11 喧噪
酒場は港の端にある。昼間はあまりひとが近寄らない。夜になるとにぎやかになる。そこは来客が来客なだけに、よく賑わっていた。怒号や調子はずれの音楽、笑い声と酒の匂いで溢れかえっていた。
まったくまともな神経を持った者が来る所ではない。ローランド卿はラム酒を流し込んだ。
貴族同士の集まりにはよく招かれる。その時は有名な酒をグラスに注いで上品に、談笑や噂話や文学を肴に飲んでいく。時にはダンスパーティーで着飾った女性と飲むことだってある。
酒は強い方だ。だが酒にはあまり詳しくない。味の違いはよく分からない。誰かがこの酒はいいだのと講釈を垂れているのはよく聞くし、それには適当に合わせる。本当はそんな飲み方は好きではなかった。それが酒であればいい。酔えるものは好きだ。肴などなくたって酒があればいい。瓶をラッパ飲みするのも好きだ。飲んだ後に伝う雫は袖で拭ってしまえばいい。こんな姿は知り合いにはとても見せられない。
他の貴族達なら反吐が出るとでも言いそうな場所が、やはりどこか落ち着く。自分が貴族でないことを痛感させられる。いや、そもそも貴族なら、こんな奴らはいようがいまいが変わらない。身分もない人間のことなど、そこらを這う蟻ほどにも思っていないのだから。
酒場は小さいわけではないが、ここには主人と、女中が三人しかいない。女中はよく人が変わるが、そのうち一人はずっと前からいる。まだ若く、ローランド卿よりは少し年下のようだ。明るい茶髪で、一つに束ねた先はカールしている。緑の瞳の快活な娘だ。宮廷にいるか弱い女性とは違う。無礼をはたらけば、男だって容赦なしに殴りかかるような娘だ。名前はメアリーというらしい。よく酒場の主人に名前を呼ばれている。無意識に目が彼女を追ったのに気付かれたようで、メアリーがこちらに向かってきた。
「お客さん、たまに来るわよね。船乗りかしら?」
「そんなところだ」
「でも、平民じゃあないんじゃない?」
ローランド卿はぎくりとした。
「……どうして?」
メアリーが笑った。無邪気な笑みだ。見ているこちらまで微笑んでしまいそうだ。
「だってあなた、動作がすごく洗練されてるでしょ。言葉遣いも少し違うし。それに髪がいつも綺麗だわ」
自分は貴族になりきれないが、平民にもなりきれないのかもしれない。見るやつが見れば分かるのだ。自分たちとは違うのだと。受け入れることはできないと。
「そうかもしれないけど、俺は身分は平民だよ。貴族じゃない」
「そうかしら?」
いたずらっぽく彼女は笑った。こんな簡単な嘘など見抜いてしまうだろう。彼女の目は真実を見通す力でもあるかのようだった。
「私、この街の外であなたを見たことがあるわ」
ローランド卿を試すように、彼女は一度言葉を切った。ローランド卿を見る。彼は目を逸らすと、また酒を飲んだ。
「海軍よ。それも一兵卒なんかじゃなくて、士官だったわ。顔立ちが……ほら、少し違うじゃない?気にしてたらごめんなさい。でも、すごく印象的だったのよ」
ローランド卿は思わず微笑んだ。身分、姿――。何もかもが異端だ。
メアリーはローランド卿の隣の椅子に腰かけた。
「負けたよ。君はすごいな。ものをよく見る力がある。たしかに俺は海軍士官だ。ウィリアム・ローランド卿。でも本当に貴族じゃないし、この服を着てる時はただの平民だ」
「あなたって面白いのね。貴族じゃないってどういうこと?」
純粋な疑問としてぶつけてくる。彼女になら全てを話してしまいそうだった。しかし、どんなに酔っていても簡単に喋るような内容ではない。ローランド卿がどれほど生い立ちのことで悩もうと、ここにいる者たちにとってはただの話のたねでしかない。それは不愉快だった。
「言わなくても分かるだろ」
もちろんよと彼女は答えた。
「よく噂を聞くわ。でもねえ、どれが本当なのか分からないの。海賊王の息子って本当?それとも、もとは奴隷だったっていう方が正しいの?王族の庶子って噂もあるわ」
「……君は失礼って言葉を知ってる?」
よく喋る彼女を見て、ローランド卿が言う。
「知ってるわ。でも、それがこんな掃き溜めみたいな場所で何の意味があるの?」
「……それもそうだね。正しい噂もあるし、全く間違ってるものもある。だいぶ尾ひれがついてるみたいだ」
そう、と彼女は楽しげに笑った。
「でもそんなに私に喋っていいのかしら?ここで情報収集が出来なくなるんじゃない?私があなたのことをばらしたら、生きては帰れないわ」
彼女が尋ねる。どこか面白がっているようだ。




