16 悪戯
シアーズを捕えて三日後のことだ。イギリス海軍で大将を務めるマクナマラ伯爵が、港の西側の街で海賊行為を行う者を一斉に逮捕した、と噂が立った。ローランド卿の耳にも入っていた。しかし彼はたいして気にかけていなかった。港で違法売買や海賊行為の摘発があるのは日常茶飯事だ。
それからほどなくして、マクナマラ伯爵がローランド卿に逮捕した囚人達の処刑の手伝いをしてほしい、と訪ねてきた。ほとんど命令だった。同じ大将の地位に就いていても、いつもそうだ。ローランド卿はその血筋から、常にひとより低く見られる。もう慣れた。
拒否はできない。ローランド卿は、別に構いませんがと返事をした。なぜ自分にそんな役をさせるのか、ローランド卿は疑問に思った。こんなことは本来もっと階級の低い者の仕事だ。どうせ単なる嫌がらせだろう。そう思って深くは聞かなかった。こういうことに深入りして、ろくな目に遭った試しがない。だが、マクナマラ伯爵が不敵に笑ったのには気付いていなかった。
翌日、マクナマラ伯爵はローランド卿を刑場に連れて行った。ローランド卿は吐き気を覚えた。数百人はいる。これを皆、殺すというのか。狂っている。だが、命令は実行せねばならない。ローランド卿は囚人の顔をじっくりと見ていった。俺も、本当ならあちらに立たされていた。無力なまま、ただ死を見るしかない人生と運命に絶望していただろう。
女や子どもまでいる。可哀想に、怯えて泣いている者もいる。容赦はない。ふと、一人の女に目が留まった。明るいカールした茶髪で、まだ若い。見覚えがあった。メアリーに間違いがない、間違うわけがない。一気に血の気が引くのが分かった。急いでマクナマラ伯爵のもとに駆け寄った。
「伯爵!彼女は……?」
誰とも見当のつけにくい質問をした。しかし伯爵は、たしかにメアリーの方を見て言った。
「彼女か。彼女は、とある酒場で働いていたんだ。だが、裏では海賊の不法入国の手引きや、密売の手引きに関わっていた。違法薬物の売買もしていたようだな。顔は可愛いのに、とんでもない女狐だよ。君もあんな女には気をつけたまえ」
「しかし、なにも女や子どもまで殺さなくても……!」
必死な声に、マクナマラ伯爵は笑いそうになった。それをぐっとこらえ、囚われた彼らを哀れそうに見つめる。
「これは見せしめだよ、ローランド君。女や子どもなら大丈夫などと世間に思われては困る。いつの世だって、全ては犠牲の上に成り立っているのだから。それは君が一番よく知っているだろう?」
返す言葉を失ったローランド卿に対して、マクナマラ伯爵は心にもない優しい顔を向けた。
「さあ、処刑をはじめてくれたまえ。今日の処刑には、我々よりも立場の高い方々が視察に来ておられるのだ。本当は女王陛下にもお越しいただきたかったが、血生臭いことはあのお方はご覧にならない方がいい。まあ、君は軍部のお偉方との付き合いも深いし、顔見知りが多いとは思うがね……」
そう言って、肩をぽんと叩いた。ローランド卿は青ざめたまま、罪状が書かれた書類を手にした。操り人形のように歩く。そしてそれを読み上げる。
罪状は、基本的には海賊行為についてだった。違法薬物の売買、人身売買、窃盗罪、強盗罪、殺人罪、詐欺罪などさまざまだ。非常に悪質であるとして、初犯か再犯かを問わず絞首刑に処す。海軍大臣の署名もあった。
読み終え、自分の手が震えているのに気付いた。ひどく汗ばんでいる。動悸が激しい。だが、悟られてはならない。血の気が引くのもわかった。それでも平静を装わねばならない。
なんということだろう。この世には神の慈悲などあったものではない。
生々しい音と共に、亡骸の山が出来る。空気が死んでいく。この臭いが嫌いだ。ローランド卿は顔をしかめた。目を背けようと思っても、身体が言うことを聞かない。これは死の臭いだ。人は、いつだって簡単に死ぬ。何でもないことで、次の瞬間にはこの世に存在しなくなる。そして戦場で、自分はたくさんの人をそうした。それは自分が生きるためでもあった。後悔はしない。だが肯定もしない。
メアリーが絞首台に上った。彼女はローランド卿に気付いたようだ。ローランド卿が息を飲む。彼女が微笑んだ。次の瞬間、執行人の手によって刑が執行される。兵士が亡骸の処理をする。無惨な山に彼女も葬られた。ローランド卿は瞬きもせず、その光景の一部始終を見ていた。次の犠牲者によって彼女が見えなくなっても、彼はまだ山の一部を見つめていた。
そうして時間は過ぎていった。




