消された記憶
『シリウスさん、私にできることでしたら、なんでもお手伝いします』
ラビィは紙にそのように書いて、シリウスに渡した。
「ーーねぇ、君は選ばれた人間だってこと。覚えてる?」
ラビィは首を横に振った。
「この世界にはたくさんの魔法使いが住んでいる。その、魔法使いの魔力の源である、魔石を作るのが君の仕事だよ」
ーー魔石を作る?
「魔石というのはね」
二人は扉の前に立った。扉の名札には「加工所」と書かれている。
黒の扉の金のドアノブを握って、扉を開いた。
部屋の中央には大きなテーブルが置いてあった。そこには見たこともないような実験の道具が置かれている。部屋の奥には台所とその隣には背の高い棚が並んでいた。
棚は綺麗に小瓶が並べられている。空っぽの小瓶。透き通った色とりどりの液体が入った小瓶。他には薬草や花びら、貝殻、昆虫、羽……と、いろいろなものが並んでいる。そして、棚の引き出しを引っ張ると真っ白な小箱の中に布と鉱石が入ってあった。
「これが魔石だよ」
シリウスが小箱の中の包み紙と、布を開き、魔石を見せてくれる。
「この石に触れてみて欲しい」
ラビィはその石におそるおそる触れた。
「……反応はないね」
とくに変わった様子はなかった。
作業所から、隣の部屋に移動する。扉の表札には「加工所」と書いてあった。
扉を開けると、今度は木のテーブルとイス、テーブルの下にはワゴンが置いてある。ワゴンの中には道具箱が置いてあって、中を開けると真っ白な手袋、ペンチ、ピンセット、やすりが入っていた。また、目の前のたくさんの棚の引き出しには、金属や鉄でできた、アクセサリーパーツが入っている。パールやビーズ、糸などの手芸用品もそろっている。
反対側の壁側には大きな黒の背の高い棚が置いてあった。金の取っ手を開き中を開けると、黒の箱の中に、ブローチ、ネックレス、ピアス、イヤリングなどのアクセサリーが出てきた。
大きなトランクを開けると、白のブラウスと黒のローブが出てくる。黒のローブには星と雪の結晶の刺繍が施してあった。木の杖の先端に宝石でキラキラとした細工が施してある。
「ここにあるものは、記憶を失う前の君が全部管理していたんだ」
シリウスが言う。
ーー!?!?!?
ーー私が管理していた? 石を加工したってことかしら? 実は私、凄腕の職人だったとか!? 有名なハンドメイド作家だったとか!?
「君はこの世界の聖女だったんだよ」
ーー!?!?!?!?
ーー!?!?!?!?!?!?!?
ーー今、すごくびっくりしています。シリウスは、私のことを聖女って言ったのかしら? このせいじょという言葉は「聖女」であっているのかしら。
「聖女は、とても貴重な存在で、魔法使いにとっては女神さまなんだ。僕たちは、君の力がないと魔法が使えない」
シリウスは神妙な顔で言った。
「だから、僕らは君を守らないといけない」
ラビィはシリウスとはじめてあった日のことを思い出す。はじめてあった日、彼は彼女を必死で守っていた。そして、今も自分のお屋敷で守ってくれている。その意味がやっとわかったのだ。
ーー聖女。今、私にはその力はないけれど、私はみんなにとって大切な存在だったんだ。
ラビィはなんだか胸の奥が痛んだ。
ラビィは、シリウスから魔石の作り方を教えて貰った。以前のようにたくさんものは作れないけれど、少しばかりでも、お守り程度のものは作れるかもしれない……と。
☆
「ーーどうして、本当のことを教えてあげなかったのですか? シリウスさん」
作業所にはフードを頭まですっぽりとかぶり、自身の灰色の髪と瞳の色を隠したプロキオンがシリウスのうしろの壁際に立っていた。
「全部、本当のことだよ」
感情が高ぶったプロキオンはシリウスの胸元を掴む。シリウスの着ていたブラウスが引っ張られる。
「……やめろ」
自分よりも背の低いプロキオンを上から睨みつけるシリウス。プロキオンは彼のブラウスから手を離した。
「ラビィさんの記憶がなにものかに奪われたので、ぼくたちの魔力は半減しました。今ある魔法具の石の力が消えてしまったら、ぼくたちは生きていけない」
「彼女のせいではない」
プロキオンは頭を抱えて壁にもたれかかった。
「あなたはいつもそうです。いつも嘘ばかりで、全然まわりのことを考えていない。本当の彼女の気持ちもーーーー……」
そこまで言って、プロキオンは自分の感情が暴走していることに気付いた。
「……本当のことを言ったとしても、状況は変わらない。……それならば、一度全部なかったことにしてしまうのもありなのかもしれない」
プロキオンはその返答に納得がいかなかった。
「なにも問題はない。先に予定していたものは、もうすでに断りの連絡を入れておいた。彼女は急な体調不良で静養中と伝えてある」
「……余裕ですね」
シリウスとプロキオンの二人の間に雹が落ちる。
「今は、ベテルギウスさんの報告を待ちましょう。ぼくたちも魔力温存をしないと」
「ーー魔力を使わない料理も覚えないと、だな」
作業所の扉はゆっくりと閉じられた。




