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イヴの隣人  作者: 坂本りょう
【一章】鉄の心臓と電子の脳
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箱庭の中

 カフェを出て駅前ロータリーに出ると、聞き覚えのある声に引き留められた。

 菅さんだった。


 帰りはタクシーで送るとのことだった。

 これからバスを待っていると完全に日が暮れてしまう。


 待つのも辛かったし、ありがたく同乗させてもらって、寮まで送ってもらった。


「じゃあね! リリちゃん! またね!」

「うん、またね……」


 私がタクシーから降りると、アキちゃんは窓から乗り出して大きく手を振ってくれる。小さく手を振り返して見送り、ますます冷え込む外気から逃げるように寮の中へ戻った。


 暖房の利いたラウンジに入ったところで、例の丁寧な受付さんがクリーニングした昼間の服を手渡してくれる。アキちゃんの血は見事に洗い落とされて、全体も新品のような白さを取り戻していた。


「今日はおつかれさまでした。夕食は部屋にお届けしますので、ゆっくりお休みください」

「え? どうして……いいんですか?」


「はい、菅より仰せつかっております。明日の朝食までお世話するようにと」

「菅……さん? GOTの?」

「ええ、先程までご一緒でしたでしょう? 秋穂のことで迷惑をかけたから、お詫びだそうです」


 まさか……菅さんってGOTの偉い人?

 それにしてもいつの間にクリーニングなんて……


「ありがとうございます。えっと、ご馳走になります」

「寮の食堂は4月からの稼働となりますので、明日の朝食以降はご自身でのご用意をお願いします。必要であれば共用キッチンもご使用いただけますので、その際はお声かけください」


 私が「分かりました」と答えると、女性はまた機械的なまでのお辞儀で見送ってくれる。

 疲れて訊くのを忘れてしまったけど、あの人、名前はなんていうんだろう?


 まぁ、次の機会でいいか。


 とにかく今日は色々あり過ぎて疲れた……午前中は滋賀県に居たのがウソみたいだ。部屋に戻るとコートや上着をハンガーにかけ、他の服も脱いで畳んで、Tシャツ一枚で下段のベッドに倒れ込んだ。


(GOT……全身SRR義体……AI……)


 大量に飛び込んで来た情報が、頭の中でグルグルと回る。


 アキちゃんはどういう存在なんだろう?

 GOTの実験体?


 脳以外がSRR義体の大富豪が居るって話は聞いたことがある。

 でも、脳まで含めてまるごと作り物なんて話は聞いたことがない。


 難しすぎて思考停止していたけど、アキちゃんは人間じゃない。


 それが事実なら一体……人間以外の何に定義される何なのだろう?

 思考は緩やかに減速を始め、重く暗く、心地よい疲労感の中に落ちて行く。


 私は今日、何と出会ったのだろうか?


◇


 アキちゃんはその後も数日おきに遊びに来た。


 また外にお出掛けに行ったり、寮の中を探検したり、二人で料理したり、部屋で何にもせずにおしゃべりを続けたり、そのまま泊って行った日もあった。


 アキちゃんと過ごす時間が増えるにつれ、アキちゃんが何者なのかという疑問と、アキちゃんと一緒に居て楽しいと思う気持ちが同時に膨らんで、何だかよく分からないことばかりが増え続けた。


 アキちゃんのことがちょっとずつ分かって行くのも、そのペースと同じ。


 とりあえず、アキちゃんは可愛い。


 顔はアイドル級……と言えるかどうかは分からないけど、笑ったらそれ以上に可愛い。子犬みたいに飛んだり跳ねたりするから、もっと可愛い。性格も明るくて、私と違って誰からも好かれるタイプだろう。


 それからとっても頭がいい。


 一度教えたことは絶対に忘れないし、覚えるのも一瞬だ。AIだからそうなのだろうか、よく分からない。とにかく記憶力は人間以上だと思う。


 その反面、運動は苦手みたいで、私とジョギングすると5分そこそこで体力が尽きる。ボール遊びも苦手みたいで、日曜日に公園に行って、たまたまいた子供たちとキャッチボールすることになった時、アキちゃんのボールは必ず明後日に飛んで行ったり、どこかに消えたと思ったら上から落ちて来て、頭の上にポテンと落ちたりした。


 あと、料理も苦手。

 私が「皮むき手伝って」と言っても、酷いことになるからと言って、包丁を握ろうとしてくれない。


 あとは何だろ?

 寂しがり屋で、ちょっとセクハラ魔?


 私もカワイイ下着をつけるようしつこく言って来たり(根負けして1セットだけ買った)。お泊りの時、「お風呂に緒に入ろ!」なんて誘って来たり、流石に部屋のお風呂は狭いからと言って断ると「じゃ、一緒に寝よ!」だって。


 また狭いからという理由で断ろうとしたけど、ほっぺをぷっくり膨らせてイヤイヤと首を振る。可愛らしすぎて、また根負けしてしまった。


「もう分かったよ……ほら、おいで?」

「わーい」


「ついでに明かりも消して?」

「はいはーい!」


 パチパチと部屋の電気を消して、ついでに電源接続中のランプが光るノートパソコンのコンセントまで引っこ抜いて、アキちゃんは私の寝るベッドに飛び込んで来た。


 それで一緒に寝て、朝起きたらガッツリ胸を枕にされていた。


(妹がいたらこんな感じなのかな……)


 甘えん坊で世話の焼ける妹みたいな子。

 一緒に過ごす内に、私の中でアキちゃんはそんなポジションに落ち着いてしまった。


 でも学校が始まれば同級生だ。

 それまでには、今みたいにベタベタしないよう言ってあげないと。


 アキちゃんと過ごしていると、時間が過ぎるのが早い。

 寮に入って半月が過ぎた。


 荷物もすっかり片付いて、共用キッチンでの料理にも慣れて来たある日の午後。部屋で小説を読んでいると、突然インターホンが鳴った。


 今日は検査があるから来ないって言っていたのに、終わったのかな?

 慣れた調子で返事をして、何も疑わずにドアを開いた。


「はーい、アキちゃん今日は検査……」

「どうも」


 そこに居たのはアキちゃんじゃなかった。


 誰だろう? 綺麗な人だ。


 背が高くて、長くて綺麗な黒髪で、フチなし眼鏡が良く似合う知的な顔立ちの女の人。私が首を傾げると、眼鏡の女の人は柔らかく微笑んだ。


「あの、どちらさまでしょう?」

「始めまして、宮古島《みやこじま》蘭《らん》と言います。来月からの同級生ですよ」

「同級生……あ」


 半月間も当たり前のように寮に一人だったから、すっかり頭から抜けていた。


 もう3月だ。

 2月中に寮入りした超せっかちが居るくらいだから、そろそろ他の生徒が寮に入って来てもおかしくない。


「あ、ごめんなさい。初めまして、江原璃々です……同級生?」


 ペコリとして、顔を上げ、再び首を傾げる。


 なんというか……宮古島さんは同い年と思えないほど大人っぽい。身長と服のせいかな?


 Yシャツとスラックスをキッチリと着て、ベージュ色のロングコートを腕にかけている。背筋をピンと伸ばして立っている姿は、19歳と言われても違和感がない。


 まじまじと見てしまっている内に、宮古島さんが苦笑を浮かべた。


「4月生まれで、成長期も早かったので、よく驚かれます」

「ああ! ご、ごめんなさい!」


「いえ、それより、今、お暇ですか?」

「はい、ヒマと言えばヒマですけど……」

「では……」


 すっとその場に膝を付き、私の手を下からそっと取って、宮古島さんは悪戯気な笑みを浮かべた。


「よければ、私とデートしていただけませんか?」



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