消された記憶
☆ベテルギウスの記録書。
『七月××日から××日。王の依頼により、街に現れた魔物の討伐に行く。滞在期間一週間、街の宿舎に宿泊。特に外出した様子はなし。
七月××日、無事討伐は完了する。騎士団教会に直帰で帰還する。
七月××日、城の警備にあたる。任務により外出は禁止。
七月××日、騎士団団長率いる上級魔法使い数十人は山の竜の巣保護に行く。中級魔法使い以下教会に待機。
七月××日、騎士団……。
追記、竜の保護の際、下級魔法使いが一時的に食料を調達に抜けた者が数人いる。その者たちについて、魔法契約書を見直してみたが、学歴、家系ともに気になる記述は見当たらなかった。この件において、接触はしないものの、報告を待って欲しい。』
ベテルギウスの報告がシリウス宛に届いたようだ。ラビィはシリウスから部屋にいるようにと言われたので、彼に知られないように、二人が椅子に座ったあとにこっそりと部屋を覗きに来た。
「ーーあそこの扉の影で聞き分けのない女の子が一人聞き耳を立てているようだが、気にしないでくれ」
「わかりました。お話はなるべく聞かれないように小声でお話しましょうか……」
ーーうっ、やはりこの距離だと全然おはなしの内容は聞こえないみたい。わたしにできることがあったら。わたしだって! 聖女として!! お手伝いしたいのに!!
「……それで、騎士団団長はこの件について把握していなかったというワケか……」
「ベテルギウスさんが言ってる通り、竜の巣の保護の日に残った、下級魔法使いが怪しいですね」
シリウスとプロキオンが椅子を並べて、書類に一枚一枚目を通す。
「……ラビィさんが襲われたあの日、相手はラビィさんのことを裏切り者だと言っておりました。ぼくには、どうしてもあの言葉が引っかかるのです」
シリウスは静かに紅茶を飲む。
「ベテルギウスの報告によると、あの事件が起こる数か月前に国王の星の杖に触れた者がいたそうなんです」
『春の月。××日。城に不審者との連絡、騎士団にあり。不審者捕獲ならず、逃亡。星の剣、金庫より紛失。』
「ーーこの時、何者かに星の杖が盗まれています」
「星の杖というのは歴代の聖女が最初に作ったとされる魔法具のことか?」
プロキオンは鞄の中から一冊の本を取り出すと、いくつか付箋が貼ってあったページを開いて見せた。
『星の杖。××××年。××月。初代聖女がはじめて手がけた魔法具。金の杖の持ち手にアメジストの魔法石が施してある。アメジストは聖女が何十年もかけて精製したものであり、この杖は世界最強とされている。××××年。××月』
『星の杖、それは禁忌の杖と指定されている。初代聖女が手がけたものだがいまだに謎が多い』
『星の杖、××城の金庫にて保管。××××年。××月』
プロキオンは本を閉じた。
「その杖に触れた者、それがラビィさんの背格好によく似ていたようで……」
ここまで話しを静かに聞いていたシリウスだったが、彼女の名前を聞いたとたん、紅茶を飲むのをやめた。
「ーーラビィに?」
シリウスの低い声が響く。
ーーんんっ? わたしの名前を呼んだ? なにかしら?
部屋の空気が凍てついた。
シリウスは咳払いを二回する。
「ーーそれがうさぎに似てた?」
プロキオンはシリウスの口から不釣り合いな言葉が出てきたので目を丸くした。
伝わらない会話にシリウスはイライラしている。
ーーう、うさぎ? ???? うさぎのはなしをしてる!?
「ーーそれで、そのニセモノのうさぎがどこかに逃げたか、目途はついているのか?」
ーーやばい、なんかわからないけれど、シリウスさんイライラしているわ。
扉の向こうに真っ白なふわふわの体を小さく丸め、大きなお耳をピクピクピクと小刻みに振っているもう一匹のうさぎがいた。
うさぎは足音を立てぬようにこっそりと立ち去ろうとしている。
「ーーラビィ? だから、どうして君はこんなところにいるんだ?」
ーーわわっ! 扉のそばで見ていたの、バレた? バレてる!?!?
「ーーくっ」
ラビィはさらに丸くなり、ふわふわの毛玉と、ふわふわの小さなしっぽだけになった。
「ーーーどうして、君ってヤツは……」
シリウスは人の姿に戻ったラビィの頭をよしよしと撫でた。
「いい子はちゃんと部屋で大人しく寝る時間だよ? 君はいい子だからわかるよね?」
ラビィはにこにこと笑った。
「ーープロキオン。報告を待っている」
うっすらと笑みを浮かべたシリウスの瞳は雨上がりの月のようで、半円の三日月がゆらゆらと揺れていたーー……。