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19 策略の糸

 それからしばらくして、シアーズの叙位式が行われた。女王が海に浮かぶファントム=レディ号を背に、シアーズが赤絨毯を歩いてくるのを待っていた。

 シアーズは今までのぼろぼろの服と違い、綺麗な海軍の将校服を着ていた。帯剣も認められ、ローランド卿から与えられた剣を差している。しかし、表情は硬く、屈辱に耐えるために噛んだ唇からは血が滲んでいた。全てを明るく照らす太陽が憎い。なぜ、こいつらに光を与えるのか。神は何を思って今を創り上げたのか。

「陛下のもとまで歩いて行くんだ」

 ローランド卿が耳元で囁き、シアーズを小突いた。この群衆の視線の中を歩けというのか。睨んでもどうしようもない。しかたなく歩きだすと、遠くに釈放を待っているシルヴィアの姿が見えた。海に面した崖に空いた穴を利用した檻に入れられ、衛兵が銃を構えている。

 俺は、なにがしたいんだろう。シアーズの口元が不敵に歪む。

 突然、彼は一気に女王のもとまで走った。群衆がどよめき、引き潮のように後退するのが分かった。そのまま勢いをつけて、段の上にいる女王のもとに飛び上がる。幽閉されていたとはいえ、体力は衰えていない。とっさのことに動けない女王の首筋に、隠し持っていた短剣を突き付ける。叫び声が上がった。

「動くな!」

 シアーズが叫ぶのと同時にローランド卿も動き、部下に発砲体勢をとらせた。無表情、冷静を装ってはいるが、怒りが滲み出ている。

「何の真似だ」

 ローランド卿が震える声で尋ねた。シアーズ、なんという馬鹿な真似を……!死刑は免れないだろう。どうしてもお前だけは生きて欲しかったのに。

「シルヴィア。釈放しろ」

 シアーズがセイレーンのいる方に顎をしゃくってみせる。

「お前が公賊になれば釈放すると言った」

「今だ!」

「なぜ裏切るんだ!」

 静けさに怒声が溶ける。

「裏切りはお前の十八番だろう。……敬愛する女王陛下がどうなってもいいのか?」

 ローランド卿は女王に目をやった。彼女は完全に怯えていて、釈放しろと手で指示を出した。ローランド卿はわけの分からないまま、部下に命令を出した。

 衛兵が檻の前からどき、海中に白い大蛇のようなものが、すっと影を残した。人々が、恐怖とも感嘆ともつかない声を出す。シアーズはそれを横目で確認した。

 風のせいで、女王のつけている香水が嫌によく香る。懐かしい匂いだ。もう少し若かった頃の忠誠心が思い出される。だが、何と愚かなものに命をかけていたのだろう。

「さあ……セイレーンは釈放したぞ……。陛下をお放ししろ。大人しく降りて来い」

 ローランド卿はシアーズを睨みつけた。だが、シアーズはそれを鼻で笑い飛ばす。

「ああ、返してやるぜ……」

 シアーズは短剣をしまい、ほらよ!と女王を段から突き落とした。ローランド卿は走って女王を受け止めた。追え!と部下に命令する。叫び声と共に、群衆の輪が崩れる。まずい、これではシアーズを見失ってしまう。ローランド卿は、戦艦の準備もさせた。だが、ファントム=レディ号は目の前にある。騒ぎに乗じて、彼のクルーも脱走したようだ。何をしているんだ、と舌打ちした。

 分からない、こんな行動を取って、奴に何の得がある。


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