天候を操る氷の竜と静夜の賛歌 2
「ルナはあなたの友達を希望します」
ーーお友達!
ラビィはその差し出された手をおどろいた表情で見つめていた。
おそるおそる「よろしくお願いします」と、ルナの手に触れる。
ルナは両手で包み込むように握ってくれた。
教室の扉が開いて、先生が慌てて入ってくる。コートを脱いで、ハンガーに掛けて。手袋を外して。……暖炉の前で手を温めて? 授業には関係ない雑談を始めた。この街の冬は長い。その長い期間にたくさんの行事がある。
「ラビィは冬の音楽祭に出席するの?」
ーー冬の音楽祭?
先生は生徒全員に冬の音楽祭のパンフレットを配った。
ーーパンフレットを見てみると、楽器はトライアングル、ピアノ、ヴァイオリン、フルート、……聖歌隊なんかもある。
「ルナは聖歌隊でみんなと歌を歌うの。ソロ曲もあるのよ」
ーーすごいっ!
「……一度、家族に聞いてみたらどうかしら? もしかしたら、あなたも……家族からの参加の許可が下りるかもしれませんし、練習は毎週日曜日夕方から教会でやっているから」
ーーちょっと興味があるかも。
「ーーよかった。何か分からないことがあったら、私に声をかけてね?」
ルナは笑った。先生は教室の温度が十分あたたまった所で授業をはじめた。
☆
シリウス率いる元騎士団はシリウスの地元の教会に入団を希望した。シリウスを受け入れると言うことは、一部トラブルを引き受けることになる。それよりも代々続くトップクラスの魔法研究に特化したシリウス家が仲間になるというメリットは高かった。そこに、今現在、シリウスが匿っている元聖女の存在。前の街では災いと呼ばれたその力もこの元聖女が遺した遺跡がたくさんある街では巨大な力になる。
「ーー入団を許可する。ただし条件がある主な活動時間は夜だ」
「ーー先日、竜討伐が完了した街から報告が届いた。助けた恩もあり、あちらの国との物流は交換可能とのことだ」
シリウスは手紙を読み、契約書を見せる。
「ーーならば、夜間専門の竜騎士として、治安維持隊に任命する。こちらの優秀な竜を数匹貸し出そう」
この街の竜は寒さに強い。硬い鱗、分厚い皮膚、体が長い毛で覆われており、月明かりや真っ白な雪の中を頼りに夜間も飛ぶことには問題ない。
シリウスは騎士軍の治安維持隊として雇用されることになった。
各地域に飛び回り治安維持をする騎士治安隊だ。竜の手を借り、竜騎士団附属治安部隊それには、地上よりもさらなる危険とリスクも伴う。
「ーーああ。正当な評価だ」
この世界には火竜、水竜、地竜、氷竜、宝石竜がいる。火竜はその名の通り、グズ鉱石・燃えやすい鉱石、炭鉱を好む竜だ。これからシリウスたちは魔法が使えなくなった世界で古の竜との契約を交わす。この街にいるのは氷竜で攻撃性よりも何かを守ることに特化している。氷竜は長い間、この街を、この聖女が遺した遺跡を氷を囲むことにより守ってきた。
「ーー氷竜、まさか、自分が竜騎士に任命されるとは」
シリウスたちは氷竜が住む洞窟に足を運ぶ。氷の洞窟はとても寒い。人間がずっといられる温度ではない。特殊な防寒具に身を包み、万が一のために拳銃を装備する。蓄熱石。それは長い間熱を閉じ込めておくことができる鉱石だ。ラビィは蓄熱石を持ち運びができるように、手のひらサイズに加工し、何度も研磨をして、表面を滑らかにした。それを仲間の洋服のポケットに忍ばす。拳銃の弾は新弾を装備した。
シリウス率いる竜騎士団はその重曹な装備で、普段は人が立ち入ることのできない、洞窟の奥深くまで進み洞窟にいた竜たちとの再会を果たす。
「ーーああ、相変わらず、元気そうで安心した。子供の頃以来だな! 元気にしてたか!?」
氷竜は見慣れぬ竜騎士団の姿に最初は警戒して、遺跡を守ろうと威嚇していたのだが、シリウスの姿を見つけると唸るのを止めた。騎士団長は氷竜の長に鉱石を渡す。
「王国騎士団は世界を守るために、こちらの動きを察知したら氷竜を討伐に来るだろう。竜騎士になれば古の竜との古くからの契約で竜は絶対に一匹足りとも危害を与えることはできない。交渉して、仲間にして、最後に……信頼を得て、最後の宝石竜と仲間になるんだ。……それは王国騎士団から脱退。……いや、解放された君たちにしか頼めない仕事だ」
シリウスはラビィから受け継いだ拳銃を騎士団長にも渡す。
「ーーこれは?」
「ーー聖女……いや、魔法調合士からの贈り物だ。魔法銃。これはわずかな魔法石の力で魔法と同じ威力、それ以上の魔力を発揮することができる」
「ーー世界が少しずつ動き出しているのだな」
「ーーああ、共に、協力していただけるだろうか?」
「もちろんだ」
☆
ーー冬の音楽祭に招待されたけれど、私は声がでないし。パンフレットには楽器の演奏もある。開催は今月末だから、簡単な楽器なら。
シリウスは遠征中なのでシリウスのお姉様から音楽祭に出席の許可をいただいたあとに、ルナの紹介で一緒に見学に行ったのだけれども、ルナはもうすでに、できている輪の中にすんなりと溶け込んでいた。
ーー私は、この街にお知り合いも少ないし、すでに輪ができている中に入っていくのはだいぶ勇気がいる。
ルナのソロパートの番が来た。
ーーあっ。
ルナの声は教会内に響く。冬の雪の結晶のように透き通っていて、きらきらとした七色の輝きがある。感情を込めるとまるで別人で大人の女性のような美しい声が聞こえる。
ラビィは手に持っていた楽器を両手でぎゅっと握った。
「ーーラビィもこっちにおいでよ? 一緒に演奏しよう」
ーーいや、私は観客席で見ているだけで十分だ。
「ーーラビィ?」
指揮者が腕をあげる。それにあわせてみんなが演奏をはじめる。
その音が違うと言われたときに、ラビィは咄嗟にどこが違うのかとか、なにが間違っていたのかとか、自分が知りたい情報でさえ、なにも返事を返すことができない。みんなで一斉に同じ曲を演奏しているのに、その場所に入ってしまえば、逆に孤立してしまうような気がした。
ーー私には、観客席があっている。
何日目かの練習のあとに、ルナはみんなが練習しているときに、一人で抜けて、そばに来てくれた。
「本当はあなたと一緒に同じ時間を楽しみたく声をかけたのに」
ーーごめんね。
「こちらこそ、無理やりだったかな? ごめんね」
ーールナ。
「そうだ、ラビィにだけこっそり見せてあげる」
ラビィは演奏中もずっと大切に持っていたポシェットの中を見せてくれた。ポシェットの中には氷の結晶のような鉱石が一つ入っていた。
ーー綺麗。きらきらと輝いている。宝石みたい。
「これね? ずっとずっと大切に持っているの」
ーーそうなんだ。素敵だね。
ラビィはにっこりと笑った。ルナはその表情を見て、彼女のイエローダイヤモンドの瞳が揺れた。
街の時計は夜の八時を指していて、静まり返った夜の街に、足早に帰宅する馬車の音が響いた。
ラビィはその馬車がいくつも通り過ぎるのを眺めていて、骨董屋の灯りがまだついていることに気付く。
「ラビィさま、少し見て行きますか?」
馬車は小さな骨董屋の前で足が止まる。何かに導かれるようにとあるショーケースの前まで歩く。そこには氷でできたオルゴールが置かれていた。侍女は彼女が雪で濡れぬように傘を差した。
ーーみたこともないオルゴールだわ。
店主が人の気配に気付き店のドアを開けてくれる。
「それは氷の洞窟の古の遺跡から出てきたものなんだ」
ーー古の遺跡?
「でも、この通り壊れているので、だれも鳴らしたことがない」
ショーケースから出したオルゴールは取っ手を回していても全然音がしない。壊れていてほぼ価値がないものなのだが、とてもめずらしいものだからこちらで大切に保管していたのだという。
ラビィがそのオルゴールを手にすると氷のようなオルゴールが七色に輝き出した。
ーーーーーー!?!?!?!? これは、ただのオルゴールではない。
聖女様が残した本の中に写真が残っていた。声を記録するオルゴール。
「ーーもしかして、あなたにはそのオルゴールが使えるのか!? まさか、その星と狼の紋章。それはシリウスさまの……!?!?」
今まで、頭まですっぽりと真っ白なケープを被り、さらには紋章もリボンで隠していたのだが、オルゴールの七色の輝きに紋章が反応してしまう。
髪色を隠していたフードが落ち、ラビィの真っ白な髪とルビーのような瞳が見える。




