優等生ちゃん
何気ない思い出だ。
思い出してもどうとも思わない。
けれど、ふとした瞬間にフラッシュバックしてしまうのは、それが無意識の内にトラウマとして刻まれているからだろう。
多分、思い出す度に何か思うのが正解。
私の反応はきっと人間らしくない。
「……いい子ぶりっこ」
理科の授業の後、先生が「誰か後片付けを手伝って欲しい」と言った時のこと。私が「はい、やります」と答えたら、女子生徒の誰かがそんな言葉で背中を刺した。
振り返る勇気はなかった。中学2年の時の……いつだったかな。1年経っても覚えているのだから、私はその時なんらかのショックを受けたのだろう。
2020年の2月中旬、島根県の冬は厳しい。
雪は降ってないけど、風の感じが違う。冷たいというより痛いのは同じだけど。切り裂かれるような痛さじゃなくて、頬がビリビリする感じ。
せっかく着替えた動きやすい服は血で汚れてしまったから、一度寮に戻ってまた元の服に着替えた。
ハイネックニットの上に膝丈のウールコート、下もスリムパンツの下にタイツを履いている。親の顔色を伺って買った服だけど、首から下の寒さはしのげてよかった。それでも、二度と冬の屋外で食事はしないだろう。
そんな寒さの中、不思議なふわふわした感覚のまま学校の前まで戻ると、アキちゃんはミニスカートにパーカーという薄着で出迎えてくれた。白い生足は綺麗だけど、見ているだけで寒くなる。
「わぁぁぁ!」
……と、唐突に大声を上げ、アキちゃんは両手を空に突き上げた。
「どうしたの?」
「寒いっ!」
「うん、そりゃ寒いでしょ……」
SRR義体は生身だ。
私の右足も、寒さや熱さ、痛みや疲労感なんかの刺激を敏感に伝えてくれる。
アキちゃんの全身もそうなのだろう。肌で寒いという信号を受け取り、それを頭の中のAIに伝え、口から「寒い」と出力する。一連の動作は、人間と同じだ。
「なんでその服選んだの? さっきは長ズボン履いてたのに」
「アレはアレしかなかったの!」
「GOTってあんまり服とか買ってくれないの?」
なんというか、やっぱり人間扱いされていないのだろうか?
「いや、買ってくれはするんだけど……趣味がね?」
「どんなの?」
「ヒラヒラでふわふわのやつ」
苦笑を浮かべ、アキちゃんの爪先から頭のてっぺんまでに視線を這わせる。
身長は私と同じくらい。肉付きは可も不可もなくほどほど。黒いショートカットの髪と活発そうな大きな瞳、おてんばな笑顔。お姫さま系の服は似合わないだろう。
「あぁ、それは確かに?」
「リリちゃんのはそれ、自分で選んだの?」
「親に着せられたヤツ……風邪ひいても……っていうか、アキちゃんて風邪ひくの?」
「ひくはずだけど、ひいたことないよ! ずっと研究室だったから!」
「そっか。じゃ、とりあえず着替えに行こっか。私の服貸すよ」
また戻るのは少し面倒ではあるけど、このまま寒そうな恰好のアキちゃんを見ていられない。
踵を返すと、アキちゃんはぴょんぴょんと跳ねるように後からついてきた。くるりと私の前に回って後ろ歩きをしながら、キラキラした目を向けてくる。
「ね! それってリリちゃんのお部屋いくの?」
「まぁ、そこしか着替えられるところないから……」
「わぁ! わぁー! お友達の部屋に行くの初めて!」
もう友達認定なの……少なくとも嫌ではないけど、なんだかな。
親や教師に従順だったから、中学生の時は「優等生ちゃん」とか言われて、ロクな友達が居なかった。親しくしてくれたのは瑠衣くらいだ。コミュニケーション能力に自信はない。
そんな私が、こんな重要人物(?)のお友達一号でいいのだろうか。
「っていうか、同じ歳の友達と歩くのも初めて! 楽しいね!」
「歳があるんだ?」
「うん! 同じ15歳だよ?」
「それはその……どういう?」
「どういう? 何が?」
後ろ歩きのままアキちゃんはコロリと首を傾げる。
やめておこう。ただでさえ頭が混乱しているのに、専門的なアレコレが私に分かるワケがない。ともかく、もうAIとか全身SRR義体とか忘れて、普通の同級生の友達として接した方が楽そうだ。
同級生の友達、居たことないけど。
「前見て歩かないと転ぶよ? 怪我したらまた菅さんに怒られちゃう」
「うん!」
アキちゃんはくるりと回って私の隣に並ぶ。
初めての外出でテンションが上がってるのかも知れないけど、このわんぱくさと人懐っこさ、なんだかお隣の大型犬を思い出す……
学校と寮を繋ぐ直線歩道を抜けて正面ロビーの自動ドアを抜ける。寮の中は暖かく、ありがたく上着を脱いで自室に向かった。カードキーをかざしてドアを開けると、招き入れる言葉の前にアキちゃんが飛び入り、また「わぁー!」と元気な声を上げる。
「すごいね! リリちゃんはここで3年過ごすんだ?」
「うん、何事もなければね。窓がすごいんだよコレ、見てて?」
机の上のリモコンを取り、窓を壁モードやテレビモードに切り替えて見せる。さぞ大きなリアクションを返してくれるだろうと期待していたけど、返って来たのはノーリアクションだった。
「別に普通じゃん? なんで?」
「いや普通じゃないよ! この窓だけできっとすごく高いよ!」
「そうなの? え? でも普通の窓だよ?」
「だから普通……」
言いかけて、アキちゃんがずっと研究室の中で暮らしていたことを思い出す。
まさか、GOTの研究施設ってこれが標準搭載なの?
「ごめん、普通……かも知れない」
「ねー、それより服! 服みたい!」
「はいはい、ちょっと待って……」
カルチャーショックを受けながら、ダンボールの山を崩して私服の箱を引っ張り出す。
基本は制服と部屋着で過ごすことになるだろうけど、それでも外出の備えは必要だ。上下それぞれ10着くらい。冬に着れるのは3着くらいだけど、それをベッドに広げて並べる。
「お好きなものをどうぞ」
「お~! みんなカッコイイ!」
「親の趣味だから」
一応は女子だけど、私はオシャレに興味がない。
どうせメイクなんか禁止だし、休日は部活か塾で遊びに行く機会もない。
それは高校生になってからも同じだろう。
今日着ているものもそうだけど、私服なんて清潔感さえ保てればどうでもいい。そこだけは親と意見が一致し、私の私服はフォーマルな印象のものばかりだ。
「ね! 下着とかは!?」
「それは流石にかさないよ……」
「見るだけ! どんなのか見たーい!」
「なんで!?」
「なんでも! ねー、ダメ?」
キラキラした目で上目遣いにねだってくるアキちゃん。同性とはいえ、流石に初対面の相手に下着を見せびらかすのは抵抗がある。ここは断固として拒否だ。
「私のも見せるから! ほらほら!」
「見せなくていいから!」
アキちゃんは恥ずかしげもなくスカートを捲って見せる。
咄嗟に目を背けたけど、白いものを目視してしまった。
意外とカワイイの履いてるんだな……とかではなく、この流れ何?
「見たい見たい見たい見たい見たーい!」
「あーもー! 分かったから! スカート下ろしなさい! はしたない!」
「いいじゃん別に。どうしてはしたないの?」
「普通はパンツとか人には見せないの! 女の子でしょ!?」
「え? でも研究室ではフツーに見せてたよ? 検査の時とか裸にもなるし」
「お医者さんとか、えっと……研究者の人? は、そういうお仕事だから別! 友達とか知り合いにも基本的に見せない! これ常識! マナー! 覚えて!」
「うん……分かった……」
新学期が始まる前にこういう機会があって良かった……
女の子同士ならまだしも、GOTフロンティアは共学だ。起きたであろう事件をひとつ未然に防げたと安心した矢先、しゅんと肩を萎めるアキちゃんに気付く。
ちょっと言い過ぎたかな……でも……ああ、もうっ!
「これっきりだからね!」
衣類3と書かれたダンボールを引っ張り出し、勢いに任せにガムテープを剥がして自分のパンツを突きつけて見せる。
寮生活に入ることになって新調した新品だからまぁ、ギリギリなんとか許せる範囲。アキちゃんはポカンとした顔を浮かべて、コロリと首を傾げた。
「あれ? リリちゃんもヒューマノイドなの?」
「なんで!? 人間だよ!」
「だってそれ、私が普段履いてるのと同じ形だし。今日はお出かけだから違うけど」
「あ、そうなんだ……」
色気の欠片もない無地のボクサーパンツ。誰に見せる予定もないし、陸上をやってる関係で私の下着は全てこのタイプで統一されている。
……こういうのならまぁ、お医者さんとかに見せてもギリギリ?
「……じゃなくて! もういい!? 満足した!?」
「うん! ありがとう! じゃ、服はこっちの借りるね!」
「どうぞ!」
3000メートル走ったような疲労感がどうっと圧し掛かってくる。
時刻はまだお昼過ぎ……なんて長い一日なんだ。今の内に少しでも休憩しておきたい。机の椅子を引いて重い身体を預けると、こちらをじぃっと見つめるアキちゃんに気付いた。
「今度はなに……」
「えっと、着替えるんだけど下着みせたらダメだから、どうしようかなって」
「着替える時はいいの!」
「いいの!? なんで!? 人間ってややこしいね!」
「そうなのややこしいの!」
だんだんアキちゃんのテンションに引っ張られ、自分の声が大きくなっていることに気付く。こんな調子でこれからお出かけなんて、身が持つだろうか……




