お願いできる?」
『ふむ』
アシュタロスが真紅の目を野盗の親分に向けると、ひゅっという変な音を立てて初老の男の呼吸が詰まる。
全身ががくがくと震え、あたりに悪臭が漂い始める。野盗の親分は、恐怖のあまり失禁と同時に脱糞してしまっていた。
『財産はこの部屋のさらに奥、暖炉に向かって右側に隠し扉がある。その奥にあるようだな。で? この小虫に痛めつけるだけの価値があるのか? 吾輩も斯様な小物をいたぶる趣味はないのだが』
「あらそう。じゃ手っ取り早く、両手両足を潰しちゃって。それから視覚だけ奪いましょうか。出来る?」
『吾輩を誰だと思っている』
アシュタロスが軽く指を動かすと、まるで見えない重機に挟まれたかのように、野盗の親分の両手両足が厚さ一センチにプレスされる。
四方と上下が硬い石で覆われた広間に、男の野太い絶叫が響き渡る。
『あとは目だったな。耳はいいのか』
「目だけでいいわ。耳は残しといて。身動き取れないのに音だけは聞こえるって、かなり怖いみたいだから」
『……娘、貴様のその残酷さと情け容赦のなさ、吾輩の好むところであるぞ』
「ヤだやめてよ、私不健康そうな男は好みじゃない」
『くくく……そうか、まぁ良い。ひとまず貴様ののぞみを叶えるとしようか。我が主、菫よ、構わんか?』
アシュタロスが視線を向ける先に立っていた菫は、ためらいなく小さく頷いた。
この日、レナータの街のマフィア「スカーレット」と縄張り争いを繰り広げていた野盗団「ジャッカル一家」は、呆気なく壊滅することとなる。
レナータの街一帯から犯罪組織が一層され、これまでに無いほど治安状況が良くなった事が周囲に知られるのは、もう少しあとの話である。




