10 旧友
「だいたいお前はスペイン語も喋れるだろう、十分すぎるくらいに。……『警告』がいつまでも続くと思うな。我が国王陛下がその気になればどうなるかくらい、分かっているだろう。お前の大切な女王様をお守りしたければ、大人しくしてろ」
カニバーリェス卿は、ため息まじりに言った。ローランド卿が彼を見る。だがすぐに目を逸らした。
「それも警告か?だが、そうなった場合、私の役目は命をかけて戦うことだけだ。他に何もない」
「お前いい加減に――」
「私は、」
ローランド卿はカニバーリェス卿の言葉を遮り、語調を強めて言った。
「本音を言えば私は、私の部下以外には権力にも財産にも興味はない。海賊が隠した財宝も世界を操る力も、どんな美女も栄誉も魅力的ではない。たとえ女王陛下だろうが、部下を殺そうとするなら私はたてつくぞ」
カニバーリェス卿は驚いて少し黙っていた。しかしすぐにいやらしく笑った。
「女王の犬じゃなかったのか」
本当は大笑いしたくてたまらないような表情だ。反対に、ローランド卿は沈鬱な表情だ。カニバーリェス卿とは目を合わせようとはせず、灯っているランプだけを見ている。
「軍だけが、ここだけが私の居場所だ」
カニバーリェス卿は呆れたように天井を見た。椅子の背もたれに体重を預ける。
「哀れな奴め。だいたいお前のような者が今もこうしていられるなど、私の父に感謝してもらいたいものだ。命をかけてまでお前を『救って』下さったのに。それが出世したものだ、魔物が魔物退治だと?全く皮肉だ」
ローランド卿は彼を鋭い目つきで睨んだ。だが、これ以上言い合うのも無意味だと思ったのか、カニバーリェス卿に言った。
「私は感謝なんかしない。あれは事故だった。偶然だ。それに、救ってくれなどと頼んだ覚えはない。まあ、とにかく……今日、私はお前と喧嘩するつもりはない、フェルディナント。ここのところ立て込んでいて疲れているんでね。悪いがさっさと帰ってくれ」
「だめだ、お前が納得するまで私は帰らない」
即座に返ってくる答え。ローランド卿は呆れたように溜め息をついた。相手はなんとも真剣な顔をしている。きっと本気で言っているのだ。
「全く、お前のその偽善者ぶりには昔っから頭が下がるよ」
カニバーリェス卿は『偽善者』という言葉に気を悪くしたようだった。その顔を見て、ローランド卿が不敵に微笑む。
「元学友として、そして戦友としての忠告なら聞いてやる」
「ではそういうことにしておく。いいか、これ以上やると、本当に国王陛下の逆鱗に触れることになる。私にはあの方は止められない」
少しの沈黙があった。互いに目を合わせたままだ。
「ああ、分かったよ」
ローランド卿が呟いた。その一言で少し安心したのか、カニバーリェス卿は、信じていいんだなと言うと帰途についた。
カニバーリェス卿の馬車が屋敷から出たのを確認すると、ローランド卿は眉間にしわをよせた。
普段はしないが、久しぶりに浴びるほど酒が飲みたい。それも、安っぽい、ならず者の集うような酒場で。こういう時に、本来の身分の低さが表れるのかもしれない。まともな人間ならこんな時にはどうするのだろう。だが、自分ではどうしようもない。虚勢を張って生き抜くほど強い心など持っていないし、頼れる人もいない。堕落に溺れるしかない。
仕方なく庶民の服を着て、港の西の端のよく海賊の集まる酒場に行くことにした。単に飲みに行くだけだと言えば当然部下に止められるので、また新しい情報を仕入れに行くとだけ言った。それでもやはり、お供しますという返事が聞こえた。来るなと少し語気を強めて答えた。単に酒を飲みに行くだけだというのが部下には分かったのだろう、いい顔をされなかった。それでも彼を引き止めることはしない。たまにこうして自分を忘れなければ壊れてしまいそうなのが伝わるのだろうか。
本当に疲れた。ローランド卿は仕度をしつつも身体中の痛みを感じた。座ってばかりいる仕事でもないが、身体を使ってばかりの仕事でもない。適度に運動もしているはずだ。それなのに体中の骨という骨が外れて、自分の体が音を立てて崩れてしまいそうだった。




