彼女にとっての不思議の国
結局、アキちゃんには防寒用のタイツとロングスカート、パーカーの上からロングコートとマフラーをしてもらって、良しとした。
再び寒空の下に歩み出し、今にも走り出しそうなアキちゃんに、「どこに行きたいの?」と訊いてみる。
「ライカちゃん、まだいるかな?」
「流石にもういないんじゃないかな……いてもおばあさんに驚かれるだろうし」
「じゃ、リリちゃんはどこ行きたい?」
「そうだな……寒いし、駅前にショッピングモールがあったから、そこ行く? バスに乗らなきゃだけど……」
「行く!」
私はともかく、寒空の下を歩き回ってアキちゃんに風邪をひかれては大変だ。
元気な快諾と同時に走り出したアキちゃんを、「そっちじゃないよ」と引き留めて逆方向に歩き出す。別に買いたいものがあるワケじゃないけど、ウィンドウショッピングを楽しむのもいいだろう。
瑠衣なら他に何か思い浮かんだのかな……我ながら行動範囲が狭い。
「ね、リリちゃんは元々ここに住んでたの?」
寮の前にあるバス停にはすぐに着いてしまった。運のいいことに、次の到着まで数分もない。それでも時間がもったいないとばかりにアキちゃんがおしゃべりを始める。
「ううん、私は和歌山県生まれの滋賀県育ちだよ。島根県に親戚はいるけど、会うのは夏休みとお正月に集まる時くらいかな」
時間を見つけて、曾祖母や叔父さんに挨拶に行けと言われていたことを思い出す。4月の始業式はまだまだ先だし、来週のどこかで行ってみようか。
「アキちゃんは? そういえば、GOTってアメリカの会社なのに、なんで日本の島根県に学校なんて作ったの?」
日本の風景に馴染みすぎて違和感に気付かなかったけど、アキちゃんの見た目は完全に日本人の女の子だ。何の目的があるのか知らないけど、アメリカの企業ならアメリカでアメリカ人のヒューマノイド? を作れば良かったのに。
私の質問にアキちゃんは眉をよせ、両方のこめかみをとんとんとつつく。
「なんか、私の言語モデルは日本語が適切だって博士は言ってたけど……ごめん、どこまで話していいのか分かんない」
「ああ、そうだよね、企業秘密とかあるだろうし……ごめんね?」
どうあれ、異国の地に学校を作るなんて、ずいぶんと大掛かりなプロジェクトだ。
それほどの価値があるのだろうか。
アキちゃんが日本人であることも何か理由があるのだろうか。
それで、日本人と交流させる必要がある?
AIが沢山の情報を学習してできていることはなんとなく知っているけど、それで学校を作って、同年代の人間と沢山会話させようってこと? なのかな?
「ん? 待って、それって……」
「なあに?」
「いや、いいや……バス、来たよ」
不意に嫌な思考が走ったけど、今は目の前のアキちゃんに集中した方が良い。到着したバスに二人で乗り込み、空いている二人席に並んで座った。
触れ合った腕からは、アキちゃんの体温が伝わってくる。
やっぱり、人間そのものとしか思えなかった。
◇
ショッピングモールでもアキちゃんは子供のように(15歳なら子供でもいいのかな?)大はしゃぎで、服やアクセサリー、おもちゃやお菓子に目を輝かせていた。
保護者代わりの私は体力と精神力をガンガン消費していくばかりだ。
陸上部でなければ途中でダウンしていたかもしれない。
「ねね! これカワイくない!?」
「カワイイけど……人に見せないものにカワイイを求めるのはムダだと思うの」
「えー、でもテンション上がるじゃん!」
「それ以上上がったら発熱するよ? あの、他のトコ行かない?」
「もうちょっと!」
下着売り場がえらくお気に召したらしい。
アキちゃんは刺繍入りのブラやショーツにキラキラと目を輝かせているけど、私はなんだかソワソワとしてしまって居心地が悪い。
こういうのって必要なの?
スポーツブラとボクサーパンツで十分だと思うんだけど……どういう理屈でテンションが上がるのかさっぱりだ。
女子中学生がきゃいきゃいしているのが気になったのか、店員さんが「サイズお測りしましょうか?」と声をかけてくれる。「すみません、結構です」と断る私の一方、アキちゃんはノリノリで「お願いしまーすっ!」って、そのボディ、成長とかするの?
SRR義体だからするか……と言うより、サイズを測られるというイベントをアトラクション的に楽しんでいるようだ。店員さんと試着室に入り、しばらくして出て来たアキちゃんは、ドヤ顔でピースサインを向けて来た。
「ど真ん中のC! Dとかでもいいみたい!」
「言わなくていいから!」
「んじゃー、コレとコレくださーい!」
「買うのね……」
私やアキちゃんのやり取りを、微笑ましく見守ってくれる店員さん。
それが恥ずかしいやら何やら……顔が熱い。
その後に私が寄りたいと言った書店ではかなりテンションを落として大人しくしていたので、休憩がてら長居した。
「ねー、お腹空いた」
「そうだね。何か食べようか」
アキちゃんが裾を引っ張るので、手に取っていた本を置いてエレベーターに向う。
1階には軽食のフードコート、5階には飲食店が入っているようだ。
食費に余裕はあるし、疲れてるし、友達(?)と一緒だし、今日くらい少しの贅沢をしても許されるだろう。
5階に向かってカフェに入り、それぞれケーキセットを注文した。ドリンクのホットココアの甘みが消耗された身体に染み渡る……アキちゃんのご機嫌も戻って、こっちが笑顔になるような幸せそうな顔でほっぺに手を当てていた。
「うまー♪」
「気になってたけど、アキちゃんって食べたものはどうなるの?」
「別にフツーだよ? 胃に入って消化される」
ということはまぁ、その後もそういうことなのだろう。
内蔵までSRR義体なら当然だ。
「ね、リリちゃんのも一口食べたい! 交換しよ♪」
「はいはい……」
私がイチゴのショートケーキを差し出す前に、アキちゃんがチョコレートケーキを一口分とって、私にスプーンを向けてくる。フォークを使わないから、かなり形が崩れていた。
「あーん♪」
「いや、そういうのは……」
「え? イヤ?」
「イヤじゃないけど、やったことないから」
「私も初めてだよ? やってみたかったから」
やや照れながら周囲の様子を伺う。
他のお客さんはいるけど、私たちを気にしている人はいない。
同級生の女の子同士ならこういうのも普通にやるのだろうか。
きっと多分……やるのだろう。
恥ずかしさを呑み込み、身を乗り出してアキちゃんのスプーンを口の中に招き入れた。
「おいしい?」
「うん……」
「リリちゃんもやろ! あー♪」
アキちゃんが大きく口を開けるので、私もケーキを一口分に裂いて、その中に入れてあげる。やる方はなんだか、小鳥に餌を与える親鳥の気分だな……恥ずかしいのには変わりないけど。
「うん! おいしーし、楽しー!」
「新学期が始まったら、色んな子と楽しいことができるといいね」
「うん!」
AIとか全身SRR義体とかを差し引いても、この性格は強烈だ。新学期が始まったらアキちゃんには沢山の友達ができるだろう。そうなれば私もお役御免になるかもしれない。
少し寂しいけど、その方が自然な流れだ。私の性格は同性にも異性にも好かれない。中学と同じように、穏やかにひっそりと過ごしていくだろう。それが一番いい。
「ね、この後はどうする?」
「もう夕方だし、帰った方が良いんじゃないかな?」
「あーホントだ! もー、時間経つのはやーい!」
「そうだね……」
「リリちゃん疲れた?」
「ほんのちょっとね?」
糖分を求め、ショートケーキを一口つつき、ココアで溶かして流し込む。
今日中に荷物を解こうと思ってたけど、これは無理そうかな? カップを置いて短く息を吐くと、じぃっとますぐに見つめてくるアキちゃんの視線に気づいた。
「ありがとね!」
「うん、こちらこそ」




